第21話 役立たずの意地
時間的な都合につき、前回投稿分の感想への返信があまりできませんでした。
今後もそういう日があるかもしれませんが、感想には必ず目を通していますし、誤字脱字報告や質問には欠かさず応じていきたいと思っています。
それと、本作の「R-15」「残酷な描写あり」は保険ではありませんのでご注意を(今更)
「――ガーネット!」
フェリックスの叫びがドラゴンの咆哮にかき消される。
まるでその咆哮に呼び寄せられたかのように、森の向こうから十体ほどのワイバーンが姿を現す。
俺は悪い夢でも見ているのか? あまりの光景に目眩がしそうだ。
ワイバーン――前脚が翼に変化したドラゴンの亜種。
四肢と翼を持つドラゴンと比べれば格下で、
「うわああああっ!」
「ド、ドラゴンだあああっ!」
冒険者達が悲鳴を上げ、恐慌状態に陥って逃げ惑う。
俺達が一ヶ月前に倒したドラゴンよりも一回り大きく、気配も殺意に満ち溢れている。
あのドラゴンを痩せこけた野犬とするなら、こいつはまるで鍛え抜かれた大型の猟犬だ。
「ブラッドフォード! 迎撃開始!」
フェリックスの指示と同時にブラッドフォードが前に飛び出し、サクラもまた全力で走り出す。
「縛鎖招来ッ!」
ブラッドフォードが叫ぶや否や、周辺の地面を突き破って数本の極太の鎖が出現し、大蛇のように空中のワイバーンへ襲いかかる。
出現したワイバーンの半数は瞬く間に絡め取られ、ハンマーを振り下ろすかのような勢いで地面に叩きつけられた。
何体かはその衝撃で息絶え、絶命しなかった個体も鎖で地面に縛り付けられる。
「【縮地】ッ!」
サクラの姿が掻き消える。
次に現れた場所は、鎖を回避して旋回していたワイバーンの背中の上。
ターゲットが突然の重みに叫んだ直後、高熱を帯びたヒヒイロカネの刀身が長い首を輪切りにする。
更に背中を蹴って転移。
次のワイバーンの翼を斬り落とし、返す刀で放った火炎の『飛ぶ斬撃』が三体目の胴体を切り裂く。
息つく暇もなく、目にも留まらぬ転移で四体目が斬り捨てられる。
最後の一体が火球を放つも、刀身に吸い込まれるようにかき消され、逆にその熱量を乗せて撃ち返された炎の斬撃で撃墜される。
「――――っ!」
俺は顔を上げたまま言葉を失っていた。
圧倒的過ぎる。
絶望としか思えなかったワイバーンの群れが、一分と掛からず……いや、ものの十数秒で消え失せた。
あんなことができる冒険者はBランク以上でも滅多にいない。
俺が十五年の経験で出会った連中でもごく一握りしか――
「サクラ殿!」
フェリックスが両腕に魔力を
次の瞬間、ドラゴンの放った火炎が障壁に直撃した。
サクラの【縮地】は何らかの足場を蹴るという動作が発動の起点になる。
それがワイバーンの胴体だろうと発動はできるが、完全な落下中には発動させることができない。
フェリックスはそれを知っていたか、一瞬で見抜いてフォローに回ったのだ。
「くっ、防ぎ切れない……!」
強烈なドラゴンブレスが魔力障壁を突破する。
サクラはそれよりも先に着地し、一瞬のうちに【縮地】で転移してブレスの範囲を逃れ、俺達と合流した。
「かたじけない、フェリックス殿。離脱の機会を見誤りました」
「あの一体は明らかに格が違います。私とブラッドフォードで動きを止めますので、サクラ殿には攻め手をお願いしたい。ルーク殿はどうか安全な場所に離脱してください」
フェリックスが焦りを抑えた冷静な声で指示を飛ばす。
非の打ち所もない判断だった。
俺を戦力外の非戦闘員として扱ったことも含めて完璧だ。
たとえどんなに自分が情けなく思えても、俺という人間はまるで戦力になりはしない。
むしろ、守らなければならない重荷になって、足を引っ張ってしまうだけだ。
「悪い、任せた……!」
俺がその場から走り出したのを合図に、三人の即席連携攻撃が開始される。
突進するドラゴンを鎖と魔力障壁の二段構えで食い止め、その隙にサクラが【縮地】で肉薄し斬撃を叩き込む。
情けない。スキルが進化したところで、いざ戦いとなったらこれだ。
仮に【分解】でドラゴンにダメージを与えられたとしても、俺の身体能力では触れる前に返り討ちにされるのが関の山だ。
シルヴィアやサクラなら、俺が造ったヒヒイロカネの刀のお陰で戦えているのだから、俺の功績だと言ってくれるかもしれない。
だが、周囲がそう言ってくれるのと、自分で納得できるかどうかは話が別だ。
「……っ!」
自責しながら森に向かって走っていると、視界の隅で何かが動いたのが見えた。
まさかワイバーンの生き残りかと思って身構える。
「……ガーネット……!」
そこにあったのは、血塗れで仰向けになったまま苦しみもがくガーネットの姿だった。
ドラゴンの不意打ちを受けた際に、森の近くまで吹き飛ばされていたのだ。
「くそっ……!」
俺は反射的に進路を変え、ガーネットに駆け寄った。
正直、ガーネットがまだ生きている保証は全くなかった。
肉体が動いているように見えたとしても、頭の潰れたカエルのように
死んでしまった人間を【修復】できるかどうかは、流石に試したことがないし、恐らくは不可能だと思う。
俺はガーネットが息絶えていないことを祈りながら、血まみれになったその顔を覗き込んだ。
「うっ……!」
あまりの惨状に、思わず言葉に詰まってしまう。
「(……酷ぇ……顔がほとんど潰れてやがる……)」
ドラゴンの爪は右脇腹から胸の中央右寄りを通過し、顔面を縦に引き裂いたらしかった。
剣や斧のように薄いモノではなく、ドラゴンの爪という分厚いモノが鎧兜と血肉を抉り、肉体に深い溝を刻み込んでいた。
辛うじて息はあるようだったが、まだ呼吸を続けられているのが不思議なくらいだ。
重傷――いや、普通なら間違いなく致命傷。
死んでいないというよりも、今まさに死んでいる最中というべきかもしれない。
「まだ間に合うか……? 鎧は後回しでまずは体を……スキル発動、【修復】開始!」
肉体の再生を最優先に【修復】を開始する。
フェリックスからは安全な場所に逃げるよう言われたが、ここはまだ安全とは断言しきれない距離だ。
こんな奴は見捨てて逃げてしまえ――
気に食わない奴のために危険を冒すのは馬鹿のやることだ――
そういう考えが浮かばなかったと言えば嘘になる。
だがそれでも、俺はガーネットの損壊を【修復】することを選んだ。
少しでも役に立ちたかったという思いもあるだろう。
流石に哀れ過ぎたという憐憫の情もあるだろう。
しかしそれ以上に――
「(役立たずだからって切り捨てられたこの俺が、気に食わないからって死にかけの奴を見捨てるのか? はっ、悪い冗談だ!)」
何かの運命の悪戯で勇者と再会したとして、あいつから『俺と変わらないことやってるじゃねぇか』と笑われるような行為だけは、断固として避けたかった。
他の誰かが『勇者とは違う』と思ったとしても関係ない。
三流に過ぎない俺を慕ってくれる奴ら――例えばシルヴィアに胸を張って『俺はこんなことをしたんだ』と報告できないことはしたくなかった。
言ってしまえば純然たる自己満足。
俺は俺自身のためにガーネットを救うのだ。
「そういえばお前、さっき俺のこと蹴っ飛ばしたよな。後できっちり頭下げて謝らせてやるから覚悟してろよ……諦めて戻ってこい……!」
後もう少しで肉体の【修復】が完了するところで、ドラゴンとの戦闘の状況が大きく動いた。
ドラゴンが幾度も斬撃を浴びながらも拘束を引きちぎり、障壁を破って凄まじいブレスを放つ。
三人はフェリックスの多重障壁で直撃を回避したが、防ぎ切れなかった灼熱の余波が、草原を焦がしながら俺達の方にも押し寄せてきた。
「こんなときに! くそっ、一か八かだっ……!」
左手でガーネットの【修復】を続けながら、右手で白銀のナイフを抜いて【修復】の魔力を込めて地面に突き立てる。
あのナイフはついさっき迷宮の破片と【合成】したもの。
迷宮でフェリックスに渡し忘れ、地上に戻ってからでいいだろうと思っていたものだ。
【修復】対象はナイフに取り込まれた迷宮の壁。
そして【修復】素材は地面そのもの――!
「止まれぇっ!」
周囲の土をかき集めて出現した土壁が、間一髪のところでブレスの余波を防ぎ止める。
【修復】は元々の部品が少なければ完全な状態にはできない。
しかし裏を返せば、極めて大雑把で不完全な代物であれば作り出すことができるということ。
芸術品を模倣した幼児の粘土細工程度のレベルにしかならないが、それでも充分な場合は極稀にあるのだ。
「……直撃ならぶち抜かれて死んでたな……」
作り出せた土壁は俺とガーネットをギリギリ守れる程度の大きさだった。
完全なぶっつけ本番、とっさの思いつきでやってみた方法だったが、幸運にも上手くいってくれた。
ほっと一息ついたと同時に、左手で続けていたガーネットの【修復】が完了する。
「よし、治っ……」
俺はガーネットの方に視線を戻し、即座に硬直してしまった。
ガーネットは兜を吹き飛ばされ、鎧の右脇腹から首元にかけてを破壊されている。
つまり素顔と右胸部が露わになっているわけなのだが。
「ちょっと待てよ、おい……これって……」
少年的でありながら『同性ではない』と感じ取れてしまう顔立ち。
薄い胸筋の上に乗った慎ましやかな脂肪の層。
こんな形で頭が真っ白になるなんて、今まで夢にも思ったことがなかった。
ちなみに、ガーネットの設定は初登場の第16~17話の時点で決まっていました。
「声変わりもろくに終わっていないような声色」とか「少女に話しかけられたと勘違いしていたかもしれない」とか書いていたのはそのためです。