第11話 ようこそホワイトウルフ商店へ
次の日、俺はシルヴィアに案内されて、ギルドハウスから推薦された廃屋に足を運んだ。
山間の町の中でも、更に山寄りの町外れ。
ダンジョン『日時計の森』へ向かう道の途中に、その建物は手付かずのまま打ち捨てられていた。
「これはひどい」
「でしょう?」
思わず率直な反応を漏らしてしまう。
その廃屋は建物としての原型を保っていなかった。
というか、大きな倒木に思いっきり押し潰されていた。
屋根は半分以上が崩壊して吹き抜けになり、壁や床は風雨にさらされて痛みきっている。
「もともと空き家だったんですけど、この前の嵐の落雷で大木が倒れてきて、こんな目も当てられないことに……」
「普通に建て直そうと思ったら、まずは倒木を撤去する必要があるわけか。そりゃ放置もされるわな」
ただし、それはあくまで普通の手段で建て直そうとした場合の話。
俺が実行できる唯一のやり方は、真っ当とは程遠い反則技である。
「物は試しだ。一回やってみるか」
「えっ。やるって、もしかして」
「もちろん【修復】スキルに決まってるだろ。こんなにでかいモノは試したことなかったけど、多分できる気がするんだ」
例のダンジョン――『奈落の千年回廊』を脱出して以降、今まで以上に【修復】スキルが冴えている実感があった。
新しい機能が派生的に生まれただけでなく、本来の修復性能もレベルアップしたように感じるのだ。
「【修復】対象は建物全体、穴埋め用の木材は倒木を【分解】して確保するとして……よし、出力全開、スキル発動! 【修復】開始!」
傷んだ床に手を突いて魔力を注ぎ込む。
崩れかけた建物に魔力の光がくまなく行き渡り、倒木が【分解】されて破損部分を穴埋めする。
刀の【修復】のように一瞬で完了とまではいかないが、目に見える速度で廃屋が元の形を取り戻していく。
「ぐっ……! こいつは流石に……!」
【修復】の規模に比例して魔力消費も跳ね上がり、俺自身が受ける負荷も上がっていた。
しかし、このペースならやり切れる。
俺はそう確信し、更に魔力を注ぎ込んだ。
やがて建物を包む魔力の光が消え、見違えるように復元された内装が目の前に広がった。
「……はぁ、はぁ……どうにか、魔力が尽きる前に終わったな……」
「すごい……本当に元通りになっちゃった……」
「自分でもびっくりだよ。まさかここまでやれるなんて」
額の汗を拭って立ち上がる。
木材で【修復】できる部分は元通りになっている。
後はカーペットなどの調度品や、さっきは【修復】対象に含めなかった家具を直せば完璧だ。
「とりあえず、今日はここまでにしとくかな。まだ体力も戻りきってないし、無理は禁物ってことで」
「じゃあ私、お昼ご飯でも作りますね。キッチン借りてもいいですか?」
シルヴィアは食材の入った袋を持って、建物の奥へぱたぱたと歩いていった。
せっかくなので、シルヴィアの好意に甘えるとしよう。
バラバラになっていた椅子とテーブルを【修復】し、それに腰掛けてシルヴィアが戻ってくるのを待つことにした。
それから数日後。
建物と家具の修復が一通り終わったタイミングで、大きな木箱が何個も送り届けられた。
「ルークさん、これって何なんです?」
シルヴィアが店先に積まれた木箱の前で首を傾げている。
「これか? ギルドハウスに頼んでた商品の材料だよ。最寄りのギルド支部から格安で譲ってもらったんだ」
木箱の一つを開けて中身をチェックする。
刀身が折れた剣。あるいは砕けた刀身の破片。
錆びきった剣。割れた木製の小盾。
ガラクタ同然の武具の残骸が箱いっぱいに詰め込まれている。
「えっ。これってゴ……じゃなくて、壊れてますよね……?」
「まぁ普通はゴミだな。ギルドが冒険者の不用品を下取りした使い古しだ。直すより新品を買った方が早いし性能もいいって判断された不用品だな」
シルヴィアが言葉を選んで避けた表現を、真っ正面から肯定する。
「だけど、俺にとっては宝の山だ」
壊れた剣の一振りを手に取り、折れた刀身の破片を添えて【修復】スキルを発動する。
一瞬のうちに刀身が再構成され、剣が新品同様の輝きを取り戻した。
「ほらな?」
「おおー……!」
開店に必要な初期在庫の問題はこれで解決だ。
この残骸は、冒険者が武具を買い替えた後の不用品を、冒険者ギルドが安価で引き取ったものだ。
鍛冶屋に売るといっても、格安価格でほとんど儲けにはならないので、それよりも少し高い値段で買うと言ったら喜んで譲ってくれた。
量もそれなりにあるので当面は在庫に困らないだろう。
「後は目玉商品も用意しておかないとな」
「目玉商品ですか?」
「ドラゴンを殺した武器ってのを宣伝に使ったわけだから、それと同じタイプの商品を陳列しとかないと、騙された!って思われかねないだろ?」
「あっ、確かにそうですね!」
何事も第一印象が肝心だ。
最初に悪印象を抱かれたら後々まで響いてしまう。
剣の残骸を作業台に置いて、大事にしまっていた小袋を取り出す。
小袋の中身は、ダンジョン『奈落の千年回廊』から脱出するときに【分解】した、迷宮の壁を構成する謎金属の粉末だ。
「えっと、銀色の砂……? 砂鉄みたいな……これがあの剣の材料なんですか?」
「入手経路は企業秘密ってことで。こいつを使ったら剣の強度が跳ね上がるんだ」
サクラの剣の腕は凄まじいものだったが、ドラゴンの鱗は腕の良さだけでは貫けない。
当然ながら、武器の性能も大いに重要になってくる。
迷宮の壁は勇者でも傷一つ与えられなかった。
その構成素材を【合成】された剣が、ドラゴンの鱗を断ち切るほどの強度と切れ味を持つのは、むしろ当然かもしれない。
「スキル発動、【修復】開始――」
ドラゴンを倒したあの武器とよく似た剣が生成されていく。
こいつを何振りか作っておけば、冒険者達が期待する品揃えを用意できるだろう。
売り切れてしまったときは……もう一度、あの迷宮に潜って材料を調達するかどうかは、そのときになってから考えるとしよう。
「おーい、兄ちゃん! 看板はここに取り付けりゃいいか?」
「はい、そこでお願いします」
それから更に数日後。
町の職人に注文していた店の看板が完成し、遂に店先に掲げられるときが来た。
看板以外の開店準備はもう既に完了している。
周囲には駆け出しの冒険者達が集まり、営業開始の宣言を今か今かと待ち受けていた。
「ホワイトウルフ商店……これがルークさんのお店の名前なんですね」
シルヴィアが俺の隣で看板を見上げながらしみじみと呟いた。
開店準備を進めている間、シルヴィアにはずいぶん世話になった。
建物の修理や商品の用意は全て俺一人で済ませたけれど、その間の食事は全て彼女に用意してもらっていた。
もちろん材料費と心ばかりの手間賃は支払っているが、面倒をかけてしまったことに変わりはない。
店の経営が軌道に乗ったら改めて礼をしなければ。
「ルークさんの故郷から取ったんですか? 確か白狼の森の出身だって……」
「ああ。他にいい名前も思いつかなかったからな」
白狼の森――もう十五年も帰っていない生まれ故郷。
故郷が懐かしくなったから付けた店名ではなく、単に普段の名乗りで使っている名前を使おうと考えただけだ。
『白狼の森のルーク』が経営するホワイトウルフ商店。
これほど覚えやすい組み合わせはないだろう。
「いい名前だと思います。それにしても、せっかくの開店記念日なんだし、サクラもいたらよかったのに」
「そういえば、ここ最近はずっと見かけないな。よその町で仕事でもしてるのか」
「『知り合いに預けた大事な物を取りに行く』って言ってましたよ」
ギルドハウスでの一件の翌日から、何故かサクラの姿を見かけない日々が続いていた。
冒険者の仕事に励んでいると思って勝手に納得していたが、どうやら別の用事があったらしい。
サクラがドラゴン討伐の報奨金を譲ってくれたおかげで、余裕を持って準備を済ませることができた。
なのでシルヴィアが言う通り、サクラにもこの場に立ち会って欲しかったという思いはある。
けれど、彼女にも彼女なりの事情があるはずだ。
感謝はまた別の機会に改めて伝えよう。
「よぅし! 兄ちゃん、看板はバッチリだぜ」
「ありがとうございます」
看板を付け終えた職人がハシゴから降りてくる。
これで準備は全て完了だ。
店の玄関の扉を開き、開店を待ちかねている駆け出し冒険者達へ振り返る。
「ようこそ、本日開店のホワイトウルフ商店へ!」
ひとまず武器屋開店までこぎつけました。
一つの節目ではありますが、もちろん連載はまだまだ続きます。
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