「私の次女はいわゆるASD、アスペルガーです。特に今は思春期だから大変です。学校に行けないんです。いじめられているわけではない。でも学校や社会のいろんなことがつらくて動けなくなる。私は最初、次女を学校に行かせようとものすごく努力しました。結果として次女は過剰適応してしまってさらに悪化して、たくさんの精神科に行って、いろいろ治療を試みたけれど全然効かない。でも最終的に効果があったのは、対話することでした。オープンダイアローグ。精神科領域において一部の医者がやり始めています。簡単に言えば、医師と患者のような関係ではなく対等になって対話する。これで次女はものすごく改善しました。私が担当しているクライアントさんなんかを見ていると、それまで対話ができる相手に出会えてないんです。植松もそうだったんじゃないだろうかと思っています」
「死刑については」
「被害者からすると死刑にしたいと思うことは当然です。でも私は自分の子供とか担当している子供たちが、悪意がないままに事件を起こすかもしれない子供たちなので、死刑ではなく彼らを治療していく方向性を真剣に模索しないと、事件は今後もなくならないと思っています。彼らの命は不要であるという思想を、死刑によって社会と国家が実践しているわけで、ならば人を殺すことを肯定していることになる。
私自身も性暴力被害者ですが、加害者に対して殺したいとは思っていません。ただ、なぜ自分がそうしてしまったかを考えてほしいとは思っています。また事件を起こすかもしれないから殺してしまえという思考ではなく、なぜこれほどに凄惨な事件を起こしてしまったのか、それをもっと分析して、できれば治療をして、彼らが罪を犯さないような生活ができるような社会に変えていかなきゃいけないと思っています」
「治療に限界はないですか」と僕は訊いた。「例えば麻原のように重度の拘禁反応であるならば、その環境を変えるだけでも相当に改善される可能性は高いとは聞いていますが、アスペルガーやADHDなど発達障害の場合は、治療は相当に難しいですよね」
「確かに治療は難しい。発達障害の場合は薬も含めて認知行動療法とかは開発されていますが、植松のように認知が歪んでしまっている場合は、薬や認知行動療法の効果が薄いことは事実です。でも最近は、認知機能を是正して鍛えるためのトレーニングを実践する医師が増えてきて、これをプログラムにとりいれた少年院や刑務所もあるようです。
いずれにしても今の学校制度や教育システムが、彼らを歪めたり追いつめたりしている大きな要因なので、そこを抜本的に変えなければいけないということと、もうすでに傷つけられたり認知が歪んでしまって破壊的行動をやってしまう人たちに対しても、改善をするための療育とか治療につながる活動は可能だし、必要だと思っています。森さんは『プリズン・サークル』はご覧になっていますか。私はまだ観ていないのですが、おそらく今お話ししたことと近いのでは、と思っています」
「まさしく受刑者との対話です」と僕は答えた。この春に公開されたドキュメンタリー映画『プリズン・サークル(坂上香監督)』は、「島根あさひ社会復帰促進センター」に収監された複数の受刑者を被写体にしている。
官民協働で運営されるこの刑務所は、カウンセラーや受刑者同士の対話を重ねることで罪と向き合って更生を促すプログラム「Therapeutic Community(回復共同体)」を、日本で初めて導入している。このプログラムによって受刑者たちが、自らの加害と被害者の存在にあらためて気づいて涙を流すまでに至る過程は、とてもドラマティックで感動的だ。
「何らかの学び直しが必要な人たち。でも変わるんです。本当に。びっくりするくらい。事件を起こしたから殺してしまえではなく、セキュリティ関連ばかりにお金を使うのではなく、学びの機会を失った人にもっともっと投資することが必要なんだと思います」