第40話 人手不足はいつの時代も困りモノ
ホワイトウルフ商店の通常営業を再開したその日、来店者数が過去最大を記録することとなった。
こんなに大勢の客が来たのは、大型のドラゴンがワイバーンの群れを引き連れて現れたとき以来である。
客が増えた原因は分かりきっている。ホロウボトム要塞が完成したからだ。
グリーンホロウ・タウンに隣接する開放型ダンジョン『日時計の森』。
その最下層には秘匿された洞窟が存在する。
洞窟の先には『魔王城領域』と名付けられた広大な地下空間が広がり、ダークエルフの魔王ガンダルフが居城を構えている。
そして、洞窟を挟んで『日時計の森』と『魔王城領域』にまたがる形で建設された、対魔王軍戦争を見据えた軍事拠点――それがホロウボトム要塞だ。
ホロウボトム要塞は、王宮が派遣した黄金牙騎士団の部隊だけではなく、『魔王城領域』の探索のために集った高ランク冒険者達も拠点として用いている。
――自衛のための武器を求めるグリーンホロウの住民。
――『日時計の森』での薬草収集や、高ランク冒険者の下働きで日銭を稼ぐ低ランク冒険者。
――『魔王城領域』の探索や魔物討伐のためにやって来た高ランク冒険者。
――魔王軍と戦うための準備を進める黄金牙騎士団。
彼らは皆、自分達の目的に見合った装備を欲しがっている。
そしてこれらの需要が、グリーンホロウ・タウンで唯一の武器専門店である俺の店に押し寄せて来ているのだ。
「一、二、三……やっぱり一つ足りてないな。ガーネット! 革の
「あいよ!」
ガーネットは腕まくりをして店の奥に引っ込むと、すぐに袋詰めされた商品を抱えて戻ってきた。
俺の護衛という名目で銀翼騎士団から派遣された立場であり、ホワイトウルフ商店の従業員というのは偽装なのだが、そんなことはお構いなしによく働いてくれている。
見た目や服装が少年的なのと、言動がいちいち勇ましいせいか、今のところ彼女の本当の性別に気付いている客は一人もいないようだ。
「それと、サクラ。こいつをホロウボトム要塞に届けてきてくれ。この前の発注の見積書だ」
「承りました。すぐに届けてまいります」
サクラは【縮地】スキルを発動させ、一瞬のうちに店の外へと移動していった。
冒険者としての仕事もあるはずなのに、こうして俺の店を手伝ってくれているのは、本当にありがたい限りだ。
グリーンホロウ・タウンで唯一の東方人ということもあり、サクラは他の冒険者からいつも注目を集めている。
剣の腕も高く評価され、様々な冒険者から協力を求められているという。
「ルークさん、差し入れ持ってきましたよ」
裏口の方からシルヴィアが入ってきて、軽食の収められたバスケットをカウンターに置いた。
「悪いな、シルヴィア。宿の方も忙しいのに手伝ってもらったりして」
「大丈夫ですよ。片手でも食べやすいようにしたつもりですけど……あれ、サクラは出かけちゃったんですか?」
「書類を届けに行ってもらってるんだ。ちょっと頼んだタイミングが悪かったかな」
シルヴィアの家である春の若葉亭も、グリーンホロウを訪れる冒険者の増加で多忙になった店の一つだ。
この町で最大の宿屋であり、食堂は宿泊客以外でも利用できるようになっているので、食事時にはかなり多忙になってしまう。
「やっぱり、もう一人くらいは雇った方がいいか……」
「だな。オレとお前だけだったら、どう考えてもさばき切れねぇぞ」
ガーネットは具材入りのパンを一つ口に放り込むと、さっさと仕事に戻っていった。
「私、ハーブティー淹れてきますね。サクラが『日時計の森』から持って帰ってきてくれたハーブが、ちょうど仕上がったばかりなんです」
シルヴィアはパタパタとキッチンの方に引っ込んでいった。
俺も気を取り直して、次から次にカウンターへやって来る客への対応に集中することにする。
従業員を追加でもう一人雇うとして、どこで募集を掛けた方がいいのだろうか。
「(真っ先に思い浮かぶのは冒険者への依頼だけど……経験から言って、この手の依頼はあまり好まれないんだよなぁ)」
ホロウボトム要塞の建築作業のように、数日程度のごく短期間だけ増員するというなら、冒険者を雇うというのはいい手段だ。
冒険者側としても、臨時収入が欲しいときにはすぐにでも食いつきたくなる依頼である。
しかし、長期間かつ定期的に働いてもらうとなると、一気に人気がなくなってしまう。
何故なら、冒険者にとってはダンジョンアタックこそが本業であり、それ以外の依頼は資金稼ぎに過ぎないからだ。
店舗で働くことに時間を吸われ、本命に費やせる時間が減ってしまったら元も子もない。
「(グリーンホロウか隣町の一般人を雇う……ってのも競争率高そうだな)」
要塞の完成に伴う冒険者の急激な増加は、グリーンホロウ・タウンと周辺の町に好景気をもたらした。
様々な分野が事業拡大を試み、自然な成り行きとして人手不足の問題も発生するようになった。
町のあちらこちらに従業員を求める張り紙が貼られ、このホワイトウルフ商店のようにキャパシティを越えた客に四苦八苦しているところも珍しくなくなった。
いわゆる嬉しい悲鳴という奴なのだろうが、それでも悲鳴は悲鳴だ。
「(とりあえず、ギルドハウスに相談してみるか。あそこは酒場も兼業してるから、冒険者と一般人の両方に顔が利くからな)」
――やがて時刻は夕方を過ぎ、閉店の時間を迎えた。
まだまだ粘ろうとする少数の客をサクラとガーネットが退店させ、ようやく店に静けさが戻ってくる。
「ふぅ……『のんびりできる悠々自適な仕事がいい』って思って始めた店だけど、これじゃ正反対だな」
「いいじゃねぇか。閑古鳥が鳴くよりずっとマシだろ?」
ガーネットの言う通りではあるのだが、さすがにこの調子が続くと体が持ちそうにない。
従業員を更に増やすことを内心で確定させながら、今日一日頑張ってくれた三人に声を掛ける。
「もうこんな時間だし、ギルドハウスで夕飯にしようか。もちろん俺の奢りだぞ」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「そう言えば、マリーダ殿から上等な肉を仕入れたと聞きましたよ」
「よし、肉だ肉! 奢りなら遠慮なく食えるな!」
ガーネットの場合、本当に一切の遠慮なく食べまくりそうな気しかしなかった。
遠慮しろと言うつもりはない。
むしろどれくらい食べるのか純粋に好奇心が湧いてきた。
四人で連れ立って店を後にして、以前よりもずっと賑やかになったグリーンホロウのメインストリートを通り、ギルドハウスへと足を運ぶ。
「いらっしゃーい! あっ、シルヴィアにルークさん。今日は何のご用事かな?」
看板娘のマリーダが相変わらずの大人びた笑顔を振りまいている。
シルヴィアと同い年であるという事実が、たまに信じられなくなる雰囲気の子だ。
「今日は皆で夕飯にしようと思ってさ。それと、後で相談があるんだけど……」
席に案内されながらマリーダと会話を交わしていると、酒場の中央付近からよく通る声が投げかけられた。
「おお! ルークじゃないか! 久しぶりだな!」
声の方に目をやると、大勢の冒険者を従えた男がこちらに手を振っている。
獅子のような、という比喩がよく似合う肉体を持つ、屈強な男。
俺はあいつのことをよく知っている。
「トラヴィスか? 何だお前、全然変わってないな」
黒剣山のトラヴィス。
大型ドラゴンの出現でグリーンホロウが不安に揺れたとき、俺が声を掛けた高ランク冒険者の一人だった。