第49話 桜と緋緋色金
その後、俺達は遺跡で発生した一連の出来事を黄金牙騎士団に報告し、早々に地上へと引き上げることにした。
魔王城領域におけるトラブルへの対処は彼らの仕事だ。
もしも俺にやるべきことがあったとしても、騎士団からの要請を受けてから動くことになる。
人聞きの悪い言い方をすれば『指示待ち』だが、今回ばかりはこれが正しい。
独断専行は足を引っ張るだけだ。
一介の外部協力者に過ぎない俺は、勝手に対応を考えたり行動したりするべきじゃない。
責任者でもなければ担当者でもない奴が、報告も相談もなしに行動を起こすなんて、どう考えても悪い結果しか思い浮かばなかった。
「はぁ……めちゃくちゃ疲れた……」
自宅兼仕事場のホワイトウルフ商店に帰り着き、荷物を置いて深々と息を吐く。
時刻は既に夕方を過ぎている。
外を見れば、後少しで真っ暗になる頃合いだ。
さっさと休みたいのは山々だったが、やっておかなければならないことが幾つもある。
まずはミスリル採取についての報告書作成から済ませる。
この国において、ミスリルは禁制品指定を受けており、認可を受けた業者も採取量や用途などの記録と報告が義務付けられている。
当然、俺も例外ではないわけだ。
作業場の机で書類仕事を進めていると、ガーネットがひょっこりと顔を覗かせた。
「なぁ、白狼の。今日の晩飯はどうする?」
「外に出る気力はないからなぁ……簡単な奴でいいから頼めるか?」
「んじゃ、オレ好みで適当に作っとくぞ。文句言うなよ」
こちらはわざわざ作ってもらう立場なのだから、文句なんか言うわけがない。
書類の記入を終えた後は、ミスリルを専用の堅牢な容器に収納する。
盗難防止のために様々な仕掛けが施された代物で、認可を受けたときに国から貸与されたものだ。
むしろこれは、容器というよりも金庫と呼ぶべきかもしれない。
「さてと……」
次の作業に移ろうとしたところで、勝手口をノックする音が聞こえてきた。
来客はすっかり顔なじみになった少女だった。
「サクラか。こんな時間にどうしたんだ?」
「今日の依頼人の方から鹿肉を頂いたので、ルーク殿にもおすそ分けをと思いまして」
「お、ありがとな。ちょうど夕飯の準備をしてもらってるとこだったんだ。おーい、ガーネット!」
ガーネットは調理を中断させられて不満そうにやって来たが、貰ったばかりの鹿肉を渡すと一気に満足げな顔になった。
「いつも悪ぃな。せっかくだからお前も食ってくか?」
「すまないが、シルヴィアと先約があるんだ」
「んじゃ、しゃーねーな。あいつにもよろしく言っといてくれ」
「次の機会があれば、是非ともご相伴に
短い会話を交わし、ガーネットは鹿肉を持って台所へ戻っていった。
シルヴィアやガーネットと話すときのサクラの態度は、俺に対しては見せることのない素の振る舞いだ。
別に俺が距離を取られているわけではなく、いわゆる『敬意を込めた接し方』ということらしい。
本人曰く、初対面のときに偶然サクラの命を救うことになったのと、年齢が十歳以上も違う年長者であるのが理由とのことだ。
「ルーク殿。実はもう一つ用件がありまして……」
「ヒヒイロカネの刀のことか?」
「……お見通しでしたか」
サクラは気恥ずかしさをごまかすように微笑んだ。
「急かすつもりではないのですけれど、そろそろ完成させられる時期なのではと思いまして」
俺がサクラから受けた依頼――それはヒヒイロカネという東方の特殊な金属で刀を造ることだ。
現地でも加工手段が失伝した希少金属であり、サクラがウェストランドを訪れた理由の一つが、その加工手段を探すためというものだった。
今のところ、依頼の進行具合は半分といったところだ。
普通の刀にヒヒイロカネを半々の割合で【合成】させることで、ヒヒイロカネ合金の刀を造るところまでは成功している。
使用したヒヒイロカネに『刀の形状の記憶』が定着すれば、後は刀から鉄を排除して新たなヒヒイロカネで補ってやるだけ。
そうすることによって、ようやくヒヒイロカネのみで構成された刀が完成するわけだが――流石にもう、記憶の定着も済んだ頃合いだろう。
「確かに、そろそろ最後の工程に進んでもよさそうだな」
「では……!」
「その前に聞いておきたいことがあるんだ」
あくまでこれは、念の為の確認だ。
今更、約束を撤回するような真似はしない。
「ナギから『ヒヒイロカネの刀を造らないほうがいい』と警告されたんだ」
「……っ!」
「もちろんお前との契約を反故にする気はないさ。だけど、あいつがどうしてそんなことを言ったのか、理由を知ってるなら教えてくれないか」
一瞬だけ、サクラが表情を歪めたのが見えた。
それは俺に対してではなく、ここにいない奴に向けられた感情のようだった。
「……ルーク殿は神々が実在すると思われますか?」
「は……?」
「ああ、いえ、変な意味ではありません。そのままの意味です」
「そのままの……?」
いまいち質問の意味を理解できなかったが、とりあえず素直に考えてみることにする。
「……スキルは自分の職業を守護する神殿から授かるものだろ。人間にスキルを与える『何か』を神様と呼ぶなら、存在はしてるんじゃないか?」
「では、人間のように自我を持った神々が実在している……という考えについては?」
「そう考えてる奴も多いし、人格のない超常的な力の塊だって主張する奴も少なくはないな。俺としては……見たことがないから何とも言えないってところだ」
神殿にいる連中に至っては、神の声が聞こえたとか、直接出会ったとか大真面目に主張することだって珍しくない。
世間一般からの認識は『恐らく何らかの形で存在するであろう、ありがたいもの』といったところだろう。
「なるほど、東方とあまり変わらない認識なのですね」
「それとナギが言っていたことにどんな関係があるんだ?」
さすがに遠回り過ぎると感じたので、もっと具体的な説明を求めてみる。
「私が属する勢力は神々を『超常的な力の塊』と考え、ナギが属する勢力は『自我を持つ上位種族』と考えています」
「だからあんなに警戒しあってたのか」
「いえ……勢力の対立原因は他にあって、もっと現実的というか、俗っぽくて生々しい理由なのですけどね……」
サクラは情けない話を思い返したかのように、曖昧で中途半端な苦笑を浮かべた。
「私の一族は、修行と信仰によって
「……もしかして、純粋なヒヒイロカネだけの刀は、そのために必要な道具なのか」
純ヒヒイロカネ製の刀剣を作ったところで、それが鋼を用いた刀剣に勝るとは限らない。
適度に他の金属を混ぜた合金の方が優れている可能性だってある。
加工方法が失伝しているのだから、そういった事柄から調べ直す必要があるはずだ。
にも拘わらず、サクラは検証すら不要として真っ先に純ヒヒイロカネ製の刀を希望した。
合理的な解釈はただ一つ。
性能の高い刀が欲しかったのではなく、別の理由で刀を求めていたというものだ。
「やはりルーク殿に隠し事はできませんね」
サクラは微笑んだまま首を小さく横に振った。
「ええ、その通りです。緋緋色金の刀は神降ろしの儀式のために必要な祭具。数代前に一度だけ製造に成功したのですが、不慮の事故で緋緋色金の加工手段の資料と諸共に失われてしまいました」
「なるほどね。ナギはその事故を神罰だと考えていて、再挑戦に協力したらろくなことにならないぞ……と警告したってところか」
頭の中で全ての情報が一つに繋がった。
サクラがヒヒイロカネの刀を求める理由も、ナギがそれを警戒する理由も納得できた。
「仮に総緋緋色金
「心配するなよ。請け負った仕事は最後までこなすさ」
サクラは俺が依頼の遂行を渋るのではと思ったのだろう。
そんな心配は必要ない。
今の質問はあくまで疑問を解消したかっただけで、契約を反故にするつもりなんか最初から全くなかったのだから。
「もしものことがあったら俺も責任を取る。だから、出来上がったら遠慮なく受け取ってくれ」
「責任だなんて……余計に申し訳なくなってしまいます」
困り顔を浮かべるサクラ。
ちょうどそのタイミングで、夕飯の完成を伝えるガーネットの声が聞こえてきた。
「……っと。では、私はこの辺りで失礼します」
「気をつけてな」
サクラを見送ってダイニングルームへ向かいながら、今後のことを軽く考える。
トラヴィスからの依頼、黄金牙騎士団からの依頼、そしてサクラからの依頼。
これからも忙しく充実した日々になりそうだ。