第43話 休業冒険者の過去語り
――黒剣山のトラヴィス。
冒険者ランクは事実上の最高位のAランク。
本人がパーティメンバーに説明していたとおり、俺とほぼ同時期にギルドに加入した冒険者だ。
勇猛果敢で意気軒昂。
小説本に出てくる好漢をそのまま形にしたような男である。
俺とあいつが知り合ったのは、お互い登録したての駆け出しFランクだった頃だ。
Eランク昇格までの簡単な依頼を幾つか一緒にこなし、昇格後はとある冒険者のパーティに見習いとして同時に加入した。
俺が早々に伸び悩んだ一方で、トラヴィスは瞬く間に頭角を現した。
目を見張る早さで順調にランクアップを重ね、ほんの一年足らずで独立したパーティを率いることになったのだ。
「俺もそのパーティに引き抜かれたんだが、二年くらいで脱退したんだ。つまりトラヴィスとは最初の三年間を一緒に冒険した間柄ってことだな」
「何でパーティを抜けたんだ? 聞いた限りじゃ相当優秀なリーダーみたいじゃねぇか」
「優秀過ぎたからだよ。あいつは手強いダンジョンに次々と挑んでいこうとしたけど、俺は【修復】しか使えなかったから、まるでついて行けなかったんだ」
――トラヴィスは俺なんかと違って、冒険者を守護する神様に愛されていた。
にも拘わらず、あいつはダンジョンアタックの難易度に苦しむ俺を見かねて、挑戦するダンジョンのランクを下げようと考え始めたのだ。
そんなこと見過ごせるわけがなかった。
冒険者として間違いなく大成できる奴の足を引っ張る?
冗談じゃない。論外だ。とてもじゃないが耐えられない。
輝かしい冒険譚に憧れて冒険者になったというのに、新たなそれを実現できる奴の可能性を潰してしまうなんて、自己嫌悪で死にたくなるに決まっている。
「だから俺はパーティを抜けた。能無しなりの精一杯のプライドって奴だ」
「……お前さ。ほんっと損な性格してやがるよな」
「トラヴィスにも同じことを言われたよ」
隣の部屋からバシャバシャとお湯を蹴る音がする。
ガーネットが言いたいことを我慢して気を紛らわせているのだろう。
「一応、脱退後もトラヴィスとは【修復】の依頼なんかで繋がりはあってだな……もう一度パーティを組んだのは、それから二年後……今から十年前だ。ダスティンと初めて会ったのもこのときだった」
「そう! あのダスティンとかいう奴、どっかで名前を聞いたことがあるんだ! もうちょっとで思い出せそうなんだが……」
「聞いてるうちに思い出すだろ。続けるぞ」
――二槍使いのダスティン。
現在の冒険者ランクはトラヴィスと同じくAランク。
初対面の時点ではまだ俺と同じEランクで、トラヴィスは既にBランクにまで到達していた。
十年前、冒険者ギルドは当時新発見の未探索ダンジョンを調査するため、複数のパーティによる同時探索を実行させた。
俺とダスティン、トラヴィスはそれぞれ違うパーティに所属して参加していたが、探索中のトラブルで幾つかのパーティが崩壊し、トラヴィスのパーティに吸収されることになった。
こうして、俺とダスティンは偶然にもトラヴィスの指揮下に入ることになったのだ。
「あの頃のダスティンは、多少は皮肉屋なところがあったけど、それなりに明るくて社交的な奴だったな」
「明るくて社交的ぃ? あの墓場から化けて出たみてぇな奴が?」
「今はな。変わり果てるだけの理由があったんだ」
――当時、ダスティンはまだ二槍使いではなかった。
パートナーと二人一組で行動するスタイルで、それぞれ一本ずつの魔槍を携え、討伐依頼を中心に請け負っていたと聞いている。
冒険者になる前から、二人して傭兵じみた仕事で稼いでいたらしく、ランクの割に高い戦闘能力を持つタイプの冒険者だった。
「そのパートナーが、ダンジョンに潜んでいた魔族に殺された」
「…………」
「最期を見届けたのは俺だったよ。急いで駆けつけたときにはもう遅かった。あのときほど自分の無力を恨んだことはなかったな」
ドラゴンに重傷を負わされたサクラとガーネットを治したときも、あの瞬間の光景が嫌というほど頭に浮かんできた。
眼前の人間からみるみるうちに体温が消え失せていく様は、何度経験しても嫌なものだ。
「ダスティンは怒り狂って、魔族の親玉……ダンジョンを支配していた魔王を二本の魔槍で討ち取った。それ以降、あいつは魔王と名乗る魔族ばかりを狙うようになったんだ」
「……思い出したぜ。そいつ、もう一つ別の異名があるんだろ」
ガーネットが窓の外に身を乗り出す音と気配がした。
「魔王狩りのダスティン。十年間で三体の魔王を仕留めた冒険者。王宮認定の勇者共を除いて最大の討伐数を誇る男。違うか?」
「個人的に、そっちの異名はあまり好きじゃないんだけどな……」
――その後も俺は、様々な成り行きでダスティンと共に行動する機会があった。
三人一緒にということは二度となかったが、トラヴィスもトラヴィスで何度かダスティンをパーティに加えたらしい。
当然、それらの全ては『魔王がいると分かっているか、いるかもしれないダンジョン』に関係するものだった。
最初こそ、ダスティンは怒りと哀しみを原動力に戦っていたが、年月を重ねるごとに熱意と感情が希薄になっていった。
まるで、魔王を殺すための装置に成り果ててしまったかのように。
「俺が話せることはこれくらいだ。何か質問はあるか?」
「いや……いい。充分だ。手間掛けさせたな」
ダスティンの過去を語ったのを境に、ガーネットの態度が露骨に軟化していた。
詳しい事情は知らないが、ガーネットはミスリルを不法に取り扱う者達に憎悪を抱いているらしい。
そのせいか、やはり『魔王を名乗る存在そのもの』に対する復讐というダスティンの生き方に、何かしら思うところがあったのだろう。
「んじゃ、そろそろ帰るとすっか。体も充分温まったしな」
「ああ、気をつけてな。俺はもう少しゆっくりしていくよ」
「何言ってんだ? 鍵はお前しか持ってないだろ。先に帰れっていうなら鍵よこせよ」
「はっ?」
「んっ?」
明らかに認識の齟齬がある気がする。
嫌な予感をひしひしと感じながら、念のために根本的な確認の質問を投げかけてみることにした。
「……なぁ、ガーネット。お前さ、どこで寝泊まりする予定でグリーンホロウに残ったんだ?」
「そりゃ当然、お前の家に決まってるじゃねぇか。あれくらいの大きさなら、空いてる寝室の一つや二つはあるんだろ?」
まさしく予感的中だ。
フェリックスが言っていた、ガーネットを護衛として『置いて』やってくれというのは、この町にという意味ではなく俺の家にという意味だったのだ。
原因は完全に俺の誤解である。
事前にきちんと確認しておくべきだった。
「いやいやいやいや……それは流石にまずいだろ。馬鹿なこと言うんじゃないっての」
「馬鹿なこと言ってんのはお前だろ」
常識的なことを言ったつもりだったが、ガーネットからは呆れ返った反応を返されてしまった。
「暗殺にせよ誘拐にせよ、お前を狙うなら客がいなくなった夜中一択だぜ? 町外れの一軒家で一人暮らしなんて、犯行がバレる方が難しいんだからな。そこをすぐ近くで護らなくてどうすんだよ」
「ぐっ……」
困ったことに反論の余地が全くない。
ガーネットの性別が女性である点に目を瞑れば、ガーネットが言ったとおりの内容が最善手だ。
むしろそれ以外のやり方が論外レベルの悪手に思えてくるほどである。
「てなわけで。よろしくな、白狼の」
ガーネットの声がどこか弾んでいるように聞こえたのは、俺の勘違いではなかったと思う。