第62話 陣地防衛戦、再開
「敵増援を見張り台から目視した! 総員、速やかに配置につけ!」
――重く響く
「私は門前の防衛に加わります。ルーク殿もどうかご無事で」
「ああ、また後でな」
持ち場に向かうサクラを手際よく見送る。
サクラは俺と違って、純粋に戦闘要員としてこの戦いに加わっている。
彼女のスキル構成は戦闘に向いているから、いわゆる適材適所という奴だ。
「にしてもよ。ナギの奴、本気でお前を説得するつもりがあったのかね」
最初の待機場所へ移動している間に、ガーネットが何気なくそんなことを口にした。
ガーネットとノワールの二人は、ドワイト拠点長の要請で、【修復】担当である俺と行動を共にすることになっていた。
もっとも、ガーネットは言われなくても護衛としてついて行くつもりだったのだろうが。
「いきなり現れた奴が、あれは危険だーとか、それはやめろーだなんて言ったところで、付き合いが長い奴の方を信じるに決まってるだろうに」
「自分は注意したからな……っていう、言い訳のため……かも。何かあったときに……」
「んじゃオレは、単に人付き合いがド下手なだけって方に晩飯を賭けるぜ。お前はどうする?」
「か、賭け事は……ちょっと……良くないと思う……」
「オレだって金目の物は賭けたりしねぇよ。冗談で済むもんだけだ」
そんな会話を交わしている間にも、ガーネットは油断なく防壁の上を見据えていた。
背後から不意打ちされても完璧な反撃をしそうなほどの集中だ。
一見ただの無駄話にしか思えない会話だが、ひょっとしたらノワールが緊張しているのかと思って、気分を解そうとしているのかもしれない。
ノワールは確かに気弱で内気な性格だ。
しかし、勇者パーティの一員として魔王に挑む果敢さも兼ね備えている。
ガーネットが本当にノワールのことを心配しているのだとしても、それはきっと取り越し苦労になるだろう。
「白狼のはどう思う?」
「さぁな……人間、いつも完璧な受け答えができるわけじゃないからな。俺やサクラだって、さっきのやり取りで少なからず失敗してるんだ」
ナギの主張の問題点はガーネットが指摘したとおり。
たとえ事実に即した忠告でも、あれをまともに受け止めさせるのは難しい。
現に俺は、二度に渡って忠告を受けてもサクラ寄りの考えを変えていない。
サクラの失敗は、そもそもナギとの口論じみたやり取りに乗ったこと。
性格的に難しかったのかもしれないが、結果論としては軽く受け流すのがベストだった。
そして俺は、ナギに対して『急に忠告だけされても真に受けるわけにはいかない』としっかり言い返すべきだった。
いくら途中でメリッサの横槍が入ったとはいえ、それくらい伝えてから立ち去る余裕はあったはずだ。
ついでに、メリッサは空気を読まずに抱きついてきたのが問題だ。
嬉しすぎて感情のコントロールが利かず、周りが全く見えていなかったのだろうが、相手が俺達じゃなかったら不要なトラブルが生まれていたかもしれない。
「……そんなことより、いよいよ魔王の近衛兵のご到着みたいだ」
地響きが少しずつ強くなっていく。
魔王軍の増援が陣地に肉薄しつつあるのだ。
人類側もホロウボトム要塞からの増援が近付いているが、それくらいは流石に魔王軍も把握しているだろう。
俺達の勝利条件は、敵部隊を退けるか、増援の到着まで耐えきること。
あちら側の勝利条件はその逆で、増援までに陣地を破壊すれば勝利となる。
有利か不利かは分からないが、どちらにせよ短期決戦となるはずだ。
「来るぞ……!」
急に地響きが収まり、しばしの静寂を挟んだ後に、防壁の向こうから矢弾と魔法の雨が弧を描いて降り注いできた。
同時に陣地側の防御と迎撃も幕を開ける。
複数人が展開する魔力防壁が攻撃の多くを防ぎ、防ぎ切れなかったものには魔法による迎撃が炸裂する。
メリッサもナギの無事を確認して憂いが消えたのか、魔法の精度が吊橋上の戦いのときよりも高まっているようだった。
「……私、だって……!」
ノワールが魔法を発動させ、周囲に鬼火のような炎を複数出現させる。
それらはノワールの合図で上空に撃ち出され、魔族が放った火炎弾に接触、次々に誘爆を引き起こしていった。
多重の防御網でも防ぎ切れなかった魔法攻撃が、陣地内の設備を破壊する。
当然ながら矢も普通の代物ではなく、着弾点から様々な魔法的効果を発動させ、設備に的確な損害を与えていく。
そして、ここからが俺の出番だ。
事前に伝えられた優先順位を守りながら、陣地内の設備を片っ端から【修復】していく。
もちろん防壁の【修復】も同時進行でこなしていく。
要請があればすぐさま壁際まで駆けつけて、内側から防壁の損傷を【修復】する。
――この作戦に懸念事項があるとすれば、それは俺の体力的な問題だ。
「はぁ、はぁ……くそっ、流石に体が
肩で息をしながら、ままならない自分の体に対して毒づく。
冒険者として現役で活動してきた頃と比べると、明らかに体力が落ちていた。
原因の心当たりはいくつもある。
勇者パーティに迷宮の奥で置き去りにされて以降の極限状態は、露骨に俺の肉体を衰弱させた。
更にその後、完全な回復を待たずに冒険者を休業して武器屋に転向し、ずっとそちらの仕事に掛かりきりになっていた。
ああ、そうだ。どう考えても、最盛期のスタミナなど望むべくもないに決まっている。
「キツいなら背負ってやろうか?」
「冗談……!」
ガーネットの煽りを受けて気合を振り絞る。
体力の限りを尽くしているのは俺だけじゃない。
今も防壁の外でサクラやナギが白兵戦を繰り広げているのだ。
一人だけあっさり音を上げるなんて、そんな無様なことできるわけがない。
そして、次の【修復】ポイントへ移動しようとした瞬間、轟音が予想外の方向から響き渡った。
「なっ――!」
主戦場である門のある方向を前として、左側にあたる防壁に穴が穿たれていた。
俺だけではなく、誰もが想定外の事態に言葉を失った。
側面攻撃を予想していなかったわけではない。
しかし陣地周辺には、目視のみならず魔力を用いた警戒が敷かれている。
側面に回り込もうとする奴がいれば、外の部隊や壁上の見張りが気付くはずだ。
全力で張り巡らせた警戒網を潜り抜けられた――その事実が衝撃的だったのだ。
「白狼の!」
「分かってる!」
驚愕に硬直させられたのも一瞬のこと。
俺とガーネットは、すぐさまその壁に向かって走り出した。
防壁に穿たれた穴をこじ開けて、陣地への侵入を開始する異形の人型。
ゴーレム――とはまた違う。土人形とでも言うのだろうか。
土と泥を練り上げて砂をまぶしたようなモノが、マリオネットのようにぎこちない動きで乗り込んでくる。
それも一体や二体ではなく数十体。
思わず目を背けたくなるような光景だが、それでも怯むわけにはいかない。
あともう少しで到達しようかというところで――
「離れろ。殲滅する」
冷徹な声と共に、土人形の群れが吹き飛ばされる。
稲光のような軌跡を描いて飛翔する何かが、土人形を砕き、貫き、引きちぎり、破壊の限りを尽くしてから使い手の下へ戻っていく。
積み上がった土人形の残骸を踏み越えて、ダスティンが陣地の中へ戻ってきた。