第45話 黒魔法使いとの再会
メリッサとナギ――二人の冒険者を雇ったおかげで、ホワイトウルフ商店は次の定休日までの数日間を無事に乗り切ることができた。
相変わらず、サクラとナギは常に不穏な雰囲気を漂わせていたが、お互いに事務的な態度に徹してくれていて、仕事に支障をきたすようなことは起こらなかった。
むしろ、メリッサが日に日に警戒心を増していた方が不安材料だったくらいだ。
そうして迎えた一週間ぶりの定休日は――
「――店が休みでも仕事は休みじゃないってのが、なかなか大変だな」
「忙しい忙しいって愚痴るくらいなら、さっさと新しい奴でも雇っちまえよ。三人か四人は増やせばお前も休めるだろ」
「前も言ったけど、すぐにできるもんならとっくにやってるっての」
俺とガーネットはそんな会話を交わしながら、開放型ダンジョン『日時計の森』に向かって歩いていた。
今日の予定は、第五階層の隠し階段から『奈落の千年回廊』に赴いてミスリルを採取することだ。
トラヴィスから請け負った依頼――ガントレットにミスリルコーティングを施すために使う分と、当面のストックとして確保しておく余剰分。
持ち帰るだけなら一人でも事足りる量だが、採取量などに様々な制限が掛かっているので、護衛兼連絡役のガーネットに立ち会ってもらった方が色々と面倒が少なくなる。
「……あれ? なぁ白狼の。このダンジョンの道って、こんなにマトモだったか?」
「要塞の建築中に整備されたんだよ。元のままだと資材を一番下まで運ぶだけで一苦労だったからな」
『日時計の森』の入り口から第五階層へ通じる最短経路は、獣道同然だった以前の姿からすっかり様変わりしていた。
地面の土はしっかり固められ、草木も取り払われて歩きやすい綺麗な坂道になっている。
角度が急だったところも、土が盛られて緩やかな斜面になっており、資材を乗せた荷車を通りやすくさせる配慮が行き届いていた。
「これじゃダンジョンも形無しだな。気楽にピクニックまでやれそうだぜ」
「Eランクの開放型ダンジョンっていうのはそういうもんだ。動物や植物が学術的には魔物だっていう点さえ除けば、ただの緑豊かな盆地みたいなものだからな」
だからこそ、魔王ガンダルフが潜む地下空間『魔王城領域』へ通じる洞窟が発見されるまでは、ただの一般人やEランク冒険者が気軽に出入りしていたのだ。
発見後しばらくは不穏な時期が続いたが、それもホロウボトム要塞の完成で払拭された。
今の『日時計の森』は、これまで以上に安全で平穏な場所となっている。
薬草採集に勤しむ駆け出し冒険者達を横目に、第五階層のホロウボトム要塞の前に到着する。
「騎士に兵士に冒険者……いつ来てもここは人が多いな」
「へぇ、普段からこんな感じなのか。町の方と大差ねぇ混み具合だな」
ガーネットは興味深そうに要塞の周囲を見渡している。
俺も本人から教えられるまで知らなかったのだが、ガーネットは今日初めてホロウボトム要塞を訪れたのだそうだ。
要塞の建設中は、騎士団員としての仕事の都合でグリーンホロウを離れていて、完成後はすぐに俺の護衛任務に移ったので、第五階層まで降りてくる機会がなかったらしい。
「お目当ての隠し階段は別の場所だったよな」
「ああ、もう少し奥だ」
ダンジョンの奥の大樹の根本にある隠し階段。
それを降りて『奈落の千年回廊』に入り、迷宮の壁を【分解】してミスリルを採取する――これが今回の目的だ。
さっそくそこまで移動しようとした矢先、俺とガーネットは要塞に入ろうとする騎士の一団を見つけて足を止めた。
要塞に駐在する黄金牙騎士団のマントを羽織った騎士達――彼らは一人の長い黒髪の女性を連れていた。
その女性は周囲を騎士達にくまなく取り囲まれており、護衛されているのか自由を奪われているのか、傍目では判別がつかなかった。
「あいつは……まさか、ノワール?」
これが驚かずにいられるものか。
騎士達が護送している女性は、紛れもなく黒魔法使いのノワールだった。
俺を迷宮に置き去りにした勇者パーティの一員。
ただ一人だけ魔王の居城から脱出し、勇者パーティの末路を地上に伝えた生き残り。
「おい、ガーネット。ノワールは銀翼騎士団が連れ帰ったんじゃなかったのか」
「そのはずだぜ。取り調べと身柄確保のためにな……おい! そこの奴ら! ちょっと待て!」
ガーネットが声を上げて騎士の一団に駆け寄っていく。
騎士達は露骨に警戒心を剥き出しにして、ガーネットとノワールの間に立ちはだかった。
「何用だ、小僧! そこで止まれ!」
当然の反応だ。今のガーネットは騎士の身分を伏せているうえ、普段は鎧兜で素顔を隠していたのだから、騎士として認識されるわけがない。
ガーネットもその辺はきちんと理解していたらしく、こちらに振り返って、騎士達に俺の存在をアピールした。
「おお、これはルーク殿。いかがなさいましたか」
「……その女性、勇者ファルコンのパーティメンバーのノワールですよね。銀翼騎士団に保護されていると聞いていたんですが、どうしてこんなところにいるんですか」
俺達が抱いた疑問をストレートにぶつけてみる。
こういうときに遠回しな駆け引きなんかは時間の無駄だ。
幸いにも、俺は国王陛下の依頼で要塞建築を手伝って以来、黄金牙騎士団からもそれなりの対応をしてもらえるようになっていた。
せっかくの特別扱いだ。こういうときに活用させてもらわなければ。
「魔王城攻略作戦の一環です。彼女には『魔王城領域』の水先案内人を務めて頂くことになりました。銀翼騎士団のカーマイン団長からの承認も受けております」
それを聞いて、ガーネットは不愉快そうに口元を歪めた。
カーマイン団長はガーネットの上官であると同時に、血を分けた実の兄でもある。
ノワールの処遇について連絡がなかったことが不満なのだろう。
「では、先を急ぎますので」
騎士達は改めて要塞へ向かおうとしたが、ノワールは何故かそれに抗って、俺達の方へと進み出た。
「……ルーク……ひとつだけ、聞いてもいいか……? 君は今、何をして暮らしているんだ……?」
目元まで伸びた黒い前髪の下で、不安に満ちた瞳が忙しなく動いている。
まるで、俺の返答を聞くことが怖くて仕方がないとでも言うように。
「あんなことがあったからな。冒険者は休業中だ。今は地上の町で武器屋をやってるよ」
「……そう、か。私達のせいで、冒険者を辞めてしまったんだな……その、だな……謝って許されることじゃないのは、分かっているんだ……でも……」
「許してやるなんて言うつもりはないぞ」
ノワールがびくりと肩を震わせる。
驚きではなく、恐らくは恐怖によって。
「だけど、お前にいちいち恨み言をぶつける気もないな。今は武器屋の仕事がかなり充実してるんだ。忙しすぎて目が回るくらいにな。恨み辛みの発散に割くような時間も体力もないんだよ」
これは心の底からの本音だ。
勇者が復活したとかなら話は別だが、そうでないなら気にするだけ無駄である。
今の俺は、そんな感情よりも大事なものをたくさん得てきたのだから。
ノワールは言葉を失ってうなだれたまま、今度こそ黄金牙の騎士達に連れて行かれた。
彼らの姿が要塞の中に消えたところで、ガーネットがふんと鼻を鳴らした。
「あいつ、お前に責められたかったんだろうな。罰を受けた気分になれば罪悪感が減って楽になるってわけだ。今のは割といい対応だったんじゃねぇか?」
「別にそんなつもりじゃなかったんだけどな……」
ともかく、聞き出したかったことは全て聞き終えた。
騎士団同士で話し合った結果なら、俺には口を挟む権利も必要も全くない。
寄り道は済んだ。早く本来の目的を果たしてしまおう。
そう思って歩き出した矢先、作業着姿の技師らしき男が、要塞の方から大急ぎで駆けつけてきた。
「ルークさん! ちょうどよかった! 手を貸してください!」
「……用事を済ませてからじゃ駄目ですか?」
「すぐに済む用事でしたらいくらでも! 実はですね! あなたが勇者と戦った遺跡の秘密が、ようやく分かるかもしれないんです!」