第16話 ホワイトウルフ商店のとある一日
――あの迷宮『奈落の千年回廊』を脱出し、グリーンホロウ・タウンにたどり着いてから一ヶ月が過ぎた。
最初こそ不安が色々と多かったが、武器屋の経営も順調で、町の住民からもそれなりに受け入れられてきたように思う。
予想外だったのは、やはり冒険者以外の顧客が想像以上に多いことだ。
刃物の購入や修理依頼に来店するケースだけでなく、こちらから出向いて仕事をする場合もある。
そして、今日はこういう依頼が何件か入っている。
定休日を利用して、朝からずっと町の方へ出ずっぱり――そんな一日のエピソード。
「戸締まりよし。さてと、まずは猟師組合の方からだな」
扉と窓の施錠をチェックして、玄関の扉に下げた小さな看板を『
ホワイトウルフ商店の所在地は、グリーンホロウ・タウンの町外れ。
ちょうど最寄りダンジョンの『日時計の森』へ向かう道の途中に位置している。
自分が町へ買い物に行くときは少し不便だが、冒険者をメインターゲットにした武器屋としては悪くない立地だ。
「あっ。ルークさん、おはようございます」
「おはよう、シルヴィア」
宿の店先で開店準備をしていたシルヴィアとすれ違う。
時刻はまだ早朝だが、町は既に目を覚ましていた。
グリーンホロウの主要産業は、狩猟と林業、そして温泉を中心とした接客業。
これらに加えて、最近は『日時計の森』を訪れた新人冒険者向けの商売も盛り上がっている。
農作物は町の住民が食べる分しか作っておらず、むしろ近隣の町から買わないと足りないくらいだという。
税を現金ではなく作物で収めていた時代なら、かなり苦労の多い土地だったのかもしれない。
「ええと、狩猟組合は……こっちか」
手書きの簡素な地図を頼りに、町の一画にある建物に足を運ぶ。
そこでは『猟師』のイメージを絵に描いたような男が、俺の到着を待っていた。
「お、来た来た! 待ってたぜ白狼さんよ!」
「どうも。依頼内容は狩猟道具の【修復】でしたよね」
「ああ。普段は自分達で直してるんだが、たまにはプロにキッチリ手入れして貰おうと思ってな」
案内された小屋には、狩猟に使うと思われる槍や弓矢、無骨な刃物が大量に集められていた。
同じようなことは冒険者時代にも資金稼ぎでやっていた。
万年Eランクだったせいで報酬の高い依頼を受けられなかったので、他の冒険者の武器や道具を【修復】して小銭を稼いでいたのだ。
「組合員の連名での依頼でしたね」
「全員で少しずつ金を出し合ってな。時間掛かりそうか?」
「これくらいなら昼までには終わりますよ」
「んじゃあ頼んだぜ」
というわけで、さっそく作業に取り掛かることにする。
量は多いが【修復】は簡単だ。
普段からの手入れが行き届いているので、蓄積した細かな損傷を直してやるのが主になる。
「(こういう商売道具を任せてもらえるってことは、それなりに信頼されてきたってことか? だったら嬉しいんだけどな)」
そんなことを考えながら、昼前まで黙々と作業を続けたのだった。
狩猟組合での仕事が終わり、今度は町役場からの依頼をこなしに向かう。
目的地は町中ではなく、ホワイトウルフ商店とは逆方向の町外れ。
幾つか存在する山下りルートの一つだ。
荷馬車が通れる幅の山道を歩いていると、崖の下に川が流れる渓谷に行き当たった。
「おー、待ってたよ。こいつを見てくれ」
渓谷の前に集まった群衆の一人が声をかけてくる。
「この前の嵐で橋が落ちちまったんだ。ほら、白狼さんが店にしてる建物がぶっ壊れた嵐だよ。前々から傷んでたんだが、きっつい嵐がトドメになっちまった」
「なるほど……思いっきりぶっ壊れてるな」
橋桁が渓谷に落下していて、川に大きな残骸が散らばっている。
川の流速も水量もさほどではないので、橋の残骸のほとんどは流されずに残っているようだ。
「迂回路があるんで修理の話も先延ばしになっちまってさぁ。立て直すより【修復】してもらった方が早いんじゃないかってことになったんだ」
「事情は町長から聞いてます。橋の残骸が半分は必要だとも伝えましたが……」
「このとおり、引き上げるための人員は集めてきてるよ」
代表の男は渓谷沿いに集まった面々を指さした。
住人が半分に冒険者が半分といったところだ。
地図を見る限り、この橋はグリーンホロウから隣町への最短ルートになっている。
いくら迂回路があるとはいえ、最短ルートが使えるようになって欲しい奴は多いのだろう。
「……ん? サクラじゃないか」
その群衆の中に物凄く見慣れた顔があった。
「私もお手伝いをしようと思いまして。橋が修復されたら私も助かりますし、幸いにも最適なスキルを持っていますから」
サクラは自慢げに胸を叩いた。
そう言えば、サクラがどんなスキルを持っているのか尋ねたことがなかった。
冒険者としてパーティを組むなら最初に確認することだが、今の俺は冒険者稼業を休業中だ。
「じゃあ、まずは残骸を引き上げようか。橋桁の半分もあれば、後は普通の木材で補修できる」
「了解です。私が川に降りるのでロープを投げてください。適当な残骸に結びつけて来ます」
「一人で大丈夫か?」
「はい。引き上げは皆さんにお任せしますね」
サクラは他の面々にそう伝えると、走り出すときのように軽く地面を蹴った。
「――【縮地】っ!」
次の瞬間、サクラの姿が跡形もなく掻き消えた。
「なっ……!」
俺だけでなく町民達も突然のことに驚いでいたが、何人かの冒険者は当たり前のようにその出来事を受け入れているようだった。
それからすぐに、崖下の沢からサクラの声が聞こえてきた。
「ルーク殿! ロープをお願いします!」
「驚いた。高速移動系か?」
「いえ、どちらかというと瞬間移動に近いかと! お話は後でゆっくりと!」
何はともあれ、崩落した橋の【修復】作業を始めることにする。
上から沢にロープを投げ、サクラが手頃なサイズの瓦礫に結びつけて、荷運び用の馬も含めた十数人掛かりで引き上げる。
これはこれで大変な作業だが、一から新造するよりは時間もコストも安上がりなはずだ。
「よし、残骸がこれくらいあったら充分だな」
回収した残骸と用意されていた木材を橋の近くに集め、まとめて【修復】を発動させる。
充分な素材さえあれば後は一瞬だ。
店舗を【修復】したときと同じ目を見張る速度で、木製の橋が新品同様の姿を取り戻す。
「……【修復】完了っと!」
「おおおっ! すげぇ、ピカピカだ!」
「これで遠回りしないで済むぜ!」
作業に参加した群衆が歓声を上げる。
【修復】スキルは何でもかんでも自由に作り出せるスキルではないが、準備さえ整えればこの通り。
感謝と称賛の言葉を投げかけられながら、スキルの【縮地】で戻ってきたサクラに声を掛ける。
「やるじゃないか。そんなスキルも持ってたんだな」
「まだまだ鍛え方が足りていませんが、これくらいならお役に立てますよ」
サクラが言うには、この【縮地】スキルは高速移動ではなく瞬間移動に属するスキルとのことだ。
移動距離や運べる重量はスキルレベルに依存し、本人曰くまだまだ未熟。
せいぜい『相手の顔がはっきり見える程度の距離』かつ『服と装備程度の重さ』までしか運べないらしい。
魔力消費も決して少なくはなく、連発すればすぐに息切れしてしまうのが欠点だという。
「しかしだな……こう言ったらアレだけど、そんなスキルがあるなら、ドラゴン相手でも簡単にはやられなかったんじゃないか?」
「ははは……お恥ずかしいです。先制攻撃で刀が折れたときに、一瞬頭が真っ白になってしまいまして。その隙に少々……」
そんな雑談をしながら、サクラと一緒にグリーンホロウ・タウンの町中まで戻ってきた。
「おっと。私はギルドハウスに用事がありますので、この辺りで失礼します」
「ああ、またな」
サクラと別れ、自宅に向かってグリーンホロウのメインストリートをぶらぶらと歩いていく。
「さてと、今日の依頼はこれで終わりか。シルヴィアのところで飯でも食べて帰るかな」
そう思って進行方向を変えようとした矢先に、鎧姿の三人組が俺を取り囲むように立ち止まった。
冒険者ではない。フルフェイスヘルメットの騎士鎧姿だ。
ご丁寧にシンボルマーク入りの揃いのマントまで羽織っている。
――どう考えても真っ当な用件ではなさそうだ。
俺は厄介事の予感をひしひしと感じながら、先手を打って三人に声を掛けた。
もちろん、そんな用件ではないことは承知の上で。
「どうかしましたか? 武器の発注なら店の方でお願いしますよ」