第10話 転職宣言は注目の中で
「はい。冒険者登録の申請書類、確かに受理しましたよ。一応、基本的なことの説明をしておくね。規則だから知ってても聞かなきゃダメだよ」
マリーダはサクラから申請用紙を受け取って、登録申請の次の段階に話を進めた。
「ぜひお願いします」
「素直で結構。それじゃ、まずは冒険者のランク制について。冒険者ランクはFからAの六段階で、誰でもFランクからスタートするの」
これは冒険者になった者なら誰もが聞かされる説明だ。
「Fランクは見習いだからダンジョンアタックは禁止で、簡単な依頼を数回こなしたらEランクに昇格。だからEランクが事実上の最低ランクね」
「戦闘能力が高くてもダンジョンには挑めないのですか」
「うん。あくまで『ギルドメンバーとしての基礎』を学ぶ期間だから。手続きの仕方を勉強したり、施設の使い方を覚えたり、そういうのだよ」
真面目さに欠けた口調のマリーダとは反対に、サクラは真剣に説明を聞いている。
「でもEから先のランクアップ基準は、能力やら功績やらをギルドが総合的に判断云々なんで、明確にこうだって言えないのよね」
「ランクアップにはどのような恩恵があるのですか?」
「おっ。積極的な質問、いいね。ランクが上がれば受けられる依頼も増えるし、挑戦できるダンジョンも増えるのさ」
マリーダは片手の指を五本とも広げてひらひらと振った。
「ダンジョンもEからAの五段階のランクに分かれてて、冒険者ランクと同じかそれ以下のダンジョンまでしか許可されないんだよ」
それを聞いて、サクラは不思議そうに眉をひそめた。
「人知れずダンジョンに入ることも可能なのでは? 許可制の意味はあるのでしょうか」
「高ランクのとこはキッチリ見張ってるみたいよ。うちの近所みたいな低ランクはどこもガバガバらしいけど」
「むぅ……」
どうもサクラはこのシステムに納得できていないようだ。
マリーダの説明にも不備があったので、横から口を挟んで補足を入れることにする。
「ギルドに申請してからダンジョンに入れば、万が一のことがあってもある程度の補償を受けられるんだ。適切なランクじゃないと申請が通らないし、無許可で入れば補償はナシ……って仕組みだな」
「なるほど、そういう制度でしたか」
「ちなみにパーティで挑戦する場合は、リーダーのランクに見合ったダンジョンに挑戦できることになってるぞ」
全てのダンジョンの出入り口を常に監視するのは不可能なので、こういう自己責任方式をとっているわけだ。
「お兄さん詳しいねぇ。ひょっとしてベテランさん?」
「年数だけはな。ギルドハウスの受付ならこのシステムもちゃんと知って……と思ったけど、ここはEランクしかないんだったか」
根本的なことを思い出し、俺は何気なく周囲を見渡した。
グリーンホロウ・タウンの最寄りダンジョンは、Eランクの『日時計の森』ただ一つ。
集まっている冒険者はEランクの駆け出しがほとんどである。
もちろんDランク以上も挑戦できるのだが、装備の貧弱さからすると、ほぼ全員がEランクのようだ。
「あー……うん、んーっと……」
マリーダはサクラが記入した申請用紙に視線を落とすと、何やら妙なリアクションをみせた。
「……? 記入漏れでもありましたか」
「いやそうじゃなくってね。ひょっとしてさ。シルヴィアが言ってた、第五階層に出てきたドラゴンをぶった斬った人って、君のこと?」
「ええ、それが何か」
次の瞬間、酒場の中にどよめきが走った。
新人冒険者達が驚きの表情を揃ってこちらに向けてくる。
「あれ? ねぇマリーダ、私、名前教えてなかったっけ」
「聞いてないよ? シルヴィアんとこのお客さんとしか」
「……あれぇー」
どうやらシルヴィアは、誰がドラゴンを倒したのかについての正確な情報を、マリーダに伝えていなかったらしい。
あの時点でサクラは冒険者ではなく、冒険者になる意志もなかったから、冒険者ギルドに名前を伝えなかったことはミスでも何でもない。
ギルドとしてはドラゴンの出現と討伐の事実さえ分かれば充分で、それ以上は副次的な情報だ。
倒したのがどこの誰だろうと、冒険者でないなら冒険者ギルドの仕事の対象外だし、冒険者なら自分から名乗らなかった奴に問題がある。
ちなみに俺は、ドラゴン討伐に間接的とはいえ関わったことについて、サクラの手続きの後で報告する予定でいた。
「いやぁ、それにしても凄いなぁ。どこから飛んできたドラゴンか知らないけど、そんなのが居座ってたら新人達が逃げていなくなっちゃうところだったよ。まぁ、ドラゴンが出た!って話だけで一割くらいは逃げちゃったんだけどね」
マリーダはニコニコと満面の笑みを浮かべている。
逃げたのが一割で済んだなら御の字だろう。
ひょっとしたら、彼らはドラゴンの死体から金目の物を剥げるかも、という期待で踏みとどまったのかもしれない。
ダンジョンの環境は地上とは違うから、生物の死体は長くは残らない。
発光苔が行き倒れた冒険者を魔力的な作用で分解して栄養にしていたように、魔力を帯びた植物が積極的に栄養に変えてしまうからだ。
なので、骨や牙などの分解されない部分以外が欲しければ、ビビって逃げている場合ではないし、残りやすい部位だって早い者勝ちになる。
ちなみに、自分で死体を回収するつもりは、少なくとも今はなかった。
開放型とはいえダンジョンに潜れる精神状態ではないし、ルーキー達の懐が温まるなら無駄にもならないだろう。
「支部に報告したら間違いなく報奨金とか出るよ。手続きしとくね」
「私などまだ未熟者です。あの竜を倒せたのも、こちらのルーク殿が作った剣があったからこそなのですから」
「へぇ! それなら報奨金は仲良く半分ずつかな?」
どよめきが更に激しくなり、俺にまで冒険者達の視線が降り注ぐ。
当然の反応だ。
予定とは違う流れだが、遅かれ早かれこうなっていただろう。
大型種のドラゴンを斬り殺したとなれば、達成した本人だけでなく武器の製作者も注目を集めることになる。
普通なら名誉として受け止めるべきことなのだが……。
「(いまいち実感がないというか、自分でも何が何だか分からないというか……)」
ドラゴンを倒した剣は、何の前触れもなく身についた能力の産物だ。
それが注目を浴びても素直に喜ぶのは難しい。
「(……だけど、有効活用しない手はないよな。手段を選んでいられるほど恵まれた立場じゃないんだ)」
ルーキー達の注目が集まっている間に、俺はカウンターに手を突いて、サクラとマリーダの間に割って入った。
「ちょっといいか? 実は冒険者を休業しようと思っていて、次の仕事先を相談したかったんだが――この町で『武器屋』が開けそうな場所はないかな」
そこら中から息を呑む気配が伝わってくる。
これから装備を整えていく新人冒険者にしてみれば、決して聞き逃がせる情報ではないはずだ。
ドラゴンを倒した武器の製作者が、この町で武器屋を開きたいと宣言したのだから。
たとえドラゴン殺しの武器が高くて買えなくても、同じ人間の手で生み出された武器なら充分に魅力的だ――皆そう考えているに違いない。
「グリーンホロウを一通り見て回ったけど、冒険者向けの武器屋はまだないんだろ。だったらちょうどいいんじゃないか?」
「うーん、それはそうだけど……宿屋も温泉客向けの奴ばっかりなくらいだし……武器屋にできそうな建物……あったかなぁ、なかったかなぁ……」
マリーダは困り顔で、俺と冒険者達を交互に見やった。
即答できる案件ではないが、新人達の期待の眼差しを見ると否定もできないといったところか。
まともな装備を身に着けていない彼らが、薬草採集で資金を集めた後で購入したがる物。
それは武器だ。本格的な依頼をこなしていくための戦力だ。
しかし、この町にはまだ武器屋と呼べるものがない。
初めての武器の購入は次の町までお預けになってしまう。
まさしく、シルヴィアの祖母が言っていたという『スキマ需要は狙い目』の実例だ。
「建物を買い取る資金が必要なら、俺の分の報奨金をあててくれ」
「お金じゃなくってね。心当たりはあるんだけど、凄まじくボロボロなのよね。廃墟というか廃屋というか」
「なんだ、それなら大丈夫。【修復】は得意中の得意だからな」
これだけは自信を持って言い切れる。
俺が唯一誇ることができる得意分野なのだから。
「え……? マリーダ、もしかして心当たりって、町外れのアレのこと?」
新人冒険者達が歓声を上げ、今日から金を貯めなければと騒ぐのを背に、シルヴィアがマリーダの耳元に顔を寄せる。
「そう、アレ。いつまでも放っとくわけにはいかないし、ギルドハウス名義で町長に相談してみよっかなって」
「いやいやいやいや、アレはさすがにダメじゃない……?」
シルヴィアは心底不安そうだが、俺なら大丈夫だ。
多分、きっと、恐らく。まぁ、ちょっとは覚悟しておこう。
「ルーク殿! でしたら私の報奨金の取り分もお使いください!」
唐突に、サクラがそんなことを言い出した。
「気にするなよ。金欠なんだろ。自分のために取っておけって」
「路銀は冒険者としての働きで稼ぐと決めました。報奨金が出るのでしたら、全てルーク殿がお使いください」
この感じ、俺が何を言っても折れそうにない雰囲気だ。
もしかして、冒険者活動で稼ぐのも修行の一環とか考えているんじゃないだろうか。
「けどなぁ……」
「ご迷惑ですか? でしたら『前払い』ということにいたしましょう」
「前払い? 何のだ?」
「当面の【修復】費用です。それと、できれば私にも、ドラゴンを倒したあの剣のような刀を作っていただきたいのです」
なるほど、そういう名目なら納得だ。
貧乏修行者から理由もなく譲られるのは気が引けるが、報酬の一括前払いなら心情的にも受け入れやすい。
「よし、契約成立だな。サクラが俺の顧客第一号だ」
「はいっ! よろしくお願いします!」
かくして俺は冒険者稼業を休業し、武器屋としての第二の人生を模索し始めたのだった。
説明することが多くてちょっと長くなってしまいました。
そろそろ武器屋の開業です。