第31話 謁見三日前
国王との謁見までの準備期間である一週間。
その間、俺にできることはほとんどない。
可能な限り問題を起こさないように気をつけながら、普段通りの生活を送る――ただそれだけだ。
もちろん完全に今までどおりとはいかない。
ミスリルを用いた剣は店先から一旦撤去することになり、銀翼騎士団の三人が監視の名目で代わる代わるやってくるようになった。
まぁ、俺としては特に不便でもなく、普通に過ごすのと何一つ変わらないので、さしたる問題はないのだが。
「さてと……片付けも済んだし、例の奴でも作るとするか……ん?」
今日の営業を終えて店舗の後片付けを済ませたところで、何やら店の裏から金属を激しくぶつけ合う音が聞こえてきた。
不思議に思って裏口から外に出てみる。
原因はすぐに分かった。
サクラとガーネットが、俺の店の裏で刀と剣を振るって切り結んでいるのだ。
無論、本気で戦っているわけではないのは明白だった。
「あ、ルークさん。お仕事お疲れ様です」
裏口の近くにしゃがみこんでいたシルヴィアが、俺を見上げながら微笑みかけてきた。
「何やってるんだ、こいつら」
「ガーネットさんが『退屈すぎて体が
「なるほど」
情景が目に浮かぶようだ。
そのときの会話まで聞こえてくる気がする。
鍛錬にしてはかなり本格的だが、二人とも楽しそうにしているので、別に止める必要もないだろう。
あの調子だと武器もあっという間に傷みそうだが、もしものときは【修復】してやればいいだけだ。
「とりあえず、俺は俺でやることをやってしまうか」
「やることですか? あ、ひょっとして貴族様からの依頼っていう?」
「仕事中に新しい作製方法を思いついたんだ。忘れないうちに試作品を作っておかないとな」
フェリックスから紹介された、好事家の貴族の依頼。
俺はそれを受けることにしていた。
「台座から剣が抜けなければいいんだから、台座の石材と剣の鉄材を完全にくっつけてしまうのが一番手っ取り早いわけだ。問題はどうやって実現するかなんだが……」
店から持ってきたナイフを片手に持ち、その辺に転がっていた大きめの石をもう片方の手で拾い上げる。
「ナイフと石の【合成】が問題なくできることは確認済み。後はそいつを応用して、二つを切り離さないようにできれば……」
石の表面にナイフの先端を突き立て、【合成】するときと同じように【修復】スキルの魔力を込めながら、少しずつ刃を押し込んでいく。
すると、切っ先がまるで粘土にめり込んでいくかのように、石の中へ飲み込まれていった。
「ええっ!? こ、これ、どうなってるんですか?」
「【修復】や【合成】の応用だな。ナイフと石が重なってる部分は、普通に【合成】したときと同じ状態になってるはずだ。さしずめ【融合】ってところか」
俺も詳細な原理までは分からない。
大まかな理屈は思い浮かぶが、それをシルヴィアにちゃんと説明できる自信はなかった。
要するに【修復】や【合成】を中途半端なところで止めてしまったようなものだ、と言ってイメージ通りに伝わるだろうか。
ナイフと石が局所的に融合――あるいは癒着し、一つになることで抜けなくなっている……はずだ。
「実際に試してみたのは初めてだけど、案外上手くいくもんだ。他の使い道は手品くらいしか思い浮かばないけど」
ちょうどそのタイミングで、サクラとガーネットが鍛錬の手を止めて小休止を取り始めた。
「ガーネット。こいつを抜けるかちょっと試してみてくれ」
「ん? うげっ、何だこれ。気持ちわりぃ」
「いいからいいから。力尽くで引っこ抜けないか?」
意味分かんねぇよと呟きながらも、ガーネットはナイフと石を掴んで思いっきり引っ張った。
「んぐぐっ! こんにゃろ……!」
「おお、成功だな」
「これで……どうだっ!」
ガーネットがムキになって力を込めた瞬間、ナイフの刀身が甲高い音を立てて折れてしまった。
「抜け……! ……てねぇや。折れちまった」
「テコの原理が繋ぎ目の部分に作用したみたいだな。まぁ、依頼主のオーダーは『抜けない剣』だから、刀身を折って外すパターンは考えなくても大丈夫だろ」
さすがにそれを完全に防ぐのは不可能だ。
フェリックスから話を聞く限りだと、依頼主の貴族は剣を折って外すだとか、台座を砕いてどうにかするだとか、そういう機知に富んだ対応を面白がるタイプのようだ。
それならまぁ、ひとまずこの仕様で納入してしまっても構わないだろう。
「つーか、白狼の。謁見まで後三日だってのに、よくこんな馬鹿らしい仕事とか受けられるな。緊張とかしてねぇのか?」
「してるに決まってるだろ。こういうのが気晴らしになるんだよ」
国王という時点で雲の上の存在であるが、俺を含めた冒険者にとっては、単なる主君という以上に偉大な存在なのだ。
何故ならば――
「ルーク殿、ガーネット殿。この国の君主はどのようなお方なのでしょうか。どうにもその辺りの事情には疎いもので」
そう言えば、東方人のサクラにとって、ウェストランドは馴染みの薄い異国である。
国内の事情に詳しくないのも当然だろう。
「アルフレッド王は、即位から今日までの二十年間でウェストランドの大半を統一した人物だ」
珍しいことに、ガーネットが真面目な口調でサクラからの質問に答え始めた。
厳密な数字で言うと、伝統的にウェストランドと呼ばれる地域の約七十五パーセント――それほどの範囲が一人の国王の支配下になったと言われている。
しかも現在進行形で拡大を続けているから、最終的にどこまで到達するのかは誰にも分からない。
「ウェストランドは元々ここら一帯の地域の名前なんだが、数年前からは『ウェストランド王国』という国名にもなった。群雄割拠の時代がほぼ終わって、一人の王が大部分を支配するようになったからだな」
「なるほど……戦国の覇者というわけですね」
サクラは納得顔で頷いている。
俺は東方の情勢にまるで詳しくないのだが、あちらでも似たようなことがあったのだろうか。
「おばあちゃんから教わったんだけど、皆が使ってる金貨や銀貨を普及させたのも、今の王様なんだって。おかげで商売がしやすくなったっておばあちゃんも褒めてたよ」
今度はシルヴィアが経済的な面から解説を加えた。
金銀銅それぞれ大小の合計六種類の貨幣。
このシステムが制定されるまでは、各地の領主が好き勝手に作った貨幣の重さを測って、貴金属としての価値を調べてから使う必要があった。
シルヴィアのおばあさんが言っていたというとおり、信頼性の高い貨幣システムのおかげで、この国の経済力が飛躍的に高まったとも言われている。
俺はそういった方面にはあまり詳しくないので、あくまで他人からの伝聞なのだが。
「この流れだと、俺も何か言った方が良さそうだな」
ガーネットは騎士らしく軍事的側面から。
シルヴィアは宿屋の娘らしく経済的側面から。
ならば俺は、冒険者らしく語るしかないだろう。
「実は、アルフレッド王は元々冒険者だったらしいぞ」
「なんと!」
「昔、当時の有力勢力の一つの指導者が、とあるダンジョンの奥に眠るアーティファクトを持ち帰った者を後継者にすると言い出したそうだ。それを成功させたことで国王に……ってわけだな」
にわかには信じられない話だが、王宮公認の実話だというから世の中分からないものだ。
高い社会的地位を得た冒険者はたくさんいるけれど、これを上回る例は絶対に存在しないと言い切れる。
「本当なのですか、ガーネット殿」
「ああ。もちろん当時はバカにされまくったそうだが、実力でねじ伏せて今に至るわけだ。あといちいち殿とかつけんな、むず痒い。普通に喋れっての」
「むぅ……分かりました……ではなく。分かった、ガーネット。希望とあらば
「上出来。お前もそっちの方が似合うじゃねぇか」
何やら俺と関係のないところで、剣士と騎士が仲良くなりつつあるようだ。
それは実に結構なことだが、個人的には割とそれどころではなくなってきていた。
アルフレッド王のどこが凄いのかについて語り合った結果、薄れていた緊張が蘇ってきてしまったのだ。
「……ルークさん? 顔色良くないけど、大丈夫ですか?」
「今更だけど、凄い人と会うことになったっていう実感がな……当日にぶっ倒れなかったらいいんだが」
謁見まで残り三日。
下される判断の内容よりも、無事に謁見を乗り切れるかの方が、ずっと重大な問題になってしまっていたのだった。