第60話 対城ゴーレムを破壊せよ
「…………お、おおおおおおおおっ!」
数秒の間を置いて、陣地に騎士と兵士達の歓声が響き渡った。
魔王軍の攻撃で傷つき破られかけていた門と防壁は、魔力結晶の助けを借りた俺の【修復】で、万全に近い防御力を取り戻した。
友軍が喜びに湧く中、俺は先程の【修復】スキルの手応えを思い返していた。
体感だが、明らかに【修復】の作用の強さが向上している。
【修復】の反動で大型ゴーレムを弾き飛ばすなんて、少し前までは想像もできなかった荒業だ。
「白狼の! あんにゃろう、よじ登る気だぞ!」
ガーネットの声で我に返り、反射的に顔を上げる。
攻城ゴーレムの全高よりもやや高い防壁――その上端部にゴーレムの無骨な手が掛けられた。
「壁の内側で迎え撃つしかねぇ! 壁が潰れねぇように直し続けてくれ!」
「……いや! いい手を思いついた!」
壁面に手を添えて必要最小限の【修復】を続けながら、壁沿いの階段を駆け上がって防壁の上に移動する。
おおよその高度は二階建ての建物の屋上ほど。
防壁の上は狭い通路のようになっていて、ここから地上への攻撃ができるようになっている。
ゴーレムが腕に力を込めて巨体を浮かせようとする。
一抱えもあるような頭部が、防壁の上端よりも高い位置にまで上昇した。
「(……ったく、ノワールが言ってたとおりだ! ゴーレムが装甲に覆われてやがる……!)」
攻城ゴーレムは、単なる人間の形をした岩の塊ではなかった。
頭から指先まで分厚い金属装甲が施されている。
弱点である魔法文字が存在する顔面も、強固なフェイスガードで防御されていた。
潔いまでの戦闘特化改造。
道理で、騎士達が奮闘しても簡単には壊せないはずだ。
「聞こえるか! どうにかあいつの動きを止めてくれ!」
「心得た!」
防壁上にいた騎士と兵士達が次々にスキルを発動させる。
ある者は腕にしがみついて力尽くで食い止めようとし、またある者は魔力防壁をゴーレムの眼前に展開して妨害を試みる。
更に門の外で戦っていた誰かが拘束系の魔法を使い、ほんの少しだがゴーレムの動きを停止させた。
「これならっ……!」
全力疾走でゴーレムの頭部に肉薄する。
――ゴーレムという代物を最初に生み出したのは、古代の魔法文明だと言われている。
当時はあくまで作業用だったらしく、制御の核である魔法文字の位置は、緊急時に止めやすいように目立つ『顔面』で統一されていたとされている。
魔法文明の滅亡以降に造られたゴーレムは、どれも魔法文明製ゴーレムの劣化模倣に過ぎず、制御系術式の配置を大きく変えることはできなかったという。
これに例外はない。
目の前のゴーレムだってそうに違いない。
過剰なまでに堅牢な顔面の装甲が、逆説的にその事実を証明している。
「スキル、発動――!」
攻城ゴーレムの横っ面に掌底を叩き込むように【分解】を発動させる。
分厚い金属の層が砕け散り、岩肌同然の『素顔』が半分ほど露わになった。
「見つけたっ!」
【分解】の発動を継続させたまま素早く腕を振り抜き、魔法文字の一文字目を削り取る。
あらゆるゴーレムに共通する弱点を破壊され、攻城ゴーレムは巨大な岩人形に成り果てて、防壁の下へと崩れ落ちていった。
「よし……!」
――だが、ここで想定外の事態が起こった。
ゴーレムが落下した巻き添えで、防壁の上端の一部が崩れ、壁上の兵士を守る遮蔽物が部分的に失われる。
このせいで、俺の姿が門の外の地上から丸見えになってしまった。
そして、これを見逃すほど魔王軍は愚鈍ではなかった。
攻城ゴーレムを破壊した戦力、即ち俺めがけて、大量の矢弾と魔法が一斉に撃ち込まれる。
「(【修復】は――間に合わな――)」
望外の戦果から一転、致命的な死の雨が降り注がんとする。
次の瞬間、俺の眼前で眩い炎と雷光が迸った。
「ご無事ですか、ルーク殿!」
「ひとまず『見事だった』と言っておこうか」
俺を殺すべく放たれた矢弾と魔法は、桜色の刀と二振りの魔槍によって、その全てが打ち払われていた。
「サクラ! それに……ダスティン!」
「積もる話は後です! 次が来ます!」
「そうだな、早く逃げ――」
ここから離脱しようと駆け出した瞬間、ダスティンの魔槍の柄が俺の体をすくい上げ、壁の内側へと乱暴に投げ出した。
「は? ……うわあああああっ!?」
抗えない自由落下の末に、俺は硬い地面――ではなく、柔らかさすら感じる何かに受け止められた。
「あの馬鹿! マジで投げやがった!」
「……ガ、ガーネット……?」
ガーネットは俺を抱きかかえたまま、牙を剥く狼のような顔で防壁の上を睨みつけた。
それから間もなく、サクラが【縮地】で防壁の内側に帰還し、ダスティンが身軽な動きで着地した。
「魔王狩り! テメェふざけた真似しやがって! 魔族じゃなくて今すぐオレにぶち殺されてぇか! ああっ!?」
「最短経路で逃しただけだ。狙い通りお前の真上に落ちてきただろう? 昔から、こいつの逃げ足は致命的に遅いからな」
殺意すら感じる勢いでまくし立てるガーネットに対し、ダスティンは喋ることすら億劫なのではと感じられる雰囲気で応えた。
……ちなみにだが、別に俺の逃げ足が遅いわけではない。
スキルで身体能力を強化した連中の逃げ足が、どいつもこいつも異常に速いだけのことだ。
「そもそもなぁ! テメェがもうちょい気張ってりゃ、こうはならなかったんじゃねぇのか!?」
「心外だな。あのゴーレムは最初四体いた。そのうち二体を破壊したのは俺だ」
「やめろ、二人とも。揉めるのは後からでもできるだろ。今は魔族をどうにかするのが先決だ。違うか?」
正直、俺自身もダスティンに感謝と怒りのどちらを向けるべきか難しいところだった。
本人ですらそうなのだから、ダスティンが矢弾と魔法を打ち払った瞬間を見ていないガーネットが、とにかく怒りを先行させるのは無理もないことだ。
俺が仲裁を試みたことで、ガーネットは大人しく矛を収め、ダスティンは無言で門の方へ歩き去っていった。
それと入れ替わるようにして、サクラが俺達のところに駆け寄ってくる。
「ルーク殿、よろしかったのですか?」
「ダスティンは昔からああいう奴だよ。サクラ、お前こそ大丈夫だったか?」
「もちろんです。ご覧の通り戦闘に支障はありません」
サクラは負傷こそしていないようだったが、服や鎧には数多くの傷と汚れが残っており、戦いの激しさを如実に物語っていた。
「そんなことより、増援が近付いているというのは本当なのですか」
「ああ、相当ヤバい連中らしい。それと、ガーネット。悪いんだが……」
自分が置かれている状況を改めて確認し、精一杯の懇願をガーネットに伝える。
「……そろそろ下ろしてくれないか?」
ダスティンに投げ落とされたのを受け止められてからずっと、俺はガーネットに抱きかかえられたままであった。
助けてくれたことは感謝すべきなのだろうが、自分よりも小柄な少女に軽々と抱えられているというのは、精神的になかなか強烈なダメージになってしまう。
せめてもの救いは、この場の誰もガーネットの性別に気がついていないことだけだった。