第14話 緋緋色金(ヒヒイロカネ)
「サクラじゃないか! 戻ってきてたのか!」
「もう、どこ行ってたの!」
シルヴィアは店の入り口まで一目散に走っていくと、嬉しそうに笑いながらサクラの手を取ってぶんぶんと振った。
最初、他の客達は何事かという目で見ていたが、やがて何人かがサクラのことを思い出し、すぐにざわめきが広がっていった。
ドラゴンを倒した東方人の女剣士。
その存在は、グリーンホロウ・タウンの冒険者の多くが知るところだ。
事件の後にやって来た冒険者も噂くらいは耳にしているだろう。
憧れる者。目標とする者。対抗心を抱く者。
冒険者という同業関係にあるせいか、俺以上に様々な感情の籠もった視線を向けられている。
しかし、張本人のサクラはそんな反応など気にも留めず、以前と変わらない様子でこちらに話しかけてきた。
「さっそくで申し訳ありませんが、新しい刀の件でお話をしたいので、お時間を頂けないでしょうか」
「もちろん。もうすぐ昼休憩だから、飯でも食いながら話そうか」
俺の店――ホワイトウルフ商店では昼頃に一時間ほど店を閉めることになっている。
理由はまぁ単純で、店長であり唯一の店員でもある俺が昼飯を食べる時間が必要だからだ。
いつもは春の若葉亭の食堂で済ませるのだが、今日は店舗兼自宅でシルヴィアとサクラの二人と一緒に食卓を囲むことになった。
料理は俺が金を出して食材を買い、シルヴィアが調理してくれたものだ。
「はい、できましたよ。サクラも手伝わせちゃってごめんね」
「開店準備を手伝えなかったのだから、これくらいは当然だとも」
シルヴィアが手慣れた動作で料理を並べ、三人揃ってテーブルに着く。
食事が始まってから最初に会話を切り出したのは、この時間を設けるように求めたサクラ本人だった。
「ルーク殿。開店に立ち会えず申し訳ありません。可能な限り急いだつもりだったのですが、こんな短期間で完成させてしまうのは想定外でして……」
「それはルークさんが凄いからですよ。建物も商品も【修復】スキルであっという間に直しちゃったんですから」
シルヴィアは食事をしながら、積極的にこれまでのことをサクラに語って聞かせている。
正直、俺本人が何か話したりする必要がないくらいだ。
「それにしても、想像していたよりずっと立派な店舗で驚きました。来客も多かったようですし、これなら開店資金分の売上はすぐに達成してしまうのでは?」
「実はねー……ドラゴンを倒したあの剣が、なんと大金貨十枚で売れちゃったの!」
「大金貨っ!?」
サクラは驚きに目を丸くして、ダイニングテーブルに身を乗り出した。
「しかも十枚も! 私なら一生働かずに暮らせる額ではないですか!」
「いや、それは流石に節制しすぎじゃないか?」
小金貨一枚が一つの家族を一ヶ月不自由なく養える額に相当するので、大金貨十枚は百ヶ月分――おおよそ八年分だ。
物凄い大金ではあるが、流石に一生分には足りていない。
一体、サクラはどんな生活ぶりを想定していたのだろう。
「
「テング? まぁ……冒険者っぽくない二人組だったな。貴族か騎士だと思うんだが。サクラが来る直前に出ていったんだけど、すれ違わなかったか?」
タイミング的には出くわしていてもおかしくはないのだが、サクラは首を横に振った。
「いえ、全く気付きませんでした。ようやくルーク殿に刀を作ってもらえるのが楽しみで、あまり周りが見えていなかったのだと思います」
「煽てたって何も出ないぞ」
「事実を言ったまでのことです」
二人が尊敬のこもった眼差しを向けてくる。
正直、これにはなかなか慣れない。
十五年の冒険者生活で、称賛を向けられることがほとんどなかったので、こういう反応に耐性がないのだ。
なので、とりあえず気楽に話せる内容に話題を変えることにする。
「新しい剣はいつ頃造ろうか。例の金属が必要なら、採取に付き合ってもらいたいんだが……」
「ありがとうございます。ですが、私が用意した別の金属を使って頂きたいのです」
「別の素材を?」
「はい。あ、でもその前にお昼ご飯を平らげてしまいましょう!」
サクラは緩みきった顔でシルヴィアの料理を堪能している。
さっきは俺の剣が楽しみだとか言っていたが、本当はこっちの方が楽しみだったんじゃないだろうか。
しかしまぁ、シルヴィアの料理は確かに美味しい。
春の若葉亭には調理担当が数人いると聞いたが、中でもシルヴィアが担当の日が一番うまいように感じる。
「やはり毎日でも食べていたいものですね。そうは思いませんか、ルーク殿」
「ん、そうだな。ここに来る前の食糧事情は最悪だったしな……」
「ルークさんにならいいですよ」
唐突にシルヴィアがそんなことを言い出したので、俺とサクラは揃って目を丸くしてしまった。
「春の若葉亭の出張夕食サービスです。普通はやらないんですけど、ルークさんは特別ですし。安くしておきますよ?」
「ああ、そういう……抜け目がないなぁ」
「おばあちゃん直伝ですから」
正直言って、凄く心が揺れるセールストークだった。
幸いにも懐事情にはたっぷり余裕があるし、忙しいときは頼んでしまおうか。
――そうしているうちに食事が終わり、いよいよ話が本題へと移る。
サクラは片付けが終わったダイニングテーブルに布の包みを置いて、その結び目を解いた。
「こちらがルーク殿に使って頂きたい素材です」
それは赤く輝く未加工の鉱石だった。
見たこともない代物だ。一見すると宝石のようにも思える。
しかし、どうやら金属であることは間違いないようだ。
「私の故郷では『
「ヒヒイロカネ……聞いたことがないな」
「実は、私の旅の目的の一つは、緋緋色金を刀に加工できる者を探すことなんです」
「……? お前の故郷じゃできないのか」
当然の疑問を投げかけると、サクラはこくりと頷いた。
「東方でも加工手段が失伝して久しく、緋緋色金を用いた武具や道具を新造することはできません。西方の錬金術師であればあるいはと期待して訪れたのですが、彼らにも果たせず……」
「……それで、ひとまず誰かに預けて修行の方を優先していたと」
「はい。武者修行が第一の目的でしたので」
そうして偶然にも俺と出会い、スキルによって未知の金属を剣と【合成】したことを知り、ヒヒイロカネでも同じことができるのではと思ったわけか。
確かに仮説としては筋が通っている。
迷宮の壁を構成していた謎金属と同じように、ヒヒイロカネとやらも刀と【合成】させられるかもしれない。
「けど、俺なんかに任せていいのか? 貴重な金属なんだろ」
「ルーク殿の才覚と比べれば、貴重なものではありません。存分に技を振るって頂きたい」
「参ったな……」
どうしても失敗の不安が拭いきれない。
サクラからの俺に対する信頼とは裏腹に、俺は俺自身のことをそこまで信用できていないのだ。
より厳密に言えば、俺という男にそんなことができるとは考えられないという、マイナス方向での信頼があるというか。
つい最近まで【修復】以外に何の取り柄もなかったことの後遺症だ。
【解析】やら【分解】やら【合成】やら、できることが色々増えたにも拘わらず、自己評価がそれに追いついていなかった。
けれど、だからといってこのままにしておくわけにはいかないだろう。
自己評価が低いのなら、それは改善すべき欠点だ。
「……分かった、とにかくやってみよう」
「ありがとうございますっ!」
「失敗しても文句は言うなよ?」
冗談めかしてそう言ってから、俺はリビングの隣の作業台にサクラの刀とヒヒイロカネの鉱石を持っていった。