第41話 過去を知る者達
トラヴィスは長身の体を窮屈そうに動かしながら、仲間の冒険者が座っている椅子の隙間をすり抜けてきた。
「聞いたぞ、ルーク! 冒険者から武器屋に転職したそうだな! 相談もなしだなんて水臭いじゃないか!」
太い腕で肩を抱かれて思いっきり揺さぶられる。
大柄で屈強な冒険者というだけならアルフレッド王と同じだが、むしろ獅子に似ているのは陛下の方で、こちらはどちらかというと大型犬のような奴だ。
それも、誰に対しても見境なく遊びをねだるようなタイプの。
「ボス。その人どなたです?」
「俺と同時期に冒険者を始めた友人だ。今はこの町で武器屋をやってるらしいぞ」
「あー! 俺、聞いたことありますよ! ミスリルソードまで売ってる人でしょ!」
トラヴィスの仲間達がわいわいがやがやと騒ぎ出す。
そのうちの一人が空いた椅子を持ってきて、トラヴィスがそれに俺を座らせようとする。
どうやら自分達と一緒に晩飯を食えと言いたいらしい。
トラヴィスらしい歓迎の仕方だが、今日は先約があるので申し訳ないがお断りだ。
筋肉質な腕から頭を引き離し、乱れた髪を大雑把に直しながら数歩ほど後ろに下がる。
「悪いな、今日は他の奴らと来てるんだ」
「ならそいつらも呼べばいいさ!」
「あー……いや……」
ちょうどそのタイミングで、シルヴィアが俺を呼びにやって来た。
「ルークさん。皆もう席に着いてますよ。二人とも早くお肉が食べたいって騒いでますし、早く来てくださいね」
次の瞬間、トラヴィスが後ろに吹き飛ばされたような勢いで飛び退いた。
ああ、やっぱりこいつは昔と何も変わっていない。
相変わらずの過剰なリアクションに思わず呆れ返ってしまう。
「気にしなくていいぞ。こいつは女が苦手なんだ」
「に、ににに……苦手なものか! ただ扱い方が分からんだけだ! 下手に触れてへし折れたらどうする!」
「そういうのを苦手って言うんだよ。パーティメンバーも相変わらず男ばっかりみたいだし、さては克服する気は全くないな?」
この男、最初に出会った十五年前の時点でこうだった。
下手に触れたら云々という微妙な言い訳も以前と同じだ。
困っている老婆は平気で背負って運ぶあたり、若い女限定の苦手意識なのはバレバレだというのに。
「俺もすぐに行くから、先に好きなの注文しといてくれ。肉でも何でも頼んでおいていいぞ」
「そうですか? 分かりました」
シルヴィアを先にテーブルへ戻らせると、トラヴィスがいそいそと元の場所に戻ってきた。
「ふぅ……ルーク、あの娘と一体どんな関係なんだ……?」
「春の若葉亭の娘さんだよ。仕事絡みで世話になったからお礼に食事でもと思ってさ」
「そういう風に声を掛けたのか……お前、昔から度胸だけは凄まじいものがあるな……」
「誤解を招くような言い方をするんじゃない」
お前のパーティメンバーからの視線に妙な敬意が混ざってきているじゃないか。
絶対、女の子に声を掛けるテクニックの持ち主だとか、そういう解釈が混ざっている視線だ。
「それじゃ、もう行くぞ。町外れでホワイトウルフ商店っていう店を開いてるんで、暇があったら覗いてくれ」
「おっと、そうだ! 肝心なことを忘れるところだった」
トラヴィスが自分の手の平を拳で叩く。
「俺のガントレットにミスリルコーティングをしてくれ。もちろん武器屋としてのお前への依頼だ」
「……表面だけでいいのか?」
「ああ。魔力を込めやすくしたいだけだからな」
「今はミスリルを切らしてるんだ。次の定休日に取ってくるから、その後で作業に移るってことでいいか?」
「もちろん構わんさ。よろしく頼むぞ」
パーティメンバーが興奮気味におおっと声を上げる。
高ランク冒険者にとってもミスリルは貴重品だ。
自分達のボスがミスリルを用いた武器を入手するとなれば、興奮して騒ぎたくなるのも当然だろう。
宴会だとばかりに酒の追加注文をしようとする男達に背を向け、シルヴィア達と合流しようとした矢先、少しばかり離れたテーブルにいた冒険者がおもむろに席を立った。
呪紋を染め抜かれた布で厳重に封印された槍を二本携えた、帽子まで黒尽くめの細身の男――
「――ダスティン」
「書状は読ませてもらった。つまらんコネクションでも役に立つことはあるものだな」
二槍使いのダスティン。
黒剣山のトラヴィスと同じく、俺が声を掛けた高ランク冒険者の一人。
ダスティンは俺に対してそれ以上の関心を払わず、横を通り過ぎて立ち去ろうとした。
しかし、その眼前にトラヴィスが立ちはだかる。
「随分といい趣味なご挨拶だったな、ダスティン」
「……すまないが、そこを退いてもらえないか。脳髄まで筋肉でできたような輩と話しているほど暇じゃないんだ」
怒って立ち上がろうとする仲間達を、トラヴィスは冷静な態度で制した。
ダスティンの言葉には悪態が満ちていたが、態度そのものからは悪意が感じられない。
むしろ幽霊を見ているように感じるくらいの無気力さだ。
声にも振る舞いにも覇気がなく、目を離した隙に蒸発して消えてしまうんじゃないかとすら思わされる。
トラヴィスもそれを感じ取り、悪態をそのまま受け取らず冷静に対応しているようだ。
「俺もルークも昔から変わっちゃいないが、お前は変わったな。まるで別人じゃないか」
「変わりもするさ。今の俺は無様な死にぞこないだ」
そしてダスティンはトラヴィスを押しのけて立ち去ろうとし、不意に足を止めて俺の方に振り返った。
「嬉しいよ、ルーク。ようやく俺の忠告を聞き入れてくれたそうじゃないか。冒険者を辞めるべきだ、このままだとお前もいつか必ず命を落とす――前にそう言っただろう?」
「……すっかり忘れてた。今思い出したよ」
皮肉っぽく返してみたが、やはりダスティンの反応は薄かった。
今度こそ立ち去っていくダスティンを、俺もトラヴィスも止めようとは思わなかった。
「なぁ、ルーク。成り行きとはいえ何度かパーティを組んだことのある奴が、ああも変わり果てた姿を見るっていうのは……流石に気分がいいもんじゃないな」
「同感だな。でも、そういうのは俺達の問題だ。他の連中には気を遣わせないようにしないと」
「難しいことを気楽に言ってくれるもんだ」
「気楽には言ってないさ」
改めてトラヴィスに別れを告げ、しっかり呼吸を整えてからシルヴィア達が待つテーブルへと向かう。
過去は過去、今は今。
皆に余計な心配を掛けるわけにはいかないだろう――