第18話 容疑者、白狼の森のルーク
「勇者ファルコンのパーティが未帰還に終わりました。我ら銀翼騎士団はその原因調査を一任されているのです」
フェリックスからそう告げられて、俺は「まさか」という驚きと「やはりか」という感想を同時に抱いた。
あいつが持つスキルの数々なら大抵の危機は乗り越えられる。
一方で、油断と慢心からしょうもない理由で足をすくわれることだって充分に考えられる。
勇者ファルコンとはそういう奴なのだ。
「未帰還……ですか。まさか死体が見つかったとか?」
「いえ。順を追って説明しましょう。ルーク殿は勇者と冒険者の最大の違いをご存知ですね」
「もちろん。承認を受ける相手が違うんでしょう」
フェリックスはそのとおりだと頷いたが、シルヴィアはよく分かっていないようだったので、もっと詳しい説明を付け加える。
「冒険者になりたい奴は、民間組織の冒険者ギルドに申請をすることで冒険者になる。だけど勇者は、王侯貴族から任命されることでなるものなんだ」
「そのとおりです。勇者ファルコンは、王宮で大臣を務めるとある貴族の推薦で任命されました」
他にも、ダンジョンに挑む動機の違いもあると言われている。
勇者は地上の国々の脅威となる存在を討つために挑み、冒険者は経済的な利益のために挑むというものだ。
しかしこれは最大の違いとまでは言えない。
褒美目当てで魔王と戦う勇者もいるし、財産を築いた冒険者が名誉を求めて魔王と戦うこともあるからだ。
「それとルーク殿。勇者ファルコンの探索目的とスケジュールについて、事前にどこまで伝えられていましたか?」
「討伐ターゲットは魔王を名乗る魔族。探索期間は往復二週間を予定し、成果がなくとも一旦は帰還する。俺はただの雑用係でしたから、教えられていたのはこの程度ですよ」
つまり本来の予定なら、勇者達は俺が迷宮から脱出する数日前には地上に帰還していたはずなのだ。
なお、当然ながら俺は戦力に数えられていなかった。
首尾よくターゲットまでたどり着けた場合、俺は離れたところに隠れて戦闘が終わるのを待つことになっていた。
「ありがとうございます。それでは説明を続けましょう」
――勇者達は予定の期間を過ぎても帰って来なかった。
――多少のズレなら誤差の範疇であり、王宮も万が一の事態に備えながら、しばらく様子を見ていたらしい。
――しかし一週間経っても音沙汰がなく、何か望ましくないことがあったに違いないと考えられるようになっていった。
「状況が変わったきっかけは、冒険者ギルドからの抗議文でした」
「抗議文?」
「ギルド経由で雇った冒険者……つまりあなたを不当に見捨て、生命の危機に晒したことを批判したわけです。このとき初めて、王宮はあなた一人だけが帰還を果たしていたことを把握しました」
「……そしてギルドも、勇者達が帰還していないと初めて知ったわけですね」
勇者は王侯貴族によって選ばれる存在であり、冒険者ギルドには所属していない。
なので、ギルドは俺を見捨てた後の勇者達がどうなったのか、把握する手段もその必要もなかったのである。
「本来なら、すぐにでもあなたにお話を伺うべきでした。しかし、とある貴族……ファルコンを勇者に推薦した大臣とその派閥が異を唱えたのです」
フェリックスは一旦そこで言葉を切り、ゆっくりと、そしてはっきりと宣告した。
「勇者ファルコンは白狼の森のルークに裏切られて死んだに違いない。大罪人に余計な情報を与えるべきではない――と」
「なっ――」
「ルークさんはそんな人じゃありません!」
思わず言葉を失った俺の代わりに、シルヴィアが語調を荒げてフェリックスに食って掛かる。
「落ち着いてください、お嬢さん。最後まで聞いて頂きたい」
「でも……!」
「シルヴィア。反論は話を全部聞いてからにしよう」
「……はい」
しぶしぶながらシルヴィアが矛を収めたのを見届けてから、フェリックスが説明を再開する。
――彼らの横槍のせいで冒険者ギルドが強く反発し、情報の提供も滞り、調査は大いに停滞した。
――その頃、何も知らない俺はグリーンホロウ・タウンで武器屋を開き、ドラゴンを倒した武器を宣伝に使って客を集めていた。
「(俺のことで王宮と揉めてるって教えられなかったのは、多分ギルドの配慮だな。精神的に参ってる時期だったから、もしも知ってたら耐えられなかったか……)」
――大臣は『勇者の武器を奪ったのでは』と考え、冒険者ギルドの目を盗んで回収するように銀翼騎士団に要請した。
「以前、大金を支払って例の剣を購入した二人組がいたと思います。実は……ブラッドフォード、兜を外してください」
フェリックスの背後で大柄な騎士が兜を脱ぐ。
その素顔は、まさしくあのとき金髪の飄々とした男に付き従っていた人物のそれだった。
シルヴィアは驚きに目を丸くして、俺は苦々しく口を歪めた。
となると、あの金髪の男も騎士団の関係者だったのだろう。
「大臣クラスが背後で動いてたってことか……道理で大金貨十枚なんて大金を支払えるわけだ」
「結果的には大臣の推測は間違っていたのですが、予想もしない事実が明らかになりました」
フェリックスの声色が更に真剣味を増す。
「錬金術師による分析の結果、あの剣の構成物質に
「な……ミスリルだって!?」
「ミスリル? えっと、ルークさん、それって一体……」
どうにか頭を落ち着かせ、困惑するシルヴィアに対してミスリルについて説明をする。
「魔力との親和性が凄まじく高い貴重な金属だ。採掘から販売まで全て王宮の許可が要る代物で、無許可の場合は最悪……死罪、だな」
「死っ……!」
ミスリル。神銀とも称されるそれは、数々の古い神話にも記述されている神秘の金属である。
見た目は銀に似ているが、銀と違って武器や防具の素材としても優秀で、魔力を込めることでその性能を高めると言われている。
普通の鉱山では採掘されず、ごくまれにダンジョンで入手される以外には発見されない。
その貴重さから取り扱いには国王の許可が必要とされ、悪質な違反者には重罪が科されることになっているのだ。
「ミスリル製品の密造および密売。大臣はこちらの容疑を前面に押し出して、冒険者ギルドから『白狼の森のルークに関する調査を銀翼騎士団に一任する』という譲歩を引き出しました」
「……それで今日になって、あなた達がやって来たと」
まさかの展開に軽い頭痛を覚えてしまい、額を手で押さえる。
今日まで冒険者ギルドが何も言ってこなかったのも、きっとこのせいだったのだろう。
「誤解のないように申し上げますが、国王陛下は冒険者ギルドを擁護なさっていますし、我々は国王派に属する騎士団です。
「そんな騎士団が調査を担当することになったのは、大臣とギルドがお互いに譲歩した結果……ですね」
ミスリルなんて心当たりは全くない……と言えば嘘になる。
ダンジョン『奈落の千年回廊』の迷宮の内壁だ。
あれが実はミスリル製で、俺は知らずにそれを【分解】【合成】してしまったのだとしたら筋は通る。
だがその場合、あの迷宮に一体どれほどのミスリルが存在しているのか、という話になってしまうのだが。
「現在、あなたを疑う派閥の主張は『ダンジョン内で発見したミスリルを独占するため、勇者を排除した』というものになっています。ギルドからの情報を見る限り、能力的に不可能としか思えないのですけどね……」
それはそうだ。
俺はあのパーティでぶっちぎりの最弱だったのだから。
「フェリックスさん。単刀直入に聞きますけど、俺はどうやったら疑いを晴らせるんですかね」
もはや俺の関心事はそれだけだった。
勇者パーティの安否なんかはとっくに意識から外れている。
「件の大臣は、国王陛下から調査に対する過剰干渉について警告を受け、ミスリル動機説が誤っていたら今後一切の干渉を取りやめると誓いました」
「つまり、それを覆せば俺がしつこく疑われることもなくなると」
「はい。そのためにも、一体どこでどのようにミスリルを手に入れたのか、我々に教えて頂きたいのです」
腕を組んで少し考え込む。
ここまでの話を聞く限り、フェリックスは俺が勇者未帰還の原因ではないことを証明するために動いているように思える。
さもなければ、今日までの経緯をこんなに丁寧に説明してくれたりはしないだろう。
たとえそれが対立派閥の大臣への間接的な攻撃であったとしても、俺にとっては好都合だ。
「ミスリルの製造販売も『知らなかったと考えるのが適切だ』と判断されるなら罪に問われません。そういう意味でも、ミスリルの入手経路の開示が潔白の証明になり得ます」
ダンジョンでミスリルを偶然採取した冒険者が、単なる銀だと思って売り払ってしまったものの、罪には問われなかったケースがいくつかある。
判断のポイントは『ミスリルが採れるとは誰も知らない場所だった』とか『ミスリルにしては破格の安さで売った』とか、その辺りだったらしい。
前者はもちろんのこと、超高額で売れる代物を安く売っていたなら、そりゃあ誰だって『知らなかったんだな』と判断するだろう。
「フェリックスさん。もう一つ説明してください。あなた達と一緒にいた小柄な騎士は、明らかに俺を敵視していましたよね。彼も俺が勇者殺しの犯人だと睨んでいるんですか?」
「いえ、ガーネットは個人的な理由からミスリル密売業者を強く嫌悪しています。勇者の未帰還の件とは関係ありません」
なるほど、あの態度はそっちの容疑が原因だったのか。
やはり騎士団全体としては、俺が勇者を殺したとは毛頭考えていないらしい。
「……分かりました。知っていることを全てお話します。正直に言って、自分でも信じられない出来事だったんですけどね……」
覚悟を決めて、これまでの経緯を説明する。
フェリックスは心底驚いた様子だったが、俺の証言を頭ごなしに否定することはしなかった。
「にわかには信じられませんが、それを実証できれば有力な証拠になります。また後日で構いませんので、我々の立ち会いの下で採取をして頂いても構いませんか」
「当分ダンジョンには潜りたくなかったんですけど、背に腹は代えられないですね……分かりました、立ち会いをお願いします」
現場での検証を約束し、礼儀正しく立ち去っていくフェリックスとブラッドフォード。
店の外でガーネットの罵声が聞こえた気がしたが、それもすぐに遠ざかっていった。
「はぁ……とんでもないことになっちまった。あんなところにミスリルがあるなんて想定できるかよ……【解析】も見たことのないモノには対応してないってわけか……?」
まさか、まさかだ。
一月前の出来事がこんな形で牙を剥くなんて。
「勇者の奴……探索のために俺を切り捨てたくせに、未帰還ってどういうことだよ……恨むぞ、ほんと」
~長くなったので今回のお話のまとめ~
王宮「勇者が帰ってこない……何かあったのか?」
ギルド「おいこら。勇者がうちの冒険者を捨てやがったぞ」
王宮「えっ」
大臣「その冒険者が勇者を殺したんだな! ドラゴン殺しの剣もきっと勇者の剣だ!」
ギルド「んなわけあるかふざけんな」
錬金術師「勇者の剣じゃなかったけどミスリル製だったぞ」
大臣「禁制品の密売だ! ミスリル目当てで勇者を殺したんだ! ギルドは黙ってろ!」
王様「おい大臣。お前さっきから調査に干渉しすぎ。いい加減にしろ」
大臣「こ、この説が間違ってたら大人しくします……」
フェリックス「というわけで間違ってる証拠を探しに来ました」
ルーク「勘弁してくれ……」