第47話 扉の向こうの危険物
「こいつは……確かに凄まじいな……」
広大な地下室に圧倒されながら、周囲の様子に視線を巡らせる。
地下室には大勢の技師や研究者が集まり、壁や床を調べたり議論を繰り広げたりしていた。
彼らを守る戦力は、大規模な冒険者のパーティだ。
騎士団は渓谷の下流で魔族と睨み合っているそうなので、前線から離れたこんな場所までは手が回っていないのだろう。
この冒険者パーティを率いるリーダーは――
「おお! ルークじゃないか! こんなところで何をしてるんだ?」
「トラヴィス。お前は……依頼遂行の真っ最中みたいだな」
「遺跡の探索と学者達の護衛の依頼だ。魔物の一匹も出てこない遺跡なんで、念の為のお守りみたいなものだがな」
そして、トラヴィスは俺の隣にいるガーネットに目線を移した。
「この前も見た顔だな。ルークの弟子か?」
「従業員だよ。うちの武器屋で唯一の。人手を増やしたいとは思ってるんだけど、好景気の裏返しで人手不足でさ……」
「ははは! 冒険者には無縁な悩みだな! こちらは加入希望者が多くて困っているくらいだぞ! どうだ羨ましいか!」
「少しと言わず根こそぎ寄越せ。いっそ今日からソロパーティになっちまえよ」
昔馴染みだからこその無遠慮な会話を交わす。
グリーンホロウの人々とはまだ短い付き合いしかなく、こんな風に適当な冗談を投げかけ合える間柄ではない。
ガーネットとは比較的砕けたやり取りもしているが、トラヴィスのような昔からの関係と比べるとまだまだ距離感がある。
そのせいか、ついトラヴィスとは意味もなく話し込んでしまうのだった。
「おっと。こちらの坊主にも挨拶をしておかないとな。俺は黒剣山のトラヴィスだ。それとも、俺のことはもうルークから聞いているか?」
「ガーネットだ。うちのボスとは駆け出しの頃からの付き合いなんだってな」
トラヴィスが握手のために差し出した手を見て、ガーネットは悪戯を思いついた悪童のような笑みを浮かべた。
握手を交わすと同時に、ガーネットが右手に力を込める。
「そらっ!」
「おおぅ!?」
俺なら骨が悲鳴を上げているであろう握力だったが、トラヴィスは楽しげな表情を浮かべて力を込め返した。
突如として始まった握力勝負。
他の冒険者も何人か集まってきて、双方を応援して
「はははっ! ルーク! なかなかに将来有望な少年じゃないか! お前の仕事を馬鹿にするわけじゃないが、武器屋にしておくのは正直惜しいぞ!」
知らない方が幸せとはこのことか。
俺はこみ上げてくる笑いを堪えながら、気付かれないようにさり気なく顔を逸らした。
女が苦手なトラヴィスが真実を知ったらどうなるか。
その瞬間のリアクションを想像するだけで笑いが止まらない。
「……あのー、ルークさん。そろそろ本題に……」
「おっと、すみません。俺は何を【修復】したらいいんですか?」
技師の男が遠慮気味に話しかけてきたので、流石に気持ちを切り替えて本来の用件に意識を戻す。
わざわざ俺を呼んだということは、何かを【修復】させたいということだ。
それ以外に役割がないのは俺が一番よく理解している。
「こちらです」
連れて行かれた先は、全体が扉となった壁の近くの魔力制御盤の前。
ダンジョントラップや仕掛け扉の開閉を制御する、人工的なダンジョンには付き物の装置だ。
蓋が開いていて中身が見えているのだが、一目で壊れていることが分かる有様だった。
「ご覧の通り破損が著しく、調査班メンバーが保有している【修復】スキルでは手の施しようがないんです。手作業での修理となるといつ終わるか分かったものではありませんし……」
「なるほど……修復素材になりそうなものはありますか?」
「はい。こちらを使ってください」
受け取った小袋を壊れた魔力制御盤にかざし、魔力を込めて【修復】スキルを発動させる。
【修復】以外に取り柄のない俺が、これまでに他の冒険者パーティから完全には見捨てられなかった理由の一つがこれだ。
ダンジョンの仕掛けも絶対に壊れないわけではない。
奥へ進むためには仕掛けを修理する必要がある場合も存在し、そういう場合には優先して声を掛けられたものだ。
もっとも、そこまでスキルレベルが上がったのはここ数年のことであり、頻度も数ヶ月に一回あるかどうかだったので、安定収入には程遠かったのだが。
「……よし。これで直ったはずです。確かめてみてください」
「ありがとうございます! ではさっそく……」
技師の男が嬉々として魔力制御盤を操作する。
仕掛けが動く振動と、魔力の流れる気配が壁と床に広がっていく。
ダンジョンで未知の仕掛けを動かすときは、いつも不安と好奇心が同時に湧き上がってくるものだ。
「あっ」
「えっ?」
今、物凄く聞きたくない声が聞こえてしまった気がした。
予想通り振動が急激に激しくなり、広大な地下室全体が激しく揺れ動く。
「一体何をしたんですか!」
「ま、魔力制御盤が勝手に動き出したんです!」
思わず崩落と生き埋めすら覚悟したが、実際に起きた現象はまるで異なるものだった。
地下室の奥で、壁の代わりにそそり立っていた巨大な扉が、鈍い音を立てながら開いていく。
扉の向こうにあったものは――
「ゴーレム……しかも、なんて大きさだ……」
ここから見えるだけでも十数体。
人間の数倍もの体高のゴーレムが、扉で隠されていた空間に規則正しく整列していた。
しかも異変はそれだけでは終わらなかった。
十数体ものゴーレムが次々に起動して、腕を振り上げながら歩き始めたのだ。
「ぼ、暴走だああっ!」
技師達が慌てふためいて逃げ出そうとする中、ゴーレムは彼らを叩き潰そうとするかのように、豪腕を振り下ろして床を砕いた。
当然、扉に近い場所で制御盤を修理していた俺達も例外ではなく、一体のゴーレムがこちらに狙いを定めて拳を振り上げた。
「(くそっ……! 【分解】は……やる前に潰されるか……!)」
次の瞬間、小柄な人影が真横からゴーレムに飛びかかり、殴りかからんとしていたその腕を蹴り飛ばした。
「無事か。白狼の!」
「ガーネット!」
着地と同時に再び床を蹴り、横回転を加えた回し蹴りをゴーレムの脚に叩き込む。
ゴーレムはガーネットの連撃を受け、背中から盛大に倒れ込んだ。
それでもガーネットの猛攻は止まらない。
仰向けに倒れたゴーレムに飛び乗ったかと思うと、引き締まった脚を高く振り上げ、のっぺりとした岩の顔めがけて踏み砕くような蹴りを叩き込んだ。
「おい! ゴーレムの弱点はどこだ!」
「顔のどこかに魔法文字が刻んである! その最初の一文字を削り取れ!」
「削るだって? これか! ええい、面倒くさい!」
ガーネットは人間で言う口元に刻まれた魔法文字めがけて、固く握り締めた拳を打ち込んだ。
最初の一文字どころか単語全体を粉砕する一撃を浴び、ようやくゴーレムが完全沈黙する。
人間離れした身体能力と、岩を素手で殴りつけても平気な肉体強度――どちらもガーネットの保有スキルの本領発揮だ。
かつてのようにスキル発動前に不意打ちで倒されたりしなければ、大型ドラゴンとも真っ向から渡り合えたに違いない。
「やった……!」
「安心すんのは早ぇぞ! まだまだ掃いて捨てるほどいやがるぜ!」
大量のゴーレムの起動を受けて行動に移ったのは、ガーネットだけではない。
トラヴィス率いる冒険者パーティも素早く対応に取り掛かっていた。
「第二班と第三班は技師達を護衛して脱出しろ! 第一班は俺と残れ! ようやく俺達の出番だ、思いっきり暴れてしまえ!」
金属製のガントレットを装備したトラヴィスが、先陣を切ってゴーレムの集団に突撃した。
小さな標的を潰すべく振り下ろされた岩石の拳を、トラヴィスの鉄拳が迎撃する。
「オラァ!」
激突、轟音、そして衝撃。
ゴーレムの巨体が半回転するように押し返され、後頭部から落下した。
単純なパワーなら明らかにガーネットの上を行く一撃。
これがトラヴィスという男だ。
腕っ節と男気だけで、瞬く間にAランク冒険者まで駆け上がった実力は伊達ではない。
「久々にぶん殴りがいのありそうな連中じゃないか。腕が鳴るぜ」
「やるじゃねぇか、オッサン!」
「オッサンではない! 断じて! ルークと同い年だ!」
「うぇ、マジで!?」
まるで危機感のない言葉を投げ合いながら、二人の