第54話 穏やかな休日を君と
「クリームケーキセット二つ、おまたせしました!」
シルヴィアが俺とガーネットの前に注文の品を並べる。
真新しい皿には白いクリームを丹念に塗られたケーキが乗せられ、同じく新品同様のティーカップは赤い紅茶で満たされている。
更にクリームケーキには小さな果物がふんだんに盛り込まれており、味だけでなく見た目にも彩りを加えていた。
「おおっ、本格的だな! そんじゃさっそく……」
ガーネットはすぐにフォークを取ってケーキを頬張った。
さっき『紅茶と一緒に食べるなら悪くない』だなんて言っていたのが嘘のような機嫌の良さだ。
紅茶に口を付ける前からすっかり表情を綻ばせている。
それを指摘するとまた怒らせてしまいそうなので、俺も大人しくケーキを食べることにする。
「……んっ! これは……」
驚いた。そんなに甘いものは好きじゃない方だと思っていたのだが、これは一口食べただけで美味しいと感じられた。
なるほど、ガーネットがあんなに夢中になるのも分かる気がする。
「さっすがシルヴィアの店だけあるな! これなら毎日通ってもいいんじゃねぇか?」
「毎日はやめとけ。体壊すぞ」
普段通りの会話を交わしながら、二人でクリームケーキを食べ続ける。
紅茶がそろそろ無くなりそうになったところで、シルヴィアがタイミングよくポットを持ってやって来た。
「おかわり、どうですか? 一杯までなら無料ですよ」
「それじゃあ貰おうかな」
「オレにもくれ。意外としっかり味が出てるじゃねぇか。びっくりしたぜ」
「ありがとうございますっ」
俺は紅茶を飲み慣れていないので違いがよく分からないのだが、ガーネットが上出来だというならそうなのだろう。
シルヴィアは紅茶を淹れ終えた後もすぐには立ち去らず、俺とガーネットのことをまじまじと眺めていた。
「……どうかしたか?」
「いえ、二人ともすっかり仲良くなったんだなぁって思いまして」
にこやかな笑顔でそう言われ、俺とガーネットは揃って顔を見合わせた。
「だってほら、最初は凄いギスギスしてたっていうか、すぐにでも喧嘩しそうだったっていうか」
「言われてみれば、そうだった気もするな」
今となっては懐かしい話だが、ガーネットとの初遭遇はろくでもないものだった。
俺はガーネットを生意気で気に食わない奴だと認識し、ガーネットは俺のことをミスリルを不法に取り扱う犯罪者だと決めつけてかかっていた。
「まぁ……オレ達にも色々あったってことだろ」
関係が好転する契機となったのは、間違いなく『日時計の森』に二体目のドラゴンが現れたときのことだった。
ガーネットはドラゴンの不意打ちを受けて致命傷を負い、俺は個人的な意地を張って、自分の命のリスクを無視してそれを治療した。
その後に交わしたやり取りを通じ、お互いに抱いていた負の印象が払拭されたわけだが――まさかガーネットが俺の店に住み込みで働くことになるだなんて、そのときは夢にも思わなかった。
「やっぱり仲良くできるに越したことはありませんよね。それじゃ、また何かあったら呼んでください」
シルヴィアがテーブルから離れた直後に、玄関の扉が開いてベルの音が鳴った。
「いらっしゃいませ! ……っと、おかえりなさい、サクラ。仕事はもう終わったんだね」
「簡単な依頼だったからな。護衛と荷物持ち程度なら散歩のようなものさ」
やって来たのはサクラともう一人、長い黒髪の魔法使い――ノワールだった。
「とりあえず、荷物を部屋に置いてから……っと、ルーク殿ではありませんか。それにガーネットまで」
「よう、サクラ。二人して依頼でもこなしてきたのか?」
ガーネットはサクラとその後ろにいるノワールに視線を向けた。
さり気なくサクラの後ろに隠れようとするノワールだったが、サクラよりもノワールの方が少々背丈があるので、ほとんど隠れられていなかった。
「ノワールは冒険者ではないよ。彼女が依頼主で私が請負人だ」
「……隣町まで、買い物に行きたかったから……護衛と荷物持ちを頼んだんだ……」
言われてみれば、二人とも両手いっぱいに袋を持っていて、ダンジョン帰りではなく買い物帰りのような様子だった。
大荷物の中身が何なのかは分からないが、ノワールが平然と持ち運べているあたり、見た目の大きさの割に重たくはないようだ。
「へぇ。何を買ってきたんだ?」
「それは……まだ秘密だ……いずれ分かる……と思う……」
「ふぅん。オレ達に黙ってろくでもないことを考えてる……ってことはなさそうだな。もしもそうだったらサクラが止めてるだろうし」
「無論だとも」
三人の少女の会話――という表現は不正確か。
ノワールは俺と十歳も歳が離れていないし、ガーネットは他の二人から少年だと認識されている。
ともかく、三人の会話を横で聞きながら、俺は何気なくガーネットの様子を観察した。
――どうやら気分を害している様子はなさそうだ。
サクラとは友人関係だから楽しげに会話をするのは当然として、ノワールに話しかけるときもネガティブな感情が籠もっている様子はない。
むしろノワールの方が、年下のガーネットに対してビクビクしている感すらあるほどだ。
「それでは、私達は部屋に荷物を置いてきますので」
「二人ともここに宿泊してるんだっけか」
「ええ。長期契約で部屋をお借りしています。グリーンホロウには借家の類がほとんどありませんから」
確かに、俺がギルドハウスに『武器屋を営業できるような建物がないか』と問い合わせたときも、廃屋一歩手前の空き家しか候補が上がってこなかった。
グリーンホロウ・タウンは、外部の人間が移住してくることをあまり想定していなかったのかもしれない。
それも今後は変わってくるのかもしれないが。
サクラとノワールが部屋に戻っていくのを見送った直後、ガーネットが苦笑気味にふんと鼻を鳴らした。
「白狼の。お前、オレがノワールにぎゃーぎゃー噛み付くとでも思ってたのか?」
「……噛み付くとまでは思っちゃいないけど。でも、気に入らないとか思ってるんじゃないのか?」
「まぁな。働きたい動機は正直ふざけんなクソがって感じだぜ」
ガーネットは淹れたての紅茶を一口啜ってから、背もたれに体重を預けて口の端を上げた。
「けど、働きぶりで挽回するなら話は別だ。あいつがめんどくさい仕事を片付けたおかげで、こうしてお前とのんびり休めたんだしな。そこんとこは感謝しとかねぇと」
「……そうか、ならよかった」
心の底からの安堵を込めて、小さく息を吐く。
ガーネットにはホワイトウルフ商店で働くことを不快に感じて欲しくなかった。
あくまで俺を守るための護衛として残ってくれたのだから、むしろできる限り快適に過ごしてもらいたいと思っている。
「ケーキだけじゃ全然足りないだろ。他にも何か……」
追加で注文するように勧めようとしたところで、食堂の奥に戻ったはずのシルヴィアがパタパタと駆け寄ってきた。
「ルークさん!」
「ん、どうした?」
唐突なトラブルが起きた……という様子ではなかった。
むしろ良い知らせを持ってきたと言いたげな顔をしている。
「ついさっき、隣町の友達から手紙が届いたんです。来週にでも家を出てグリーンホロウに移住するから、仕事を紹介してくれないかって。ルークさんのお店、まだまだ従業員募集中でしたよね!」