第33話 プランニング・タイム
「……むぅ、反応が芳しくないな。強制などではないぞ? 勇者ファルコンの件の補償も兼ねて、相場以上の報酬を支払う予定なのだが……」
アルフレッド王は
まるで大熊が小動物を優しく取り扱おうと苦労しているみたいな顔だ。
「しまったな。現金だけ押し付けるよりも、割の良い仕事を斡旋する方が喜ばれると考えたのは、いささか早計だったか」
「いえ……その……大規模過ぎて頭が追いつかないと言いますか……」
現金での補償よりも、有利な条件での仕事の提供を喜ぶ人は確かにいるだろう。
ただ懐が温まるだけではなく、こういう仕事をこなしたという実績も積み上げられるからだ。
例えば武器屋の場合だと、国王に依頼されて武器を納入した実績は、間違いなく今後の仕事を有利にしてくれる。
しかし、アルフレッド王が俺に持ちかけてきた協力要請の内容は、いくら何でもスケールが大きすぎた。
「陛下……私のような冒険者崩れには荷が勝ちすぎます」
「とりあえずだな、現時点での建設計画には目を通してくれんか。ずっと会議を重ねている最中で、まだ本決定ではないのだが」
「……拝見します」
ひとまず、渡された書類の束を読み込んでみることにする。
建造物の配置の草案に配備戦力の候補。
記述されている内容は重要情報ばかりだった。
アルフレッド王は明言していなかったが、間違いなく俺にも守秘義務が課せられることになるだろう。
そして作業スケジュール予定の項目を開いた直後、俺は思わず声を上げてしまった。
「なっ……! 安全確保のために建設中は『日時計の森』を一時閉鎖……予定期間は三ヶ月……? 陛下! こんなプランだとグリーンホロウの住民が暮らしていけません!」
二度目のドラゴン騒動で問題になったとおり、現在のグリーンホロウ・タウンは『日時計の森』関連の収入で支えられている。
それが三ヶ月も止められたら、住人のほとんどは間違いなく生活が破綻してしまう。
基地建設に関わって稼ぐことができる人もいるだろうが、全体からすれば一部に過ぎない。焼け石に水だ。
「やはりそう思うか。俺も懸念してはいるのだが、基地に駐留予定の黄金牙騎士団が『最も確実で安全な計画だ』と強硬に主張しているのだ」
アルフレッド王自身はこのプランを好ましく思っていないらしい。
国王が懸念を示しているにも拘わらず、騎士団が意見を引っ込めない理由は、計画書を読み込めばすぐに分かった。
「(ダンジョンを一時的に閉鎖して不慮の事態に備え、監視を続けながら資材をかき集めて迅速に基地を建設する……町の経済のことを考えないなら、確かにこのプランがベストだ……)」
基地が完成すれば、魔王の配下や野生のドラゴンが出てこようとしても迎撃できる。
それまではダンジョンへの立ち入りを禁じ、万が一の場合に被害が出ないようにしようということらしい。
先週のドラゴン出現を受けて、安全確保のために王宮から戦力が派遣される――先遣隊は既に到着済みだ――ことになっていたが、黄金牙騎士団はそれ以上の対策が必要だと考えたのだろう。
「(多分、
冒険者達は王宮からの応援と高ランク冒険者が来ると聞いて、それならば多少のリスクは受け入れられると判断した。
一方、黄金牙騎士団はより一層の安全性を求めたのだ。
魔物や魔族が奇襲を仕掛けてきた場合、木々が生い茂る『日時計の森』に散らばった人々を全員確実に守り抜くのは、間違いなく難しい。
冒険者はリスクを許容したが、黄金牙騎士団は『守りようがないからそもそも立ち入らせない』と判断した――そう考えれば納得できる。
だが、封鎖解除までの予定期間が長過ぎる。これでは本末転倒だ。
グリーンホロウ・タウンの住人が苦しむのはもちろんのこと、町に残ると決めてくれたEランク冒険者達にも合わせる顔がなくなってしまう。
「白狼の森のルークよ。もしも妙案があるのなら遠慮なく言うがいい。俺としても、この計画のまま推し進めるのは気が進まん。住民に補償金を支払うという手もあるが……ただ金を支払うだけの解決は、長期的に見ると良い結果にはならんものだ」
国王から直接意見を求められる――これはまさしく唯一にして最大の好機だ。
適切な代替案を提示できれば、グリーンホロウ・タウンに負担を強いる計画を覆すことができるかもしれない。
必死に知恵を絞り、頭を働かせ続けた末に、一つの考えが浮かび上がってきた。
「……素人考えですが、やはりこの計画の問題点は時間が掛かりすぎることだと思います。住民のための安全確保なのに、そのせいで住民の生活を破綻させたら何の意味もありません」
恐らく、黄金牙騎士団はグリーンホロウ・タウンの経済事情をよく知らないのだ。
銀翼騎士団の面々もそうだったので、こればかりは致し方がないことかもしれない。
町の住人が会議に参加していれば……というのは非現実的な想像だ。
普通、国王が臨席する御前会議には高い地位を持つ人間しか参加できず、そんな人はグリーンホロウには住んでいないのだから。
「ですが、私の【修復】スキルなら完成までの期間を大幅に短縮できるかもしれません」
「ほほう! 具体的にはどうするのだ?」
「近隣の町や都市にある既存の施設を解体して、その残骸を『日時計の森』に運び込んで【修復】するんです。全体の半分程度の残骸があれば、後はダンジョン内の木や石で補えます」
かつてグリーンホロウから山を降りる途中の橋を直したときもそうだったが、一から造るより【修復】スキルを駆使した方がずっと早い。
建物を解体して残骸を運搬する手間は掛かるが、普通に建築資材を調達し運搬する手間よりは小さいだろうし、建築作業のプロセスを省略できるのは決定的である。
「この計画書には、ダンジョンの閉鎖は前線基地が完成するまでの安全確保だと書かれています。作業期間を大幅に短縮できるなら、わざわざ閉鎖する必要もなくなると思うんです」
「……面白い! 稀有なスキルの所有者本人だからこその発想だな!」
「ただ、問題は私の魔力量ですね。民家一軒分でほぼ全魔力を……」
「心配無用。いくらでも魔力結晶を用意してやるとも。さて、妙案も手に入ったことだし、そろそろ会議を再開するとしようか!」
アルフレッド王は天幕の外で待機していた兵士を呼びつけ、参加者達に招集をかけろと命じた。
そして俺にも臨席するように告げると、さっそく新しい案を参加者達に伝え始めた。
――意外にも、参加者からの反応はなかなかの好感触だった。
ある役人は補償金を支払わなくていい点を評価した。
ある貴族は老朽化した施設を有効活用できることを喜んだ。
ある大臣は魔王城に繋がる道を長く放置せずに済む利点を強調した。
理由は様々だったが、一人また一人と賛意を示し、遂には黄金牙騎士団の代表者を除く全員が賛同するに至った。
「ギルバートよ。貴様はどう評価する?」
「…………」
黄金牙騎士団の代表者は、おもむろに椅子から立ち上がると、目立つ位置に張り出されていた大きな図面の前まで移動した。
「素晴らしい案だとは思いますが、二つほどこちらの希望を受け入れて頂きたい。一つは、基地の主要施設として、現在解体中の黄金牙騎士団クレインフォート支部の残骸を流用すること。もう一つは……」
騎士団の代表者はおもむろにペンを取ると、図面に新たな建物を書き加えた。
「『ドラゴンの抜け穴』の向こう側――魔王城が存在する地下空間にも前線基地を設営することです。『日時計の森』側の施設を備蓄と後方支援に利用し、地下空間側を戦争のために特化させます」
「なるほど。貴様が最初に主張していた形式だな」
「はい。大掛かりすぎるとして却下されましたが、彼の協力を得られるならば問題はないでしょう」
ギルバートとかいう名前の代表者が俺の方に視線を向ける。
さっきから眉一つ動かさない無表情な男だ。
フェリックスやガーネットとはまた違うタイプの騎士……あるいはこちらの方が標準的な騎士なのだろうか。
「いいだろう。他の者も異存はないな?」
アルフレッド王は天幕の中を見渡して、にいっと豪快な笑みを浮かべた。
「白狼の森のルークよ。基地建設が成功した暁には、報酬に加えてミスリル取り扱いの正式な認可を与えよう。期待しているぞ」