第35話 ホロウボトム要塞建築中
「これはまた……ずいぶんと様変わりしましたね」
『日時計の森』の第五階層に築かれた拠点を見て、サクラは驚きの声を漏らした。
あの会議からしばらくの時間が経ち、ホロウボトム要塞の森側拠点はおおよそ形になりつつあった。
建物の【修復】はほとんど完了しており、今は内装や設備を整える段階にまで来ている。
騎士達が作業の指示を飛ばし、雇われたEランク冒険者達が物資を持って右へ左へ駆け回る。
この調子なら、明日にでも拠点を本格稼働させられるだろう。
「ルーク殿は今日もまたこちらでお仕事ですか?」
「いや、こちら側にはもう俺の仕事は残ってないな。今日からは地下側の拠点の設営だ。ほら、向こうで【修復】用の残骸を運んでるだろ?」
俺が指さした先では、大量の瓦礫が荷車に乗せられて拠点に運び込まれていた。
あれらは『ドラゴンの抜け穴』を通って地下空間側へ運搬され、そこで【修復】されて建物の形を取り戻すことになる。
「なるほど、でしたら私と同じですね。今日の依頼は『魔王城領域』の探索と安全確保のお手伝いなので」
「『魔王城領域』ねぇ……ずっと『地下空間』って呼んでたから違和感あるな」
「いずれ慣れると思いますよ」
サクラと一緒に拠点の門を潜り、大きな屋外階段の前にやってくる。
かつてドラゴンが現れ、ノワールが落っこちてきた『ドラゴンの抜け穴』は、第四階層から第五階層にかけての断崖絶壁に開いた大穴だ。
現在はその大穴までまっすぐ伸びた大階段と、貨物用の昇降装置が設置され、以前のような雰囲気は消し飛んでしまっている。
「はーい、通行証を拝見します!」
階段を登りきった先、大穴に少し足を踏み入れたところで、出入りする人間を対象とした検問が行われていた。
検問担当はさすがに一般の冒険者ではなく、ギルドか騎士団が派遣した事務要員のようだった。
「そういえば、ルーク殿。確かこの大穴には、ダンジョンギミックの扉が仕掛けられていたと記憶しているのですが……見当たりませんね」
「実は色々あってな……」
この大穴の扉にまつわる一悶着を思い出して、俺は思わず苦笑を浮かべた。
「ギルドや王宮から派遣された技師と錬金術師が調べてみた結果、やっぱりあの扉は『奈落の千年回廊』の壁が壊されたことをスイッチとして開閉していたと分かったんだ」
――遠い昔にダンジョンを造った何者かは、地下空間を侵入者から守るために堅牢な迷宮を作り上げた。
更に、迷宮の破壊による強行突破を試みられた場合のカウンターとして、ドラゴンを地上に解き放つ自動報復システムを用意した――
と、いうのが技師達が考えた仮説である。
もちろん仮説は仮説。真実とは限らない。
錬金術師達は『遠い昔の誰か』ではなく魔王ガンダルフその人が造った仕掛けだと考えているし、目的も地下空間を守るためではなくミスリルを採掘させないためだと主張している。
結局、本当のところは不明なままだ。
もし後者の仮説が正解なら、魔王を倒して尋問すれば真相が明らかになるかもしれないが、それもまだまだ先のことだろう。
「仕掛けが作られた理由は分からなくても、仕掛けが発動するスイッチだけは分かっている……となると、次に挑戦するのは開閉を制御することだよな」
「ですね。自由に開閉できなければ、通路として使い物になりません」
「ところが、連中はそこで盛大につまづいた。研究がまるでうまく行かなかったんだ」
徒歩で上り下りしやすいように整備された『ドラゴンの抜け穴』を降りながら、サクラにほんの少し前の出来事を語り続ける。
もちろん情報漏洩になるようなことは話していない。
ちゃんと気をつけたうえで内容を考えている。
「俺がいちいち壁を【分解】して開閉するっていう案まで飛び出してきたけど、もちろん全力で拒否したさ。開閉レバー扱いなんてお断りだ」
「……ああ、もしかして。扉はルーク殿が【分解】してしまったのですね?」
「正解。痺れを切らした国王陛下が、好きに動かせない扉なら壊してしまえと命令したわけだ。残骸は保管してあるからいつでも【修復】できるけど、当面は扉のない洞窟のままだろうな」
防衛面のことを考えるなら、扉はあった方がいい。
しかし元々あった扉はコントロール不能なので、後から普通の手段で新しく扉を造ることになるだろう、と陛下は言っていた。
そんなことを話しているうちに、坂道を降り終えて『ドラゴンの抜け穴』の終点に到着した。
「この先が『魔王城領域』……一体どのような土地なのでしょうか」
「サクラは初めて来たのか。俺はこっち側の巨大な扉を【分解】したとき以来だな。かなり凄い光景だぞ?」
洞窟の外に出ると、地面の底とは思えない光景が一面に広がっていた。
見渡す限りの岩山と荒れ地。
空と見紛う光を放つ岩の天井。
渓谷を流れる湧き水の川。
『ドラゴンの抜け穴』は地下空間の壁際の岩山に繋がっており、渓谷を挟んだ地下空間の反対側は魔族の鉱山として開発されているという。
ただし地下空間があまりにも広すぎるせいで、スキルを使わない肉眼では目視することすらできない。
「何という……こんな場所が地の底にあったのですね……」
「地上と似た空間自体は色々なダンジョンにあるんだが、ここまで規模がでかいのは滅多にないな」
魔王ガンダルフが抜け穴の存在を把握しているか否かは、こちら側の関係者の間でも意見が分かれている。
だが地下空間がこうも広大だと、魔王ですら全体を把握していないという楽観論にも説得力を感じてしまう。
「そういえば、ルーク殿。確かここはドラゴンの生息地だったのでは? 先程から全く気配を感じないのですが」
「ああ、理由の半分はあれだよ」
拠点建設予定地の四隅に設置された、半透明で薄緑の石碑らしきオブジェクト。
「特大の結界石だ。あれくらいの結界石が四つもあったら、ドラゴンだろうとそう簡単には近付けないさ」
「結界石……現物は初めて見ました」
サクラは結界石を囲む柵のギリギリまで近付いて、その表面をまじまじと眺めた。
「魔物除けの石だと聞いていますが、持ち歩いている冒険者にはあまり出会ったことがありませんね。よほどの貴重品なのでしょうか」
「消耗品なうえに、限られた錬金術師しか合成できない代物だからな。それに使い方にも制約があるから、普通はここぞってときにしか使われないんだ」
結界石の使用上の制約。
それは大地を流れる魔力に干渉して結界を張る関係上、地面に安置していないと使えないということだ。
地面と言っても、土に直接触れなければならないわけではなく、土台や迷宮の床の上に置いても使用できる。
しかし、人体など生物の肉体が間にあると、全く効果を発揮しなくなってしまう。
また、無理に動かすと大地の魔力とのリンクが切れ、効果が途切れてしまうこともある。
――つまり、結界石は持ち歩きながらでは使えないのだ。
「なるほど。拠点の防衛やキャンプの安全対策に向いたアイテムなのですね。では、もう半分の理由とは?」
サクラの質問に答えようとした矢先、一体のドラゴンが咆哮を上げながら空を横切った。
その肉体が瞬く間に切り裂かれ、血しぶきを散らしながら渓谷へと落ちていく。
「今、ドラゴンの背中に誰かいたような……」
「あいつが理由の半分だ。ドラゴンスレイヤー、セオドア・ビューフォート。貴族の生まれのくせに、ドラゴンと戦いたいからっていう理由で冒険者になった変わり者さ」
セオドアは俺が声を掛けた高ランク冒険者の一人だ。
俺とあの男はお世辞にも良好とは言えない間柄だったが、ドラゴンと聞けば目の色を変えるだろうと踏んで連絡を取ったところ、他の誰よりも早く飛んできたのだった。
「よし、それじゃ仕事に取り掛かるとするか。こっちの拠点も作ったら、今度こそ武器屋としてのんびり暮らしたいもんだ」
「その割には、先程から楽しげではありませんか。未知なる土地の光景を見て良い刺激でも受けましたか?」
「刺激ね……受けたと言えば受けたかな。初心を思い出した気分だよ」
巡回警備の依頼をこなしに行くサクラに別れを告げ、俺はホロウボトム要塞の地下側拠点の
ここさえ完成させれば、今度こそグリーンホロウ・タウンと『日時計の森』に安全が取り戻されるはずだ。
その後のことは――終わってから考えるとしよう。
これが第一章のクライマックス前の最後の繋ぎ回になると思います。