第46話 いざ遺跡の奥へ
ひとまず急ぎでミスリルの採取を済ませ、ホロウボトム要塞に取って返す。
詳しいことはまだ説明されていないが、何やら『魔王城領域』の地下にあった遺跡の調査に進展があったらしい。
――あれはホロウボトム要塞の建設中のことだった。
ドラゴンとのキメラに作り変えられてしまった勇者ファルコンが、要塞の建設予定地を襲撃。
更に逆恨みで俺を攻撃し、圧倒的実力差に物を言わせて執拗に追い詰めてきた。
最終的に、奇策を使って『魔王城領域』よりも更に下の階層へ叩き落とすことで決着を見たわけだが、その現場こそがこれから向かう謎の遺跡だったのだ。
「けど、あの遺跡って俺達が歩いていけるような場所だったか?」
俗に『ドラゴンの抜け穴』と呼ばれる洞窟を通り、ホロウボトム要塞の『魔王城領域』側まで移動する。
この地下空間は緑に乏しい一面の荒れ地で、要塞がある前半部分は険しい岩山となっている。
岩山地帯は深い渓谷によって二つに分断された形になっており、目的地の遺跡へ入れる場所は渓谷の底にあるのだ。
「ご心配なく。特別なスキルがなくても渓谷の底まで降りられるルートは、これまでの調査で既に発見済みです」
技師の男の先導で岩山を降りていく。
魔物が出てきてもおかしくない土地だが、戦闘能力の高いガーネットも同行しているし、万が一に備えて黄金牙騎士団が兵士を貸してくれている。
「……あんまり楽なルートじゃないみたいだな」
「これでもかなり厳選された道順なんですよ」
いや、流石にこれは道と呼ばないと思う。
二本の足だけで移動できたのは全体の半分程度で、残りは突き出した岩を掴みながら降りないといけないような場所だった。
綺麗に整備されていた『日時計の森』とはまるで対照的だ。
ここもいずれは登り降りしやすくされるかもしれないが、それはずっと後のことになるだろう。
「お前ら、毎日こんなところ通ってやがんのか?」
ガーネットが呆れ気味にそう尋ねると、技師の男は笑って首を横に振った。
「まさか! 渓谷沿いに探索拠点がありますから、普段はそこで寝泊まりしてますよ。ルークさんも一泊していっては?」
「いや、遠慮しておきます。明日は朝から店を開けないといけませんから」
そうこうしている間に、崖も同然の斜面を降り終えて渓谷沿いに到着する。
かつて俺が降りてきた……もとい、死にそうになりながら滑落してきたときとは様子が違う。
何よりまず人間が普通に歩き回っている。
更に建物などの人工物も相当数が建てられており、まさしく冒険者の探索拠点らしい空気が漂っていた。
「魔王軍との小競り合いの最前線はもう少し下流側です。この辺りは既に我々の勢力圏ですよ」
「へぇ……知らないうちに状況が進んでいたんですね」
「厳密には、魔族がこの辺りを支配下に置いていなかったので、その隙を突いて占領してしまっただけなんですけど」
随伴している兵士が言うには、川を越えた反対側の岩山と下流の平地は丸ごと魔族の勢力圏で、有力な冒険者がこっそり侵入して探索するのが精一杯らしい。
説明を受けながら周囲を見渡していると、見覚えのある冒険者の姿が視界に入った。
「ナギとメリッサじゃないか。冒険者活動の真っ最中って感じだな」
「あっ、店長さん! この前はありがとうございました!」
メリッサが相変わらずの笑顔を振りまいてくる。
その隣にいたナギは、少し考え込んだような表情をしたかと思うと、一瞬のうちに音もなく俺の目の前に移動してきた。
「うおっ!?」
「……一つ忠告しておきます。不知火桜が緋緋色金で刀を造るよう依頼してきたら、断った方が賢明ですよ。あの女を仲間だと思っているなら尚更です」
ナギのこの発言に対して、俺は何の反応も返すことができなかった。
内容が意味不明だったというのもあるが、それ以前にもはや意味のない警告だったので、どんな返答をすればいいのかとっさに思い浮かばなかったのだ。
既にサクラからはヒヒイロカネ製の刀を造る依頼を請け負っているし、近日中には最後の仕上げをして完成させるつもりでいる。
それをナギに伝えるべきか否か悩んでいる間に、ナギはメリッサに呼ばれてこの場を離れてしまった。
「店長さん。私達は探索に戻りますね。何かあったらまた依頼してください!」
「……それじゃ」
ぺこりと小さく頭を下げてから、メリッサとナギは渓谷の上流に向かって歩いていった。
こちらの会話が終わったのを見計らったように、技師と兵士が移動を再開するように促してくる。
ナギの警告の意図が掴めないのは少し気味が悪いが、今は別の用事を済ませる方が優先だ。
「例の遺跡の入口はこちらです。ルークさんは既にご存知かもしれませんけどね」
「……ああ、なるほど。勇者がぶち開けた穴を再利用したのか」
かつて勇者に追われて渓谷に落ちたとき、俺は【分解】を使って岩壁に穴を開けて遺跡に逃げ込んだ。
もちろん穴は【修復】で塞いでおいたのだが、勇者は力尽くで穴を開け直して追いかけてきたのだ。
その穴が綺麗に整えられ、遺跡に入るための仮の入り口に作り変えられていた。
とりあえず入り口を抜けて遺跡の通路に足を踏み入れ、勇者と戦った場所に向かおうとする。
「ルークさん、逆ですよ」
「……? 勇者と戦った場所はこの先ですが」
「新発見があったのは反対側なんです。道が入り組んでいるので、迷わないようについて来てください」
技師の後に続いて、遺跡の通路をあのときとは逆向きに歩き出す。
一直線だったかつてのルートとは違い、こちらのルートは分かれ道や交差路が非常に多く、迷宮じみた様相を呈していた。
天井は地下空間の空と同じように発光して廊下を照らし、壁には順路を示す目印が掲げられている。
「(ここを探索した冒険者が残した目印か……)」
冒険者の多くは遺跡探索のプロかもしれないが、遺物研究のプロとは限らない。
ダンジョン内の迷宮や遺跡で未知のものを発見した場合、情報や回収可能なサイズの現物を持ち帰って、後は専門の研究者に任せるというケースが一般的だ。
この手の依頼はCランク以上を対象によく募集されているし、後からやってくる研究者や、それを護衛する冒険者のために目印を設けておくことも常識として定着している。
「(さすがに高ランク冒険者がこぞって集まっただけあるな。探索中の配慮が隅々までしっかり行き届いているみたいだ)」
……そんなことを考えていると、下から覗き込むような視線が送られてきていることに気がついた。
「ガーネット……俺の顔がどうかしたか?」
「いや、別に。前はダンジョンに潜るってだけで死にそうな顔してたくせに、今はいい顔してるなって思っただけだ。新発見って聞いてワクワクしてんのか?」
そんなことは――と言おうとしたが、明確に否定できない自分に気がついた。
ちょっと前までは『日時計の森』に踏み込むことすら気が引けていたのに、今はそんな気分を感じなくなっている。
やはり、契機になったのはアルフレッド王との謁見だろうか。
元冒険者のウェストランド王国現国王。
かつて俺が憧れた名前も知らない冒険者が、実は王になる前の陛下だったと知った瞬間、心の中の重みが和らいでいった気がした。
「あんな辛気臭ぇ顔より、こっちの方がいい感じだぜ」
ガーネットはニッと笑って俺の背中を叩いてきた。
スキルによる強化をかけていない、ガーネット本来の腕力だけの柔らかい接触だった。
「目的地はこの先です。きっと驚きますよ」
通路を抜けたその先には、眼を見張るような空間が広がっていた。
壁も床も平らに加工された上で芸術的な彫刻が施され、光を湛えた天井は見上げるほどに高い。
そして出入り口と向かい合う反対側の壁は、それ全体が巨大な扉となっていた。
「こいつは……確かに凄まじいな……」