〔PHOTO〕iStock

「心失者には生きる意味がない」この解釈の錯誤は事件をミスリードする

相模原障害者殺傷事件が僕たちに突きつけたもの【第8回】
映画監督・作家の森達也氏が3月19日、死刑判決直後の植松聖と面会した。2016年、入所中の知的障害者19人が殺害されたあの事件の深層とは何か?

第1回はこちら:相模原障害者殺傷事件とは何だったのか?「普通の人」植松聖との会話

植松の精神鑑定をどう見るか

「植松の精神鑑定について、発達障害をよく知る見地から郡司(真子)さんは、どのように評価しますか」

僕のこの質問に郡司は数秒だけ考えてから、「ASDスペクトラムや知的障害スペクトラムなど発達障害についての知識がある精神科医は、現状としてはとても少数派です」と答えた。「発達障害を専門にしている児童精神科医じゃないと、そこまでの知見や考えかたを持たないんです。精神科医が発達障害について関心を持ち始めたのはここ10年ぐらいです。いわゆる引きこもりになっている人たちの多くは、発達障害や知的障害スペクトラムの場合が多いと思います。でもその観点で見ないで、双極性障害であるとか単なるうつとして薬を処方するので、逆に悪くなってしまうケースがすごく多い。同じように法廷で鑑定を依頼された精神科医が、どれぐらい発達障害や知的障害スペクトラムの知識があるかについて、私はとても疑問です」

補足するが、彼らがすべて犯罪予備軍であるとは郡司は言っていない。王様は裸だと言った子供だけではなく、正義感が強くて孤児院育ちで時おり突拍子もない行動をしてしまうアン・シャーリーや、日常におけるルールや礼儀作法にどうしても馴染めないハックルベリー・フィンは、発達障害だった可能性がある。イチローとスティーブ・ジョブスはアスペルガーで、黒柳徹子や勝間和代はADHDであることをカミングアウトしているし、米津玄師も高機能自閉症と診断されたことを自身が明かしている。トム・クルーズは学習障害でウィル・スミスはADHD。エジソンやベートーヴェン、モーツァルトにダ・ヴィンチなども、その可能性を指摘されている。スペクトラムの意味はグラデーション。僕もあなたも、誰だってその濃淡の領域にいる。

〔PHOTO〕iStock
 

「ようやく関心を持たれ始めたけれど、IQ85から100ぐらいまでの子供たちに対する教育のリソースは今もとても少ない。教師たちも知識がないし、認知の歪みを是正することについて意識的な医師も少ない。

だから、今まで植松みたいなタイプの子供たちは、学校や社会で、なぜこれが理解できないのかとか、なぜ他の人と同じようにできないのかとか、怒られたりバカにされたり、とてもつらい思いをしていたはずなんです。結局は自己責任。努力しないから自分は駄目なんだって思い込まされている」

「そうした障害を重度に持つ人たちについては、責任能力や訴訟能力だけではなく、処罰能力についても考えなければいけないと思っています。つまり罰を受ける、あるいは罰を与える意味があるのかどうか。無期懲役で万歳三唱した小島一朗とか、死刑になるために行きずりの人を殺したと主張する土浦連続殺傷事件の金川真大とか、彼らに望みどおりの刑を執行することの意味について、本当はもっと考えなければいけないはずです」

言いながら考える。小島の精神鑑定の結果は猜疑性パーソナリティ障害だった。金川は(植松と同じ)自己愛性パーソナリティ障害。二つとも要するに人格障害だ。性格の歪み。傲慢で極度の権力志向。自分が大好き。平気で嘘をつく。他人の命への尊厳はない。狡猾。人間として大切なことが欠けている。だから責任能力に影響はしない。思い起こしてほしい。最近の大きな事件の加害者のほとんどは、ほぼこの人格障害のパターンに押し込められている。もちろん植松も。それもきわめて早い段階で。