第39話 ホワイトウルフ商店、本日営業中
地下遺跡での予想外の戦闘から数日。
ホロウボトム要塞の建設は順調に進行し、俺がやらなければならない作業も全て片付いた。
魔王も改造された勇者が退けられたことで慎重になったのか、あれから一度も攻撃を受けることはなかった。
――そして今日、遂にホワイトウルフ商店の通常営業を再開する日がやってきた。
「開店準備は一通り済んだけど……やっぱりここも綺麗にしておかないとな」
店先に散らばった大量の木の葉や小枝を見渡して、小さく息を吐く。
グリーンホロウ・タウンは豊かな緑に囲まれた山間の町。
どこを見渡しても木々が生い茂っているので、油断すればあっという間にこうなってしまう。
これまでは要塞建設のために営業時間を短縮せざるを得ず、店先の掃除にも手が回らなかったが、今日からはきちんとやっておかなければ。
「よし! 開店時間までに片付けるか」
気合を入れ直して店先の掃除を開始する。
しばらく箒を動かし続け、落ち葉や枯れ枝を一通り片付け終えたところで、しばらく顔を見ていなかった二人が店にやってきた。
「お久しぶりです、ルーク殿」
「黄金牙の連中から聞いたぜ。面倒な奴に絡まれて死にかけたらしいじゃねぇか」
銀翼騎士団の騎士達――フェリックスとガーネットだ。
二人とも鎧姿ではなく私服姿で、フェリックスは都会的で清潔感のある洒落た格好をしている。
そしてガーネットは、活動的かつ少年的な垢抜けた服装に身を包んでいた。
ガーネットの事情を知らなければ、少女と見紛う美少年とでも解釈されそうな外見である。
「要塞建設に多大な貢献をなされたことは、私も伺っています。大変なお仕事を引き受けて頂き、本当にありがとうございました」
「こちらこそ、おかげでようやく気楽に商売ができそうです」
「それは何よりです。実は、本日はルーク殿の本業の件でお伝えしたいことがあってお邪魔したのですが……こちらをどうぞ」
フェリックスは厳重に封がされた封書を手渡してきた。
双頭の竜をモチーフとしたエンブレム。
アルフレッド王からの召喚状に施されていた王宮の紋章が、この封書にも記されている。
「ミスリルの採掘および、ミスリル加工品の製造販売の認可状です。詳しい条件は同封されている書類に記載されていますが、簡潔な説明も口頭でさせていただきますね」
フェリックスが語った主な条件は三種類。
採掘は『日時計の森』の隠し階段から『奈落の千年回廊』に入って行う場合のみ許可される――これは『奈落の千年回廊』の閉鎖の例外規定とする。
一ヶ月あたりの採掘量および加工量の上限は、王宮が定めた数量までとする。
加工内容の内訳および購入者の情報を王宮に報告すること――この報告は銀翼騎士団を通して行うものとする。
「大まかな条件は以上です」
「だいたい予想通りですね。もちろん問題ありませんよ」
「ありがとうございます。それともう一つ、銀翼騎士団からお願いしたいことがあるのですが……護衛および連絡員として、ガーネットを置いてやってはいただけませんか」
ミスリル取り扱いの条件には驚かなかったが、この要請には流石に驚いてしまう。
ふとガーネットの方に目をやると、何とも言えない顔で肩を竦められてしまった。
「勇者ファルコンが魔族の手に墜ちた件は、既に我々も伺っています」
「黄金牙の上層部も王宮も大混乱だぜ。なんたって勇者が魔獣のキメラになっちまったんだからな」
「ガーネット。大事な説明の途中ですから静かに」
フェリックスはガーネットを黙らせ、咳払いをして話を仕切り直した。
「我々の任務は勇者未帰還の原因究明であり、本件の調査も職務のうちとなります。当然、唯一の証人たる貴方の安全も確保しなければなりません」
「だからガーネットを護衛に残す……ということですか」
「はい。表向きには騎士の身分を隠し、ホワイトウルフ商店が雇った従業員という形にさせていただけるとありがたいのですが」
正直な話、こちらとしてもありがたい申し出ではある。
ウェストランド王国と魔王ガンダルフの対立が決定的となった今、予想外の危険から身を護る手段は多い方がいい。
それに、騎士団からの武器の発注や冒険者の増加を考えると、店員の一人や二人は雇わないとやっていられないかもしれない。
「大変ありがたいんですが、本当にガーネットで構わないんですか? 他の普通の騎士とかではなく……」
「もちろん構いません。騎士団長の兄弟ということは気にせず、一介の従業員として使ってやってください」
俺が気にしていたのは性別の問題だったのだが、そう言えばフェリックスは本当のことを知らないのだった。
ガーネットもフェリックスの後ろから『余計なことを喋るな』と言わんばかりの視線を向けてきている。
「決まりだな。まぁ、嫌だって言っても無理矢理居座ってやるつもりだったけどな」
「なんて傍迷惑な」
「仕方ねぇだろ。この任務がボツになったら、お偉方相手のクソ退屈な捜査に回されることになってんだ。お前んとこにいる方がずっと快適に決まってるぜ」
「そりゃどうも。力仕事は得意みたいだし、遠慮なく頼りにさせてもらうぞ」
「おう、任せとけ!」
本人が構わないと言っているなら、無理に断ることもないだろう。
フェリックスとの話が一通り終わったタイミングで、町の方からシルヴィアとサクラが歩いてきているのが視界に入った。
「では、私は失礼致します。ガーネットがご迷惑をおかけしたならいつでも仰ってください。すぐに飛んでまいります」
「迷惑なんか掛けねぇっての」
一礼して立ち去っていくフェリックス。
それと入れ替わるようにして、シルヴィアとサクラが店の前にやってくる。
「おはようございます、ルークさん!」
「通常営業の再開ということでお手伝いに参りました。おや、これは珍しい顔が」
「よっ、サクラ」
親しげに言葉を交わすサクラとガーネットの隣で、シルヴィアだけが事情を飲み込めていない顔をしている。
「えっと、どちらさまですか?」
「おや? ……そう言えば、シルヴィアは鎧姿しか見たことがありませんでしたね」
「ガーネットだ。色々あってこの店で働くことになった。よろしくな」
「……ガーネット、って……えええええっ!」
うん、実にいいリアクションだ。
普段は兜のせいで顔が見えず、声も籠もって聞こえるので、目の前の相手が同一人物だと分からなくても当然である。
「もっと怖い顔してるかと思ってました! まさか女の子みたいな人だったなんて……」
「ははは。シルヴィア、武人にそれは失礼と言うものですよ。私も初見は面食らいましたが、こういう顔立ちの殿方も少数ながらいるものです」
どうやらシルヴィアは完全にガーネットの望み通りの勘違いをしているようだ。
サクラの方は……知らない振りをしているのか、それとも本当に誤解しているのか、ちょっと良く分からない。
「とりあえず、話の続きは店の中でしようか。そろそろ開店時間だしな」
「そうだ、ルークさん! いっぱい聞きたいことがあるんです!」
「私も話したいことが山ほど。実はですね、本日付でCランクへの昇格が決まったのです」
「へぇ! この間Dランクになったばっかりだろ? 大したもんだ」
久しぶりの平穏な会話に身を委ねながら、三人を店内に招き入れる。
扉を閉めるその前に、玄関に掛けていた小さな看板を裏返す。
――ホワイトウルフ商店、本日『
俺の新しい日常。かけがえのない場所の一日が、今日も緩やかに幕を開けたのだった。
今回をもって第一章完結です。応援ありがとうございました。
連載はまだまだ続くのでご安心を。