第15話 異郷の剣舞
さて、作業台の上には刃こぼれ一つない刀が一振りと、宝石のような真紅の鉱石。
やること自体は白銀の剣の場合と変わらない。
それぞれの素材を【分解】して【合成】するだけだ。
問題は、完成品がサクラを満足させられる性能になるかどうかである。
「それじゃ、最初の【合成】比率はどれくらいにしようか。俺としては、一割くらいから始めて調節していくのがいいと思うんだが」
「最初から緋緋色金のみで造ることはできないのですか?」
「ああ、それなんだが……」
サクラの疑問に答えるため、未修復のボロボロのナイフと、修復材料として買った鉄くず入りの籠を手に取る。
「進化しても【修復】は【修復】だからな。ベースになる素材が必要だし、ベースの素材が少なかったら正確な形にならないんだ。例えばほら、こんな風に」
刀身だけのナイフを【分解】して発生した鉄粉を、ひとつまみだけ鉄くずの山に乗せて【修復】を発動させる。
鉄くずの一部を消費して完成したのは、ナイフの刀身とは程遠い、先端がなんとなく尖った程度の鉄の板だった。
「む、なるほど。これでは使い物になりませんね」
サクラはそれを手にとってまじまじと眺めている。
【修復】スキルはあくまで元の形に復元する能力。
白銀の剣がそうであったように原型より優れた形になることはなく、逆に不完全な復元に終わる可能性が存在する。
「大雑把に説明するとだな。【修復】スキルは、道具に宿っている『かつてこういう形をしていた』という記憶を元に【修復】をするんだ。それで、ベースの素材の比率が少ないと、こいつが上手くいかなくなるわけだな」
これ自体は、スキルの進化とは関係ない【修復】スキル自体の特徴だ。
実際は他にも様々な要素が絡むが、今回は関係ないのでサクラへの説明からは割愛した。
なお、スキル使用者はこの『記憶』を把握することはできない。
【分解】の過程と同じく、オートで発動する自動効果の一環である。
「ちなみに、スキルレベルの低い奴なら九割以上は残ってないと厳しいけど、今の俺なら半分も残ってれば確実に直せるぞ。スキルの機能が増えるついでに、本来の機能も強化されたみたいなんだ」
「ですが、やはりこの方法だと緋緋色金のみの刀は造れないのですね……」
露骨にしょぼんとするサクラ。
しかし説明はまだ途中だ。落ち込むにはちょっと早すぎる。
「いいや、できるかもしれないぞ。道具の素材に『形状の記憶』が定着するのを待てばいいんだ」
「と、言いますと?」
「ヒヒイロカネを刀に【合成】させた後に、充分な時間を置いてから【分解】して、刀の素材にしていたヒヒイロカネをベースにヒヒイロカネ鉱石と【合成】させるんだ。こうすれば総ヒヒイロカネ製の刀だって造れるはずだ」
ちょっとややこしいが、順番に考えれば理屈は単純だ。
まず、鉄製の刀とヒヒイロカネを【合成】させる。
次に、そのヒヒイロカネに『刀の形状の記憶』が宿るまで待つ。
そして、刀を【分解】して『記憶』を持つヒヒイロカネを分離させる。
最後に、分離させた『記憶』を持つヒヒイロカネと、新しいヒヒイロカネ鉱石を【合成】して刀を造る。
「(なんつーか、我ながらパズルみたいな裏技だな)」
すぐさまというわけではないが、形状の『記憶』は【修復】で補填した部分にも宿る。
何度も【修復】を繰り返して使われた道具から、最終的に元々の構成物質がなくなったという話もあるくらいだ。
サクラはキョトンとした顔で俺の説明を聞いていたが、やがて喜びに肩を震わせ始めた。
「ほ、本当ですか! 本当の本当に、実現可能なのですね!」
「まだ実証はできてないけどな。今は店の倉庫で、どれくらい寝かせたらいけるのか実験中だ」
この方法を思いついたのは、店の商品を大量に用意しているときだった。
最初は迷宮の壁の金属だけで剣を造る方法として考えたのだが、色々と試すには材料が少なすぎたので、鉄剣と一般的な金属だけで実験をしているところだ。
ダンジョンに潜る気は未だに起こらないが、ダンジョンを活用した商品開発を考えていないわけではない。
冒険者に復帰しないのであれば、なおさらこういう工夫が必要になるはずだ。
「でしたら最速最短でお願いします! 今回は緋緋色金の比率五割で刀を造り、しかるべき後に十割で造り直すということで!」
「い、いいのか? 意外と合金の方が性能高かったりするかもしれないぞ?」
「それでは意味がないのです! やってください!」
どうやら
武器屋として、ここまで言うなら断るわけにはいかないだろう。
これはドラゴン討伐の報奨金を前払いの報酬として受け取った、れっきとした仕事なのだから。
「じゃあ、まずは元の素材とヒヒイロカネを半々でやってみるぞ。スキル発動……【合成】開始」
魔力が素材を包み込み、刀と鉱石が融合していくと同時に、刀本来の素材が破片となって弾き出されていく。
こうして作り出されたヒヒイロカネ合金の刀は、形状こそ元の刀と変わらなかったが――
「――こいつは驚いた」
「わぁっ! 綺麗な色!」
「何と見事な……まさしく桜色ですね……」
俺達は三人揃ってヒヒイロカネの刀身の美しさに見入っていた。
淡い薄紅色の刀身は、白銀の剣とはまた違う輝きをたたえている。
高級な剣は芸術品並の装飾が施されているものだが、この刀はまるで刀身そのものが芸術品のようだ。
「普通の鋼と混ざりあった影響で、元々の緋色が薄まったみたいだな。サクラ、出来栄えの方は問題ないか?」
「素晴らしい……ルーク殿! 試しに店の外で振るってきても構いませんか?」
「構わないけど、そろそろ営業再開の時間だから、他の客の迷惑にならないようにな」
目を輝かせて外に出たサクラの後を追って、俺とシルヴィアも店先に向かう。
外で休憩時間が明けるのを待っていた数名の冒険者が、遠巻きにサクラを眺めていた。
「緋緋色金を用いた道具は熱をよく通し、増幅させると言われています。その性質を発揮すれば、緋緋色金の刀として完成したと言えるはずです」
「なるほど。でもどうやって確かめるんだ」
「私のスキルを使います」
サクラがすっと手を伸ばすと、その指先に小さな火が灯った。
「わっ! 火が!」
「【発火】スキルか」
「はい。まだまだレベルが低いので、直接攻撃に使えるほどではありませんが」
火を扱うスキルは何種類も存在する。
例えば【黒魔法】のような魔法系スキルには、火属性の魔法を習得可能なものが多い。
もっと専門的なスキルとしては【炎術】が代表例だ。
それなりに希少なスキルだが、火を手足のように操ることができる。
【発火】はそれらと比べると珍しくなく、性能もあまり高くはない。
攻撃手段よりも、どこでも使える便利な種火として重宝されるスキルである。
「まずは通常の使い心地から確かめてみましょう」
サクラは薄紅色の刀を構えると、流れるような動きでそれを振るい始めた。
騎士の剣術とはまるで違う。
一太刀ごとに動と静がなめらかに移り変わり、足運びと体捌きは舞い踊るかのよう。
俺達も偶然居合わせた冒険者達も、誰もがサクラの剣舞に目を奪われている。
「――よし、次は火を灯して――」
サクラが舞を続けながら、薄紅色の刀身に指を這わせる。
ヒヒイロカネの刀身に【発火】の火種が注がれ、遠目でも分かるほどの熱と光を帯びる。
その状態で演じられる剣舞は、刀身の軌跡に沿って陽炎の揺らめきを残し、幻想的な流麗さを生み出していた。
やがて薄紅色の刀身の熱が収まり、サクラは剣舞を止めてこちらに向き直った。
「ルーク殿! 何か試し切りの的になるものを投げて頂けませんか」
「えっ! 試し切りか? ……これでいいか? そらっ!」
建物の【修復】のときに余らせていた、拳大の木片を放り投げる。
サクラはヒヒイロカネの刀身に火種を注ぎ直し、目にも留まらぬ速さで刀を振り抜いた。
弧を描く火炎。
切断された木片は瞬く間に燃え上がり、黒焦げになって地面に落ちる。
炎の斬撃はそこで止まらず、刃を離れた『飛ぶ斬撃』と化して地面を一直線に焦がし、軌跡上に濃密な陽炎を揺らめかせた。
「……素晴らしいです、ルーク殿! ありがとうございます!」
俺とシルヴィアだけでなく、現場に居合わせた冒険者達もまた、目の前の光景に驚いて目を丸くした。
その中で、サクラ一人だけが満面の笑みを浮かべている。
同じような攻撃は【炎術】といったスキルでも実現できるかもしれない。
だがそれは裏を返せば、低ランクスキルである【発火】を種火としただけで、上位のスキルに迫る効果を発揮したということ。
【炎術】と【発火】の消費魔力の違いを考えれば、明らかにこちらの方が効率がいい。
しかも、レベルが低いと自称していた【発火】でこれなのだ。
仮に上位スキルの【炎術】スキルや高レベルの【発火】スキルで火を灯したとしたら、一体どれだけの火力が出るというのだろう。
「ヒヒイロカネの刀か……ひょっとして俺、とんでもない代物を造っちまったんじゃないか……?」
頭の中を驚きと戸惑いが埋め尽くす一方で、胸の底から違う感情が湧き上がってくる。
これは高揚感だ。
自分自身の可能性が広がっていることを実感して、心の奥底が興奮に震えているのだ。
「ルーク殿! ヒヒイロカネの原石がまだ残っていますから、次は脇差も加工して頂きたい! これを二本差ししたいのです!」
「ああ、任せとけ!」
今度の返答は、最初に加工を請けたときよりも、ずっと自信に満ち溢れていた気がした。