第63話 激化する対陣攻撃
積み上がった土人形の残骸を踏み越えて、ダスティンが陣地の中へ戻ってきた。
「【修復】は任せた。討ち漏らしはあるか?」
「問題ない……みたいだな。こいつら一体何なんだ。どうして誰も接近に気が付かなかったんだ」
「知るものか。俺に聞くな」
あまり期待はしていなかったが、やはり詳しい情報は得られなかった。
とにかく壁を【修復】し、これで一息つくことができる――わけもなく、更なる脅威が畳み掛けてくる。
破壊されたはずの土人形の一部が蘇り、再び襲いかかろうとしてきたのだ。
「芸がない」
しかしダスティンは驚きすらせずに魔槍を振るい、起き上がる側から土人形を破壊していった。
「ここは俺がやる。お前はさっさと行け」
「分かった、任せたぞ」
「ルークさん!」
次の持ち場へ移動しようとした矢先、ナギが突風を起こしながら、何らかのスキルで俺達の目の前に出現した。
サクラの【縮地】とは明らかに原理が違うスキルだ。
恐らくは高速移動系のスキルなのだろう。
「大規模な魔法が来ます! 迎撃に失敗した場合に備えてください!」
「次から次に……! 分かった、【修復】準備だな!」
「頼みました! 俺は次の場所に情報を伝えに行きます!」
強烈な旋風を残して、ナギの姿がかき消える。
それから間もなく、陣地全体を照らし上げるほどの光を放つ火球が撃ち出され、陣地の中央めがけて落下を開始した。
「任せてください! 思いっきりいきます!」
メリッサの周囲に猛烈な魔力が渦巻き、それが凄まじい豪風の渦へと変換されていく。
「全力発動! トルネード!」
奔流の如き竜巻が火球から熱と炎を剥ぎ取っていく。
火球は数秒も経たないうちに消え失せて、役目を終えた竜巻も姿を消す。
後に残ったのは、棘と杭の集合体のような球体であった。
「えっ?」
球体が破裂し、陣地の中央部に棘と杭が降り注ぐ。
防がれても効果を発揮する――否、防いでしまった張本人が最大限の被害を被る悪意の具現。
魔法の全力行使の反動で身動きの取れないメリッサめがけ、棘と杭の雨が降り注ぐ。
「嘘――」
「くそっ!」
その直後、目にも留まらぬ速さで現れたナギが、メリッサをかばうように突き飛ばした。
轟音と砂埃、そして血飛沫を巻き上げて、無数の棘と杭が着弾する。
「ナギ! メリッサ!」
生々しい血の臭いが混ざった砂煙が晴れていく。
俺の視界に飛び込んできたのは、少なからぬ負傷を負ったメリッサと、全身を何ヶ所も深く抉られて血の海に沈んだナギの姿だった。
すぐにメリッサは顔を上げたが、ナギはぴくりとも動かない。
流血の広がる速度が異様に速い――どこか致命的な血管が破れてしまったのだ。
メリッサは自分達を襲った出来事を即座に理解し、半狂乱になりながらナギの側へと這い寄ろうとする。
「嘘……嘘、嘘! ナギ! 返事して、ナギ!」
「くそっ……!」
二人のところへ駆け出そうとした直後、強靭な槍の柄が俺の脇腹に叩き込まれた。
今日二度目の衝撃を浴び、俺は強烈な勢いでナギ達の元へと吹き飛ばされた。
「(ダスティンっ! あの野郎……!)」
意識が刈り取られそうになったのを必死に堪え、着弾の寸前に【分解】の魔力を込めた腕を振るい、地面に突き立った棘と杭を破壊する。
走るより数倍早く到着できたのは確かだが、無茶苦茶にも程がある送りつけ方だ。
串刺しを回避しつつ地面に激突し、即座にナギの肉体に【修復】を掛ける。
速やかにナギの呼吸が整っていくのを確かめながら、俺はダスティンの暴挙の理由を理解した。
すぐに治療しないと死んでしまうからという意味ではない。
何もかもに関心を抱かなくなった今のダスティンが、わざわざ俺を弾き飛ばしてまで送り出した動機が分かったのだ。
「(だとしても……痛っ……! 骨が折れる勢いで吹っ飛ばすことはなかったんじゃないか……!?)」
息をするたびに肋骨が軋むように痛む。
いくら【修復】できるといっても、こんな苦痛は何度も味わいたくないものだ。
ナギとメリッサの手当が終わったら、今度は自分の骨折も治しておかなければ。
しばらく状況が落ち着くことを祈りながら、俺は【修復】を終えたナギの体から手を離した。
「ナギは……ナギは無事なんですか……?」
「少なくとも息はあるよ。あれくらい体力があるなら、多分大丈夫だ」
「あ、ありがとう、ございます……ううっ……ナギぃ……」
泣きじゃくりながらナギに覆い被さるメリッサの傷を【修復】しながら、もう片方の手で自分の肋骨も【修復】する。
その間に、壁の側に置き去りにしてしまったガーネットが駆け寄ってきた。
「白狼の! 無事か!」
「ああ。それより戦闘はどうなってる? 何か起こっちゃいないよな」
有無を言わさない流れだったとはいえ、一時的に本来の役割から外れてしまったのは確かだ。
取り返しのつかないことが起こっていなければいいのだが。
「問題ねぇ、大丈夫だ。にしても何なんだあいつは! 冗談じゃねぇぞ!」
「大方、自分のパートナーと重ね合わせたんだろうさ」
状況はかなり違うが、ダスティンのパートナーの死因も全身を穿たれての失血死だった。
恋人同士がそんな形で死に別れるのを見逃すことなど、奴には到底できなかったのだろう。
ガーネットは俺の一言だけの説明で察したらしく、苦々しげに舌打ちをして話題を打ち切った。
「ちっ……殴るの後回しにして正解だったな……」
「……今、なんて言った?」
「何でもねぇ! さっさと仕事に戻るぞ!」
そうしてこの場を立ち去ろうとする前に、俺はメリッサに大事な質問を投げかけた。
「メリッサ。もしもさっきの奴がもう一発来たとしたら、今度は対応しきれるか?」
「だ……大丈夫です! あれは初見殺しみたいなものですから! 他の人に防壁を張ってもらったら、中から何が出てきても対応できます!」
「よし、分かった。ここは任せた!」
ナギが意識を取り戻しつつあるのを視界の端に収めながら、俺は損壊した設備の【修復】に走った。
一つ二つと手早く【修復】したところで、ナギとは別の伝令が大急ぎで駆けつけてきた。
「ルーク殿! あちらの壁に敵部隊の一部が回り込もうとしています! 【修復】の備えを!」
「向こう側ですね! 了解しました!」
最優先【修復】対象は防壁をおいて他にない。
陣地内のどの建物が破壊されようと、究極的には防壁さえ抜かれなければ俺達の勝ちなのだ。
要請されたとおり、ダスティンが土人形の処理をしている場所とは反対側の壁に駆けつけた瞬間――
「止まれ、白狼の!」
防壁が強烈な力の衝突によって穿たれ、吹き飛ばされた人間が一人、破片と共に防壁の内側へ投げ出された。
巧みに受け身を取りつつ血塗れの顔を上げたその姿に、俺とガーネットは誰よりも見覚えがあった。
「……っ! サクラ!」