第24話 多忙極まる事後処理
今回はちょっと繋ぎ回風味かも。
――『日時計の森』の探索が終わり、俺達はグリーンホロウ・タウンのギルドハウスへと帰還した。
結局ノワールは気絶したまま目を覚まさなかったので、ひとまずギルドハウスの一室に寝かせておくことになった。
その間に、ノワールを発見するまでの経緯をフェリックスに説明する。
帰還前はとにかく安全に地上へ戻ることを最優先にしたので、ゆっくり話をする時間がなかったのだ。
「……何から話したらいいのか……」
自分でも信じられないことばかりだ。
第五階層の断崖絶壁に存在した扉付きの大穴。
大穴の真下に倒れ込んでいたノワール。
それらと二度に渡って現れたドラゴンの間に、何の関係もないとはとても思えない。
「……なるほど。無視できるものではありませんね。我々の本来の任務は、勇者ファルコンのパーティが未帰還に終わった原因を調査することです。彼女から話を聞かないわけにはいきません」
俺が勇者の未帰還の原因かどうかだとか、ミスリルを密売しているだとかは、フェリックス達にとっては重要な問題ではない。
これらはあくまで、とある大臣の横槍でねじ込まれた仮説であって、彼らはその可能性を潰すためにグリーンホロウを訪れたに過ぎない。
本当の目的はフェリックスが言った通りの内容であり、ノワールはまさしく決定的な生き証人なのだ。
「ですが、この町が危険に晒されることを防ぐのも騎士の務め。可能な限り協力いたします。管理人殿、まずはどのような対応をなさいますか?」
「ああああ、どうしてこんなことになったんだ……無害なEランクダンジョンじゃなかったのか……」
フェリックスの隣で頭を抱えているのは、ギルドハウスの管理人兼酒場の主人のマルコムという男だ。
これは『日時計の森』に関わる案件なので、当然彼にも話を聞いてもらっていた。
マルコムは受付嬢のマリーダの父親でもあり、昔からグリーンホロウで商売をしてきた家系の出身であるとのことだ。
……つまり、この人物は冒険者でもなければ騎士でもない。
『日時計の森』がダンジョン認定を受けた後になって、副業としてギルドハウスの役目を請け負っただけの一般人なのだ。
「Eランクなら安全だと思ったからギルドハウスを引き受けたんだ……こうなると分かってたらずっと酒場一本でやっていたのに……」
「管理人殿。しっかりしてください。我々はギルド内での対応には干渉できないのですから、貴方が対応しなければならないのですよ」
マルコムの狼狽ぶりに、いつもは冷静沈着なフェリックスも困惑気味だ。
「何だ何だ?」
扉の隙間からガーネットが顔を覗かせる。
ガーネットは俺が【修復】した兜を被り、最初に会ったときと同じ全身甲冑姿に戻っていた。
中身が少女だと理解した上でこの姿を見ると、何だか不思議な印象を受けてしまう。
「ったく、ギルドハウスの管理人がパニック起こしてどうすんだよ。責任者なんだろ、一応」
「無理もないさ。小さなギルドハウスは酒場や宿屋の副業だからな。最寄りダンジョンのランク相応の指導と研修は受けているけど、それ以上の事態には対応しきれないことが多いんだ」
一応フォローはしてみたが、流石にギルドハウスの業務を甘く見ていたとしか言いようがない。
「情けねぇ奴だな。白狼の、いっそお前が管理人になった方がいいんじゃねぇか?」
「冗談言うなよ。こういうときの対処法も教えられてるはずなんだが……」
「ガーネット! 休息を取るよう命じたはずでしょう!」
「やべっ!」
フェリックスに叱られて、ガーネットがばたばたと逃げ出していく。
その間にも、管理人のマルコムは頭を抱えたまま、ブツブツと何事か呟き続けていた。
困り果てた様子のフェリックスが、どうにかしてくれと言わんばかりの視線を俺に向けてくる。
こうなったらもう仕方がない。
俺もできる限りのことをするしかなさそうだ。
「とにかくギルド支部に連絡を取ります。ここの設備と人員だと、早馬を使って書簡を届けるしかありませんね」
「それでしたらブラッドフォードにやらせましょう。騎士団への報告文書を届けさせる予定でしたから、ギルドの書簡も一緒に持たせます」
「ありがとうございます。マルコムさんは急いで書簡を用意してください。ギルド指定の用紙は保管してありますよね?」
「は、はい!」
マルコムは大慌てで引き出しをかき回し、ギルドの内部報告用の用紙とペンを取り出して、可哀想なくらいに混乱した顔で俺に差し出してきた。
……俺に書けと? 管理人はお前だろう?
もはや問答している時間も惜しい。
幸いにもこの手の文章のテンプレートは頭に入っている。
俺は大急ぎで報告書の主要な部分を代筆して、最後のサインの部分を書かせるためにペンを突き返した。
「サインを書いたら封筒に入れて封蝋を! 後はそこの騎士に預けてください!」
「封蝋!? ふ、封蝋、そうだ、封蝋!」
「夜になる前に届けないと、支部の対応が遅くなりますよ!」
ガーネットがこの場にいたら『こいつは
いかに冒険者ギルドといえど、地方の末端の隅々まで完璧に仕事ができるわけではない。
十五年の活動期間の間に、信じられないような職員に出くわした経験は一度や二度ではなかった。
必然的に、そんな場合の対処法の経験も。
「それと冒険者の安否確認も必要です。『日時計の森』の探索申請を出していた連中が戻ってきているかどうかチェックしてください」
「わわわ、分かりました……!」
「冒険者の顔を覚えている人がやるのが一番いい。受付のマリーダさんにお願いしましょう」
「い、いますぐにっ!」
マルコムは出来上がった書簡をフェリックスに預けると、転びそうになりながら部屋から駆け出していった。
まったく、これじゃ誰がギルドハウスの管理人なのか分かったもんじゃない。
「後はもう一度、現場の様子を見に行きたいところですけど……サクラは魔力切れだから適当な冒険者を雇うしか……」
サクラは【縮地】を連発しすぎたせいで魔力を使い果たし、ギルドハウスに戻って早々にダウンしてしまった。
もう歩き回る分には問題ないとは思うが、流石にこれ以上の無理はさせたくない。
今から声をかけて誰か捕まるだろうかと考えていると、フェリックスがありがたい申し出をしてくれた。
「でしたら私が行きましょう。微力ですが魔力障壁による防護も固めておきます。時間を掛けて展開すれば、予期せず扉が開いてもドラゴンが出てこられないようにできるはずです」
「何から何まで……助かります」
「いえ、ルーク殿にはガーネットの命を救って頂いた大恩があります。この程度は当然のことです」
そう言ってフェリックスが部屋を出ようとしたところで、サクラがぶつかりそうになりながら飛び込んできた。
「おっと! サクラ殿、お体の具合はよろしいのですか?」
「そんなことより! あの黒魔法使いの女性が目を覚ましました!」
――ノワールが意識を取り戻した。
俺とフェリックスはお互いに視線を交わし、他の全てを後回しにしてノワールのいる部屋へと駆け出していった。