第13話 大口取引は突然に
「どうもどうも! ドラゴンを殺した剣を売ってるってのは、この店で合ってるのかな?」
その一言で、店内の冒険者達の間に動揺が走った。
「売れていないなら今すぐ買って帰りたいんだけど、構わないかな。もちろん支払いは現金一括さ! ほら、金を出してくれ」
「畏まりました」
飄々とした男の命令を受けて、屈強な男が一歩前に出る。
どうやらこの二人組、屈強な男よりも飄々とした男の方が立場が上らしい。
やはり冒険者……なのだろうか。
ルーキー連中とは明らかに雰囲気と肉体の鍛え方が違う。
もしも高ランク冒険者なのだとしたら、ダンジョン攻略のためではなく、俺の店を訪ねるためにグリーンホロウ・タウンへやって来たのかもしれない。
もちろん、冒険者登録に前歴は問われないので、屈強な低ランク冒険者というパターンもありうる。
例えば傭兵から冒険者に転職したばかりなら、戦争慣れした歴戦のEランク冒険者という代物が生まれたりもするわけだ。
「鋳造所から出荷されたばかりの硬貨を用意してある。是非とも購入させて頂きたい」
屈強な男がマントの下に手をやろうとしたので、まずは商品の現物を見てもらうことにする。
「その剣でしたら、あちらに何本か用意してありますが」
俺は少数生産した白銀の剣のコーナーを指し示した。
しかし、金髪の色男は笑みを浮かべたまま首を横に振った。
「あれは性能を落としたレプリカだろう? ドラゴンを殺した剣そのものが欲しいんだ」
「ああ、いえ。それは売り場に出していないので……」
「記念の品として取っておきたいんだね。うんうん、分かるよその気持ち。だけどこっちも理由があってね。価格交渉をさせてもらえないかな」
すると、屈強な男が無骨な手を懐に突っ込み、眼を見張るほどに大きな金貨をカウンターに置いた。
その金貨が更に一枚、もう一枚と重ねられ、他のコインでは鳴らない重さの音が響く。
店内の冒険者達が、歓声とも悲鳴ともつかない声を上げた。
「(マジかよ……!)」
大金貨。一枚だけでも庶民の一年分の収入に迫る代物が、さも当たり前のように五枚も積み上げられている。
そんな代物を無造作に懐から取り出すなんて、ハッキリ言って尋常じゃない。
もしかしたら、彼らは有力な騎士か貴族、あるいはその使いなのかもしれない。
そのクラスの人間なら大金貨で剣を買うことだってあるだろう。
「(金持ちの騎士や貴族は箔のついた武器を欲しがるっていうしな……これくらいの大金を出してもおかしくはない……のか?)」
だとしたら、断っても大人しく引き下がってくれるだろうか、という根本的な問題がある。
「ふむ。やはりご不満かな。ではこうしよう」
金髪の男の合図で、大柄な男が更に五枚の大金貨を積み上げた。
大金貨が合計十枚だって? あまりの額に目眩がしそうになる。
あの剣の価値として想定していた額はとっくに越えていた。
それとも俺の金銭感覚が庶民じみているだけで、実はこれくらいが適正だったのだろうか。
「ご了承、頂けるかな?」
「……失礼。念の為の確認を」
俺は積み上げられた大金貨の半分を手にとって魔力を流した。
すると表面に刻印された模様が反応し、独特の淡い光を放出し始めた。
――間違いなく本物だ。
ウェストランドの金貨は当然ながら純金ではないが、何をどんな比率で混ぜているのかは国家機密とされている。
その『何か』と表面の刻印を組み合わせることで、未だに破られたことのない偽造防止システムが施されているのだ。
俺が子供の頃は専門家が鑑定しないと断定できなかったが、便利な世の中になったものだ。
「いいでしょう。お売りしますよ」
「ありがとう! いやぁ、話の分かる店主でよかった!」
カウンター裏からその剣を取り出し、金髪の男に手渡す。
男達は白銀の刀身を念入りに確かめてから、満足そうに礼を言って店を出ていこうとした。
俺は思わず、その背中に確認の言葉を投げかけた。
「本当によろしいんですか。大金貨十枚ですよ?」
「もちろん! 僕は僕自身の目を信じているからね。もっと剣としての出来がよくて『純度』が高ければ、今の三倍……いや、五倍は出しても惜しくはない代物さ!」
奇妙な二人組が店を出ていき、扉が閉まったのを見届けて、カウンター裏の椅子に体重を預ける。
「ふぅ……どっと疲れた」
「……ぷはぁ! な、何だったんでしょう、今の人!」
どうやらシルヴィアは、緊張のあまりずっと息を止めていたらしい。
「だ、大金貨ですよルークさん! やっぱり、あの人達も冒険者なんでしょうか!」
「いいや。あんな堅苦しい冒険者はそうそういないな。多分、騎士か貴族の使いってところだ」
シルヴィアは桁違いの大金を前に興奮していて、客の冒険者達もまさかの大口取引に大盛り上がりだ。
たった一振りの剣が大金貨十枚に化けた。
嬉しさよりも驚きが強すぎて、正直かなり現実味がない。
「少なくとも、偉そうにしてた方の目利きは本物だったな」
あの金髪の男は、例の剣が『剣としての出来は最上級とは言えない』ということを簡単に見抜いていた。
剣としての出来がそうなった理由は至って単純。
俺がやったのはあくまで【修復】からの派生だからだ。
例えば、壊れた銅製の鍋に
あの剣もそれと同じ。
素材以外の要素は元々の剣と変わっていないのだ。
――という主旨のことを説明してやると、シルヴィアは分かったような分からなかったような顔で頷いた。
「なるほどー……さっきの人達は只者じゃなかったんですね」
「まぁ……簡単に言うとそうなるな、うん。もしも何かしらのスキルを使ってたなら、ドラゴンを殺した剣だっていうことも確認済みかもしれないな」
むしろ、何の根拠もなしに大金貨を十枚も置いていく方が不自然だろう。
自分がその手のスキルを使えなくても、金持ちなら誰かを雇うなりしているだろうし、ひょっとしたら一緒にいた大柄な男がそうかもしれない。
「とりあえず、こんな大金はちゃんとしまっとかないとな……」
気を取り直して金庫に大金貨をしまいに行こうとした矢先、店の玄関の扉が再び開かれた。
「……いらっしゃい?」
まさか連中が戻ってきたんじゃないだろうなと思って顔を上げる。
しかし、そこにいたのはむしろ歓迎すらしたくなるような来客だった。
「お久しぶりです、ルーク殿」
東方の衣装に身を包んだサクラが、ほがらかな笑顔で玄関に立っていた。