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おかしな転生 作者:古流 望

第28章 復活の卵

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292話 海には網を

 世の中に国境線というものには二種類ある。

 人為的国境と自然的国境の二種類だ。

 人為的国境は分かりやすく国境である。ここからここまでが自分たちの土地であるとして線を引き、国と国の境界線とするもののこと。現代であれば経線や緯線をもって直線的に線を引く国境などもある。南大陸でも、政治的事情、宗教的差異、民族的区分、歴史的経緯などから、人間同士でそれぞれが取り決めた境界線というものが存在していた。

 対し自然的国境とは、自然の地形が国境線になっているもののこと。

 元々自然に存在するものをもって国同士、領地同士の境界とするやり方で、南大陸ではこちらの方が断然数が多い。

 川や山脈、谷や森、そして海岸線。これらを国境として定め、お互いの境界線とするのだ。


 この自然的国境の中でも、とりわけ扱いの変わっているものが海岸線による国境。

 何が変わっているかというならば、海岸線というのは毎日、そして一日の中でも変化するからだ。

 遠浅の海では満潮と干潮で何百メートル、或いは何キロにも渡って海岸線が移動し、変化することもある。

 もしも真面目に海岸線を領土の境界線とするならば、それこそ毎日地図を書き換えねばならない。どこまでも非現実的な話だ。


 そこで多くの場合、海上に線を引く。

 陸上に不動の基準点を設け、そこから幾らまで離れた、海上のこの辺りまでは自分たちの勢力圏である、と決めて線を引く。

 これならば、潮の満ち引きでも変わらず自分たちの海、即ち領海がはっきりする。


 ところが、ここにもまた問題がある。

 海上に線を引く場合、海に出てしまうと線引きが非常に曖昧になってしまうのだ。

 島でもあれば目印になろうが、それも無ければ水平線の大海原(おおうなばら)である。線引きといったところで、人工衛星で空から見るようなことも無ければまず無理な話である。


 ならば南大陸の人間はどうやって海上で境界線を線引きをしているのか。

 答えはシンプル。力づくである。

 船を使って、自分たちの海であると主張する辺りを哨戒し、もしも外国の船舶を見かけたならば自分たちの海だと主張する。主張がぶつかれば、力づくで相手に認めさせるのだ。

 勝てばそのまま、負ければ後退。

 押し相撲のように押し合い圧し合いぶつかり合って、力の均衡が取れたところが海上の国境線というわけだ。


 非常に曖昧な海の境界線。

 もしも他国の人間が神王国から逃げようとした場合、これほど都合の良い所もないだろう。

 海に出てしまいさえすれば、そこから先は曖昧なグレーゾーン。政治と軍事によって、何とか出来る世界になる。

 故にこそ、ペイスは海の()り人を訪ねた。


 「お久しぶりでウランタ義兄上。いえ、ボンビーノ子爵閣下」

 「ウランタで構いませんよペイストリー=モルテールン卿。我々の間で堅苦しい肩書などは無用のことでしょう」

 「お気遣いいただきありがとうございます。今日はご無理をお願いしました」


 ボンビーノ家の屋敷。城とも言うべき豪奢な建物の中で、モルテールン子爵家嫡子のペイスとボンビーノ子爵家当主ウランタが互いに挨拶を交わす。

 この二人は、年も同じであり、また姻戚でもあることから仲が良い。姻戚というのは他でもない。ペイスの一番下の姉であるジョゼことジョゼフィーネが、ウランタの妻なのだ。

 お転婆を絵にかいたようなジョゼは行動力があり、夫より年上で、また非常に賢い女性である。気も強いし、そのうえウランタが惚れて結婚を申し込んだのだ。

 当たり前の帰結として、家庭内ではウランタが尻に敷かれている。

 家庭内で大きな影響を持つ妻の実弟が訪ねてくるのだ。しかもウランタは一方的ながらペイスを尊敬していて、見習うべき目標として仰ぎ見ているところがある。災難な話だ。

 満面の笑顔で歓迎の意を示すウランタ。歓迎の気持ちに偽りはなく、ペイスが訪ねて来てくれたことを心から喜んでいた。


 「いえ。当家にはモルテールン家に閉ざす門はありませんよ。いつでもお越しください。それで、今日はどういったご用件でしょう」

 「実は、少々内密にお願いしたいことがありまして」

 「内密に?」

 「ええ。人払いを願います」


 ウランタは、侍女や護衛を遠ざけるよう指示した。

 勿論護衛を遠ざけることには補佐役からの難色もあったが、ウランタが「その気ならわざわざこうして来なくても、魔法で夜中に来ればいいだけ」という意見で押し通す。


 つい先日。モルテールン家に協力を要請した事件があった。他ならぬ大龍騒動である。

 当初はそれほど大事(おおごと)になるなどとはペンの先ほども思っておらず、蓋を開けてみれば伝説に聞く大龍との対面だ。常日頃から苦労をしてきて、それなりに精神的に成熟しているウランタではあるが、流石に山のような怪獣を目の前にしては度肝を抜かれた。

 更に驚くべきは、明らかに人の手に余るであろう巨躯の化け物に対し、敢然と立ち向かった義弟の姿である。

 未曽有の災害に対して、貴族としてあるべき姿を背中で語るが如き勇ましき英雄の姿。これに尊崇の念を抱くのは当然のことだろう。

 知らないというのは幸せなことだ。

 そんな当代のヒーローが人払いしてまで相談してくる。

 何事かと必要以上に警戒してしまうのは仕方のないことだった。

 補佐役とウランタ、そしてペイスという三人だけになったところで、ペイスは説明を始める。


 「実は、王都でちょっと困った事件が起きまして」

 「困った事件?」

 「ええ。組織的と思われる窃盗事件です」

 「窃盗……泥棒ですか」


 窃盗と聞いて、ウランタの目は訝し気なものになる。

 世の中に犯罪というものは数多くあるが、泥棒というのは割とありふれた犯罪であるからだ。

 勿論頻繁にあって良いものではないが、他人の持っているものを欲しがる欲というのは誰しもが持っているもの。高貴な身であるウランタであろうと、或いは市井の庶民であろうと、泥棒の被害者になり得る可能性としては同じだ。

 ましてやウランタは海の男。厳密には過去のボンビーノ家の人間が皆船に乗り、甲板を枕に、波音を子守唄にして育っていて、ウランタもその血を脈々と受け継いでいるということ。

 海の掟は弱肉強食。

 強いものが弱いものから奪うという行為が平然と行われる場所だ。

 今でこそお上品に取り繕っているレーテシュ伯爵家なども、元をただせば海賊の親玉だった。ボンビーノ家とて、過去を遡れば海賊家業と大差ないことをやらかしている。

 力づくで欲しいものを奪っていく海の荒っぽさ。

 それを骨身にしみて受け継いでいるウランタからすれば、たかが泥棒“如き”に、ペイスのような人間があえて動き、内密にと願う理由が不思議だった。

 それ故、ウランタも話の先が気になるようで、少しばかり体を前のめりに乗り出す。


 「そうです。明らかに計画された犯行で、当家からとあるものが盗まれました」

 「とあるものとは?」

 「言えません。その点は王家による緘口令(かんこうれい)ですのでご容赦下さい」

 「王家の……ただ事ではありませんね」


 やはり、という思いがウランタにあった。

 あのペイスが、ウランタからすれば取るに足らない些細な犯罪でわざわざ出向いてくるはずがないと思ったからだ。

 王家の緘口令ということは、勿論王家が関わっているはず。

 一体何が盗まれたのか。国宝級の宝飾品か、或いは名誉に関わる勲章でも盗まれたか、もしかすれば機密文書かもしれない。

 まさかお菓子が盗まれたから取り返しに来たなどと言うことは有るまい。

 そこまで考えたことで、もしかしたらお菓子ならあり得るか、と思ってしまうだけウランタはペイスの理解者だった。

 勿論、盗まれたのは宝飾品でもなければお菓子でもない。卵だ。

 微妙に惜しいところで予想が外れている。


 「はい。そこでボンビーノ家に要請があります」

 「モルテールン家からの要請、ですか?」

 「ええ。ご協力願いたい。ボンビーノ家が手伝ってくださると、非常に心強いのです」


 これが本題かと、居住まいを正すボンビーノ子爵。


 「内容を伺いましょう」


 ペイスは事件のあらましを説明していく。

 王都の中で事件が起きたこと。組織的関与が疑わしいこと。状況証拠から魔法使いが関わっているらしいという予想。

 ボンビーノ家に来る前に東西北の国境線は抑えてきたこと。これについては元々国境警備と監視が任務の家が有るので、念入りに対応してきたことなどだ。


 「僕が見た限り、盗賊が西から逃げた確率は二割、北で一割、東はほぼゼロです」


 そして、ペイスが賊の逃亡先について自分の予想を語る。

 七割がたは南であるという予想だ。


 「根拠は?」

 「東は、モルテールン家と最も親しいフバーレク家の勢力下で、しかも国境監視はお家芸です。長年敵国と向き合って、小競り合いもしてきた。警備の厳重さというなら国でも一、二ですね。実際に見てきましたが、龍金を使った魔法対策までされていました。盗賊が魔法使いなら、まず捕まってます」

 「ほう」


 フバーレク家は、長年隣国であるサイリ王国と向き合っており、ルトルート辺境伯家と年がら年中小競り合いをしていた家である。

 今でこそ家中の人材や資金といった資源(リソース)を内政に割り振っているが、元々国境警備がお家の役目であり、人の出入りに関しては兎に角厳しい。

 勿論向かい合う相手が大家であり、国家規模の敵を想定していただけに防諜は万全で、魔法使いも抱えている上に魔法対策も要所要所で為されている。

 ここを抜けるのはまず無理だろう。出来るものなら、サイリ王国が既にやっている。


 「北も同じようなものです。しかし、ここは周辺の小領主の統制がやや甘い。そこから逃げるとすれば、出来なくもない。十に一つ成功するかどうかのレベルでしょうが」

 「ふむふむ」


 北といえばエンツェンスベルガー家の勢力圏。ここは東ほどは警備が厳しいわけでは無い。

 ペイスはその全てを知るわけでは無いため、不安要素が残るという意味で、フバーレク辺境伯領ほどは確信をもって断言できない。

 しかし、そうは言っても干渉国を挟んで大国と向き合っている家柄。国境警備は厳重である。勿論防諜対策は確実にされているだろうし、そうでなくとも北の連中は、神王国でも最南端のモルテールン家に対しては諜報する意義が薄い。

 龍の卵をペイスが手にし、王都に運び、それを狙いすましたように掻っ攫うなど、相当に困難なはず。少なくとも日頃からモルテールン家に対して念入りに諜報活動をしていなければ無理な芸当だ。

 そういう意味では、賊が北の関係者である可能性は低く、従って北に逃げた可能性も低い。


 「西は辺境伯家の力が弱まってます。国境の警戒は怠っていないようでしたが、魔法対策自体はやや甘い」

 「なら、北か西に逃げた可能性もあるのでは?」


 そして西。

 ここも怪しいといえば怪しい。元々モルテールン家は神王国の西にあるヴォルトゥザラ王国に備えるのがお役目。モルテールン家に対する諜報活動は間違いなくやっているだろうし、モルテールン家や神王国を警戒し、龍の卵を盗む動機もある。

 しかし、だとすれば不自然な点もある。

 龍の卵を狙うなら、何故王都でわざわざ盗んだのか。モルテールン領にあるうちに掻っ攫った方が何倍も楽なはずだ。

 特に、逃走を考えた場合。モルテールン領から逃げるなら、山を越えればそれで終わりだ。幾つもある貴族領を通過し、山越え谷越え逃げるよりは遥かに合理的だろう。

 可能性としては先の事例に比べればあり得るが、それにしても確率としては低いとペイスは見る。


 「勿論、その可能性はあります。しかし、賊の手際の良さから言って、一つの逃走手段を使い続けることはしないと思いました。だからこそ、海が怪しい」


 賊が逃げるとしたら。

 まず南に逃げただろうというのがペイスの読みだ。そして、ウランタには言わなかったが、南に逃げるといえば相手は聖国であろうとも予想していた。

 南に逃げて聖国にとなれば、どこかで船に乗る。

 遭難者の捜索を思えば、海の方が追跡も難しいのは想像に難くない。ならば、尤も狙いごろなのはボンビーノ領ナイリエから海へ遁ずらすることだろう。

 そこら辺の事情を、詳細を暈したまま上手く説明するペイスに、ウランタは頷いた。


 「納得しました。それでうちに来たと」

 「ええ。出来れば早急に、徹底した海上封鎖にご協力願いたい」


 賊が逃げるとすれば海上。

 今何処にいるかは不明だが、海上封鎖を行い船が出ないようにしてしまえば網にかかる可能性は有る。

 これは時間との勝負。早ければ早いほど捕捉する確率は上がる。

 協力を強く要請するペイスだったが、ウランタは苦渋の表情を浮かべながら首を横に振った。


 「モルテールン家には恩もあれば義理もあります。他ならぬペイストリー殿の願いとあれば協力は前向きに検討したいところですが……」

 「流石に、海上封鎖は出来ませんか」


 ペイスとしても、無理強いは出来ない。

 海上を封鎖して船を止めるということは、ボンビーノ家の物流の多くを止め、膨大な損害を与えるということだ。

 見返りも無しに、無理やりボンビーノ家に損害を与えるようなことをしては今後の関係性にもひびが入る。


 「当家は海運が大きな収入源となっています。ナイリエの中にも、船に関わる仕事に就いている者は多い。海を閉めるとなると、その間の経済的な影響は無視できません」

 「そうですか」


 ペイスとしても、まさかここで素直に頷いてもらえるとは思っていない。

 交渉では、最初に無茶な要求を吹っかけてみるのはテクニックの一つなのだ。


 「では船だけを貸していただくことは出来ますか」


 最初の要求が断られた後で、ペイスは本命の要求を口にする。


 「一隻程度であればお安い御用です。操船に長けた者たちもお付けします」

 「お願いします」


 案の定、最初の要求に比べればマシな要求に、ウランタは頷いた。

 恩もあれば義理もあるモルテールン家に対して、筋道の通った要求を何度も却下するというのは良心に訴えかけるものが有るのだ。

 それを分かっていながら突くペイスも交渉巧者だが、ウランタとしても船の幾ばくかの人員を融通する程度で借りが少しでも返せるなら御の字といったところだろう。


 時間が惜しい。

 早速とばかりに港に出向いたペイスだったが、そこで迎えに出たのはペイスも良く知る人物だった。


 「それで、また面倒ごとを持ち込んできたのかい。あんたら、悪魔にでも憑かれてるんじゃないかい?」


 肌の露出の多い格好をしながらも、武骨さと厳つさを感じさせる海の男。いやさ、海の女。

 元傭兵にして現ボンビーノ家従士。

 海蛇のニルダこと、ニルディア女史である。

 かつてペイスと共に海賊と戦い、武名をあげた立志伝中の人物。


 「そうかもしれませんが、だとしてもやることは変わりませんよ。海の上では頼らせてもらいます」

 「任せときな。コソ泥如きは相手じゃないよ」


 海蛇のニルダはにぃと口角をあげ、不敵に笑った。


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