第48話 巨大ゴーレムとフィジカルの怪物
ゆっくりと迫り来る十数体の巨大なゴーレム。
複雑な動きはできず、腕を振り下ろす以外の攻撃手段にも乏しいが、その強度と規模だけでも相当な脅威となる人造の魔物。
並大抵の冒険者であれば、一体を相手取るだけでも念入りな準備が必要になる代物だが、この場においては一方的に破壊されるだけの存在でしかなかった。
「遅い遅い!」
ガーネットが床にめり込んだゴーレムの拳に飛び乗り、そのまま腕を駆け上がって、岩石製の下顎を鋭い回し蹴りで打ち砕く。
その一撃で制御術式の核である魔法文字が粉砕され、ゴーレムがただの人型をした岩と土の塊に成り果てる。
「二体目!」
「……っ! ガーネット! 後ろだ!」
着地したガーネットめがけ、背後にいたゴーレムが拳を振り下ろす。
ガーネットは不意打ちを回避できずに直撃した――かと思いきや、頭上で腕を交差させてゴーレムの拳を防ぎ止めていた。
衝撃で足元の床が砕けているが、魔力をたぎらせた肉体にはダメージらしいダメージが入っていない。
「伏せてろ、白狼の! 全力でいくぞ!」
そう叫ぶや否や、ガーネットは岩石の拳にがっしりとしがみつき、渾身の力を込めて横向きの回転を加えた。
ゴーレムの巨体が宙に浮き、掴まれた腕を支えとして、盛大に一回転の旋回をした。
「うおおおおりゃあああっ!」
振り回されたゴーレムが、他の二体を巻き込んで壁に叩きつけられる。
――なんて無茶苦茶な力技だ!
砕けたゴーレムの破片と崩落した壁が辺り一帯に降り注ぐ。
まるで少女の肉体を得た災害だ。
速度と精度ならサクラの方が圧倒的に上だが、パワーとタフネスはこちらの方が比較にならないほど凄まじい。
仮に弱点があるとすれば、不意打ちへの弱さと戦闘継続時間の不安くらいだろうか。
この手のスキルは任意発動かつ魔力を継続的に消費し続けるので、発動前の奇襲や長期戦を苦手とすることが多い。
しかしその分、真価を発揮できる間の爆発力が桁外れなのだ。
「ったく……張り切りすぎだっての」
「ここんとこずっと本気出せてなかったからな。たまにはスッキリしてぇんだ」
「頑張りすぎて魔力切れになったらどうするんだ?」
「その前に終わるだろ。あちらさんも本気みたいだしな」
ガーネットの視線の先では、トラヴィスが負けず劣らずの猛攻を繰り広げていた。
「はははははっ! これだけ多いと殴りがいがある!」
無造作に繰り出された一撃がゴーレムの脚を砕く。
そして前のめりに倒れ込むゴーレムめがけ、追撃の剛拳が叩き込まれた。
砕け散る胸部。ちぎれ飛ぶ岩の両腕。転がり落ちる顔のない頭。
魔法文字という弱点を狙う必要すらなく、純粋な破壊だけでゴーレムを戦闘不能に追い込んだのだ。
最初に脚を砕いたのも、あくまでゴーレムの胴体に拳を届かせるためでしかない。
相手が小型ゴーレムであれば一撃で破壊されていたはずだ。
「焦るな焦るな! 順番に相手をしてやるとも!」
トラヴィスは魔力を込めた拳を構え、目の前の何もない空間めがけてまっすぐに繰り出した。
瞬間的に解放された膨大な魔力の衝撃が、数体の大型ゴーレムを吹き飛ばす。
転倒したゴーレムが起き上がろうともがいている隙に、トラヴィスは他のゴーレムに襲いかかり、またもや瞬く間に粉砕してしまった。
「ボスに続け!」
「俺達もやっちまえ!」
トラヴィスの部下達もゴーレムへ激しい攻撃を加えていた。
ある者は魔法を放ち、ある者はスキルで出現させた投槍でゴーレムを貫き、またある者は爆発性の瓶詰めを投擲して岩の表面を砕く。
ガーネットやトラヴィスのように単身で無双できるわけではないが、巧みな連携によって着実にゴーレムの数を減らしている。
「ル、ルークさん! こっちに倒れて来てますっ……!」
俺と一緒に避難していた技師の男が叫んだとおり、大型ゴーレムの一体が俺達の近くに倒れ込んだ。
しかもまだ機能を失っておらず、倒れ伏したままで俺達を握り潰そうと腕を伸ばしてきた。
「うわあああああっ!」
「下がって!」
巨大な掌に手を突き当て、魔力を注いで【分解】を発動させる。
生物と違って魔力抵抗を持たないゴーレムの腕は、たったそれだけでいとも簡単に砕け散った。
更に顔まで走り寄り、口元に刻まれた魔法文字にも【分解】を浴びせて最初の一文字を削り取る。
「凄い……! ルークさんも戦えるんですね!」
「まさか! 相手が倒れてたからですよ! 真っ向からだと勝ち目は全く……」
走って逃げ切ろうとした俺達の前に、無傷のゴーレムが一体立ちはだかっていた。
勝ち目がないと言おうとしたばかりの真っ向勝負。
仮に脚を【分解】して転ばせようと思っても、その前に蹴り飛ばされる可能性すらある。
「はは……こいつはまずいか?」
「させるかよっ!」
ガーネットの飛び蹴りがゴーレムの脇腹に直撃する。
投石機から撃ち出されたかのようなその一撃は、ゴーレムの腹部を半壊させ転倒させるには充分すぎる威力だった。
「お前の護衛もオレの仕事のうちなんでな。よそ見してる間に潰れられるわけにはいかねぇんだよ」
「助かったけど、その割には少しギリギリだったな」
「悪い悪い。サクラみたいに瞬間移動はできねぇんだ」
短く言葉を交わしてから、ガーネットの護衛を受けながら広大な地下室を脱出する。
入り組んだ通路のところまで戻っても、まだゴーレムの群れを打ち倒す音と振動が伝わってくる。
激戦だが、トラヴィスがいるなら勝利は揺るがないはずだ。
「……そういや、白狼の。確かノワールの話だと、魔王城にはゴーレムが配備されてたそうだな。まさかとは思うけどよ、ここって魔王軍の武器庫か何かだったんじゃねぇか?」
ガーネットは警戒心を強めて周囲を見渡す。
その仮説を聞いた技師の男は、ひいっと怯えて身を竦ませた。
確かに、ありえない話ではない。
無意味に入り組んでいるだけに思える通路も、この遺跡がもともと軍事拠点だったとしたら、侵入者を惑わすためにあえて複雑な設計にしたという実用性が生まれてくる。
「可能性はゼロじゃないってところだな。魔王城のゴーレムの現物を見てないから何とも言えないが……もしも同じ技術で造られたゴーレムだったとしても、別の仮説も立てられるぞ」
「別の? どんなだ?」
「どちらのゴーレムも別の魔族が造ったもので、魔王軍はそいつを発掘して戦力にしてるっていうパターンだ。その場合は、遺跡の主も魔王軍のダークエルフとは違う魔族ってことになる」
ガーネットは納得顔で拳を掌に突き当てた。
「そういや、ダークエルフ共はドワーフを酷使して鉱山を掘らせているんだったな。ひょっとしたら、鉱石だけじゃなくてゴーレムの発掘も狙ってるのかもしれねぇな……」
「脱出したら真っ先に黄金牙騎士団まで報告に行くぞ」
俺とガーネットはお互いに頷き合い、大急ぎで遺跡の外へと駆け出していった。