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「原発事故は『人災』 高裁『国に重い責任』」(時論公論)

山形 晶  解説委員

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9年前、この国を揺るがした、福島第一原発の事故は「人災」だったのか。
そして、国策として原子力発電を推進し、規制する権限を持つ国に責任はあったのか。
事故の後、福島の住民や各地へ避難した人たちが国と東京電力を訴えた裁判で、30日、2審の高等裁判所では初めての判決が言い渡されました。
仙台高等裁判所は、国や東京電力は事故の前に巨大な津波を予測することが可能で、国は東京電力と同じ責任を負うという判断を示しました。
その内容と、一連の裁判が持つ意味について考えます。

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9年前の3月11日、東日本大震災が起き、福島第一原発で過去最悪レベルの事故が発生しました。

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直接の原因が、自然現象という「天災」だったことは間違いありません。
ただ、事故の検証が行われる中で、国や東京電力が災害への対策を怠ってきたことによって引き起こされた「人災」だったのではないかという不信の声が高まりました。
「人災」だったかどうかは、巨大な津波が「想定外」だったのか、そして、対策を取っていれば事故を防げたのか、ということにかかっています。

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福島に住む人たちや、避難を余儀なくされた人たちは、事故は「想定外」ではなく、防げたはずだとして、各地で裁判を起こしました。
これまでの生活やコミュニティーを奪われたことに対する賠償を求めたのです。
賠償に関しては、事業者の東京電力は、法律の規定で、原発事故については、過失(落ち度)があったかどうかに関わらず、賠償の義務を負っています。
しかし住民たちは、東京電力だけでなく、国策として原子力発電を推進してきた国も訴えました。
司法の場で、国に過失があったことや事故の責任を明らかにしたいと考えたからです。

裁判で、責任をめぐる争点は2つありました。
まずは、巨大な津波を予測できたかどうかです。

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事故が起きる前の2002年、政府の地震調査研究推進本部は、「長期評価」という地震の予測を公表しました。
この「長期評価」では、日本海溝沿いの福島県沖の海域についても、30年以内にマグニチュード8.2前後の地震が6%程度の確率で発生するとされました。
津波の想定は含まれませんでしたが、のちの2008年に東京電力が内部で行った試算では、最大で15.7メートルの津波が福島第一原発の敷地に到達するとされていました。
住民たちは、「長期評価」をもとにすれば、巨大な津波は予測できたと主張しました。
裁判では、その信頼性が争われ、国は、「長期評価」は、東京電力に津波対策を求める根拠になるような科学的知見ではなかったと反論しました。

もう1つは、津波対策を進めていれば事故を防げたかどうかです。

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福島第一原発では、津波で浸水して電源が失われ、原子炉を安定的に冷却できなくなり、事故が起きました。
住民たちは、重要な設備の「水密化」、つまり、扉などから水が浸入しないような対策を講じていれば事故を防げたと主張しました。
一方、国は、「原発のすべての建物を『水密化』するのは合理性や信頼性のある対策とはいえない」と反論しました。

判決で、仙台高裁はどう判断したのでしょうか。

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まず、巨大な津波を予測できたかどうかについて。
判決では、「『長期評価』は、公的な機関が公表した重要な見解であり、それを踏まえて津波の高さを試算していれば、2002年の末ごろには福島第一原発に敷地の高さを超える津波が押し寄せる可能性を認識できた」と指摘しました。
住民の主張を認めた形です。

そして、事故を防げたかどうかについては、ほかの原発では2011年より前に「水密化」が行われていたと指摘し、「国や東京電力は『水密化』では事故を防げなかったことを的確に立証できていない」という判断を示しました。

さらに私が注目したいのは、国の責任の重さです。

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判決では、当時の国の対応について、「『長期評価』の信頼性をきわめて限定的に
捉えるという、東京電力の不誠実ともいえる報告を唯々諾々と受け入れることになり、規制当局に期待される役割を果たさなかった」と指摘したのです。
さらに、「国と東京電力は、津波の高さを試算して対策が必要になった場合の影響の大きさを恐れるあまり、試算じたいを避け、あるいは試算結果が公になるのを避けようとしていた」と踏み込みました。

こうした判断は、賠償の額についての判断にも反映されました。
1審では、国の賠償額は「東京電力の2分の1」と限定されていましたが、その判断は妥当ではないとして、同じ額を東京電力と連帯して支払うよう命じました。
原発を規制する立場の国は、事業者と同じ重さの責任を負うという判断です。

国の責任について、一連の裁判では、1審の地方裁判所で判断が分かれていました。

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国の責任を認めた判決がこの裁判の1審も含めて7件、国の責任を認めなかった判決が6件でした。
それぞれ控訴され、2審の高等裁判所で争われていて、判決は初めてです。
今回は原告の住民の数が3600人あまりと、一連の裁判では最大の規模で、1審が原発事故が起きた福島だったということもあり、今後の司法判断の流れを見るための「リーディングケース」として注目されていました。
その判決で、仙台高裁が「国には東京電力と同等の責任があった」と判断したことには、一定の重みがあります。
来年には、東京高等裁判所で、2件の判決が言い渡される予定です。
その後も、各地の高裁で、判断が示されることになります。
今後も同じ流れが続くのか、注目したいと思います。

最後に、一連の裁判が持つ意味について考えたいと思います。

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裁判では、国の責任に加えて、東京電力が国の指針に基づいて行っている賠償の額が妥当かどうかが争われています。
原告の数は、全国でおよそ1万2千人にのぼっています。
ここから見えてくるのは、決して少なくない数の人たちが、事故の責任の所在が十分に明らかになっていないと感じていること、そして、自分たちが受けた損害の大きさが理解されていないと感じていることです。

あと半年足らずで、原発事故から10年となります。
10年も経とうとしているのに、いまだに1万人以上が裁判で争い、終わる見通しすら立っていないという今の状況は、原発事故の特異性、つまり、ひとたび事故が起きたら取り返しがつかないほど大きな損害が生じるということを示しています。

今回の判決は、「事故の危険性の程度が、原発の利用で得られる利益の大きさと比べて、社会的に容認できる水準を超えていた」と指摘しています。
つまり、失われるものの大きさに照らせば、事故につながる確率が低いように思えても、「想定外」として無視するのではなく、対策をとるべきだという、厳格な考え方です。
この判断を、私たちは真摯に受け止めるべきではないでしょうか。
そして、今回の判決は、裁判という形で、被災した住民たちが、自ら声を上げたことで示されたものだということを、私たちは決して忘れてはいけないと思います。

(山形 晶 解説委員)
 

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「再び激化 イラン核合意をめぐる攻防」(時論公論)

出川 展恒  解説委員

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■アメリカのトランプ大統領がやり玉に挙げる「イラン核合意」をめぐって、関係国の対立が激しさを増しています。先週始まった国連総会でも、首脳どうしの激しいやりとりが交わされました。11月のアメリカ大統領選挙を前に、事態が一気に緊迫化する恐れもはらんでいます。対立の背景と関係国の思惑を考えます。

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■解説のポイントは、▼イランに対する制裁強化に躍起になるトランプ政権。▼イランのロウハニ政権の思惑と戦略。▼アメリカ大統領選挙を前に懸念されること。以上3点です。

■最初のポイントから見てゆきます。

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「イラン核合意」は、5年前の2015年、核開発を進めるイランと、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国の主要6か国との間で結ばれました。イランが、ウラン濃縮活動など核開発を大幅に制限する代わりに、主要国が、イランに対する制裁を段階的に解除する内容です。国連安保理決議のお墨付きも得た国際合意ですが、トランプ政権は、「オバマ前政権が結んだ史上最悪の合意だ」とこき下ろし、2年前、核合意から一方的に離脱し、各国にイラン産原油の取引を禁止するなどの厳しい経済制裁を科してきました。これに対し、イランは、去年以降、核合意で定められた義務を一部守らない対抗措置を段階的に打ち出し、ウランの濃縮度や貯蔵量を制限以上に引き上げています。さらに、去年5月以降、イランとアメリカとの間で軍事的緊張も続いてきました。

▼トランプ政権は、イランに対する制裁強化策を、矢継ぎ早に出しています。

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先月(8月14日)、国連安全保障理事会に、イランに対する武器の禁輸措置を延長するよう求める決議案を提出しました。しかしながら、採決では、理事国15か国のうち、賛成は、アメリカと中米のドミニカの2か国だけで、否決となりました。

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「イラン核合意」は、その発効から5年後の来月(10月)18日に、イランに対する武器の禁輸措置を解除すると定めており、トランプ政権は、これを何としても阻止する構えです。イランが、ロシアや中国などから最新鋭の武器を購入することや、影響下にある中東各国の武装組織に武器を与えるのを防ぎたいと考えているのです。

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▼国連安保理決議が否決されたことを受けて、トランプ政権は、核合意の規定を利用して、イランに対する武器の禁輸を含む全ての国連制裁を復活させようとしましたが、これも失敗に終わりました。この規定は、核合意の参加国が、イランが「重大な違反」を侵したと判断した場合、国連安保理に申し立てを行い、核合意によって解除された国連制裁を復活させることができるというものです。しかし、ほとんどの理事国が、「核合意から離脱したアメリカには、申し立てる権限はない」として、これを却下したのです。

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▼このように、国連安保理で孤立したトランプ政権は、なりふり構わず、アメリカ単独でも、対イラン制裁を強化する姿勢です。今月19日、ポンペイオ国務長官が、「イランに対するすべての国連制裁が復活した」と一方的に宣言しました。そして、すべての国連加盟国に対し、核合意の成立前に存在していた国連制裁を再開し、守るよう要求したのです。

▼2日後の21日には、トランプ大統領が大統領令に署名し、今後、イランとの武器の取引や供給、輸送に関わった国や企業、個人に対し、厳しい制裁を科す方針を、内外に示しました。そして、イランの国防軍需省や、イランと関係を深める南米のベネズエラのマドゥーロ大統領など、合わせて27の団体と個人を制裁の対象に指定しました。

■トランプ政権はなぜ、イランに対する制裁強化にこれほど躍起になるのでしょうか。

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トランプ大統領は、41年前のイラン革命とアメリカ大使館占拠事件以降、国民の多くが抱く反イラン感情やイラン脅威論に訴えることで、4年前の大統領選挙に勝利しました。コロナ禍で苦戦する今回の選挙でも、支持基盤である保守層の票を固めようと、イランに対する強硬策を次々と打ち出していると見られます。就任以来、一貫して強硬な姿勢で臨んできましたが、最大限の制裁圧力をかけ続けることで、イラン側を交渉のテーブルに引きずり出し、現在の核合意よりも厳しい内容の「新たな合意」をのませることを目指しています。具体的には、イランによるウラン濃縮活動を完全に停止させ、弾道ミサイルの開発も停止させることなどを盛り込みたい考えです。
トランプ大統領は、22日の国連総会でのビデオ演説でも、「アメリカは、あのひどいイラン核合意から離脱し、世界一のテロ支援国家に壊滅的な制裁を科した」と自らの支持者を意識した発言をしています。

■これに対するイランのロウハニ政権の思惑と戦略です。

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ロウハニ大統領は、同じ日に行われた国連総会のビデオ演説で、「アメリカは、イランに交渉を強要することも、戦争を仕掛けることもできない。イランは、アメリカの選挙のための道具ではない」と述べ、いかなる圧力にも屈しない姿勢を強調しました。

ロウハニ政権は、11月のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏が敗れ、核合意に復帰する考えを示している民主党のバイデン前副大統領が勝利することを、強く願っています。政権交代後、できるだけ速やかに、アメリカが核合意に復帰し、制裁を全面解除してもらうことを期待しているのです。このため、今はひたすら、トランプ政権の制裁圧力に耐え、国際社会からの支持をつなぎとめることに、全力を傾けていると見られます。

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■一方、核合意に参加しているアメリカ以外の主要国、すなわち、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国は、核合意は中東や世界の安全保障に貢献しているとして、今後も維持する方針を確認し、トランプ政権による国連制裁の復活にも協力しない姿勢です。また、イランに対しては、核合意の義務を完全に守るよう求めています。

■ここから3つ目のポイントです。

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11月のアメリカ大統領選挙で、トランプ氏、バイデン氏のどちらが当選するかが、核合意が崩壊するか、存続するかの重大な分岐点となります。
そして、今、世界の中東専門家の間では、アメリカ大統領選挙までの1か月間で、いわゆる「オクトーバー・サプライズ」と呼ばれる出来事が、イランに関連して起きるのではないかという見方がささやかれています。各種世論調査で劣勢が伝えられるトランプ大統領が、選挙直前の形勢逆転を狙って、イランに対する一層の強硬手段に出るのではないか。軍事的緊張を意図的に作り出し、国民を自らへの支持に引き寄せようとするのではないかという見方です。
専門家の間で考えられているのは、たとえば、イランの船舶に対し、原油や武器を積んでいると疑いをかけて、急な臨検捜索で積み荷を没収するなど、イラン側を挑発する行動を仕掛けることです。トランプ政権がイランに対する国連制裁の復活を一方的に宣言したのは、その布石ではないかという観測もあります。
そして、今年1月、イラン革命防衛隊のソレイマニ司令官が、トランプ大統領の指示で殺害され、両国の全面衝突の一歩手前まで事態が緊迫化したのは、記憶に新しいところです。
仮に、こうした出来事が今後起きた場合、革命防衛隊などイラン国内の反米強硬派の反撃を招き、軍事衝突に発展する危険性があります。国際社会は、こうした事態を回避するため、アメリカ、イラン双方の行動や発言を注意深く監視し、折に触れて、自制を働きかける必要があると考えます。

(出川 展恒 解説委員)

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