「心失者には生きる意味がない」この解釈の錯誤は事件をミスリードする

相模原障害者殺傷事件が僕たちに突きつけたもの【第8回】
森 達也 プロフィール
障害者への偏見を膨らませ凶行に走った容疑者に対し、横浜地検は完全責任能力を認める判断をした。5カ月もの期間を費やした精神鑑定は植松被告に人格障害が認められるとしたが、判例上は刑事責任能力があると解され、地検もその影響を限定的と評価したもようだ。
殺人罪などで起訴された植松被告に出された診断は「自己愛性パーソナリティー障害」だった。自身を特別な存在だと思い込み他者の気持ちには無頓着なため、周囲との摩擦が起こりやすくなるとされる。(神奈川新聞2017年2月25日)

妄想を現実と思い込んでしまう

「大島衆院議長宛てに書いた手紙で植松は、犯行の理由を「世界経済の活性化、本格的な第三次世界大戦を未然に防ぐ」ためと書いています。そのすぐあとに「私はUFOを見たことがあります」とか。この手紙を読んで僕は、「イカレテイル」以外の語彙を思いつけないけれど、文中には「心神喪失で無罪」などのフレーズもあるから、善悪の判断はついていると判決は結論づける。こうした裁判所の解釈について、郡司さんはどう思いますか」

「自分の思い込んだ妄想を現実と思い込んでしまう。これは軽い発達障害の人によくある状況です。私の上の子や兄もそうです」

「日本国と全人類の為にお力添え頂けないでしょうか、と訴えています。犯行後の拘束は最長で二年でその後は釈放してくれとか、さらにその後の生活のために5億円を支援してほしいとも書いています」

「権力者の持つ力によって自分は救われると思い込んでいる。本気なんです。その意味を裁判官はまったく理解できていない。正義だと思ってやっています。おそらく今も、それは変わっていない。判決を受けるときに、反省するような言葉を述べてから小指を噛み切った理由は、自分では思ってない反省を口にした自分への罰なのかしら、と考えました。罰を受ける能力については、私もすごく疑問です。

死刑の時期が近づいてくると精神的に病んでいく死刑囚が多い。森さんも『A3』で書かれていますね」

 

「拘禁反応です。日本の死刑囚は確定したら、家族以外は誰にも会えなくなる。会えないだけでなく手紙の交換もできない。死刑囚の多くは家族がいないか、いても疎遠な人が多いから、結局は誰とも言葉を交わさない日々を送る。3畳ほどの個室が世界です。そこでずっと死の恐怖に脅え続ける。ならばそもそも不安定な状態なのに、もっと悪化することは当然です」

「だから彼も今後、さらに妄想の中に入り込んでいくのでは、と思います」

そこまで言ってから、言葉を探すように郡司はしばらく沈黙した。