第8話 刀剣修復――これが一番の得意分野
朝食を終えたので、サクラの刀を直すために宿の部屋に戻る。
作業場所は別にどこでも問題ないのだが、なるべく人目につかないところがいい。
これは至って個人的な理由で、周りがうるさいと集中できないタイプなのだ。
「私も見学していいですか?」
「見学? 別に構わないけど、面白いもんじゃないと思うぞ」
何に興味を惹かれたのか分からないが、シルヴィアも修復作業に同席することになった。
狭い部屋で若い少女二人といい年をした男が一人――
字面だけ見ると誤解を受けそうなシチュエーションである。
もちろん、変な気は起こしたりしない。
この状況でそんなことを考えるような性格ではないし、血迷ったとしても軽く返り討ちにあうのがオチだ。
謎のパワーアップを遂げたとはいえ、【修復】スキルしか使えない男の弱さを甘く見てはいけない。
「用件は刀の【修復】だったな。さっそくだけど現物を見せてくれ」
「はい。お願い致します」
サクラは真っ二つに折れた刀をテーブルに置いた。
切っ先の側と柄の側、きっちり全部揃っている。
これなら問題なく【修復】できそうだ。
「じゃあ、さっそく。……っ!?」
刀身に指で触れた瞬間、情報の塊が頭の中に飛び込んできた。
この刀の現在の状態、発揮できる性能。
この刀の本来の構造、与えられた性質。
五感では分からないことが手に取るように理解できた。
「(確か、これと同じ感覚が前にも……そうだ、迷宮を抜けて果物を食べようとしたら、触っただけで中身が腐ってると分かったんだ……)」
もしかしたら、これも変質した【修復】スキルの効果なのかもしれない。
呼び名を付けるなら【解析】あたりか。
修復対象の状態を【解析】し、破損部分と修復素材を【分解】し、それらを【合成】することで【修復】を完了する――
やはり、本来ならフルオートで実行される【修復】スキルの工程が、独立した能力に進化したと考えるのが一番納得できる。
「ルーク殿? どうかなさいましたか」
「いや……何でもない。それより、この刀って何度か【修復】スキルで直されてるよな。ひょっとして鍛冶屋の格安サービスで【修復】してもらったんじゃないか?」
俺がそう尋ねると、サクラは驚いた顔をした。
「何と! そんなことまで分かるのですか!? やはりその道の達人に隠し事はできませんね……!」
「大袈裟だな。達人ってほどじゃないぞ」
一応、誤解の元になりそうなところは訂正しておく。
「んじゃ、ちょっと待ってろよ。スキル発動、【修復】開始!」
刀身に魔力が流れ込み、内部構造を本来の形に復元していく。
数秒後、サクラの刀は見違えるような輝きを放つようになった。
「これでよしっと」
「え、もう終わったのですか!?」
サクラは驚きに目を丸くしている。
「これまでに依頼した修復師は、刃こぼれ一つにも長い時間を掛けておりましたが……」
「スキルレベルが低かったんだろ。レベルが違うと、直るまでの時間と【修復】の精度が相当変わってくるからな」
俺が冒険者としてパーティの役に立とうと思ったら、スキルを問わない雑用か、装備の【修復】担当として頑張るしかなかった。
まとまった活動資金を得るために、他の冒険者からの【修復】依頼を一日に何十件も受けまくったことすらある。
その結果、俺は【修復】スキルの練度だけに限れば、それなりのレベルに達していたのだった。
……だがそれでも、冒険者としての評価は低いままだった。
いくら【修復】の実力が高くても、それ以外は雑用しかできないようなら足手まといになってしまうからだ。
「武者修行中だから経済的にキツいんだろうけど、装備のメンテナンスには金を掛けなきゃ駄目だぞ」
「は……はい。路銀が限られているので、どうしても安価な職人に依頼を……」
「気持ちは分かるけど。真っ二つに折れた原因は、雑な【修復】が積み重なって強度が落ちてたせいなんだからな」
「……面目ございません」
ちょっと説教っぽくなってしまったが、命に関わることだから無視はできない。
【修復】を軽く考えて命を落としてしまう奴は、冒険者業界でも珍しくない。
初心者よりもむしろ、本人のスキルが成長して一人前になってからが危ない。
鍛えたスキルを駆使して活躍することが楽しくなり、装備の手入れという基礎を怠ってしまうのだ。
腕自慢の若い冒険者が、こういうところから身の破滅を招いたケースを幾つも知っている。
サクラも放っておいたらそいつらと同じ末路をたどりかねない。
だからこそ、嫌な奴だと思われても構わないので、口うるさく忠告をしているわけだ。
「ルークさん。どうして他の人達は【修復】スキルを鍛えてないんでしょうね。一瞬で直るならすっごく便利だと思うんですけど」
横から見学していたシルヴィアが、素朴な態度でそんな質問を投げかけてきた。
まぁ、ごく当たり前の疑問だ。
俺も駆け出しの頃はそう思っていた。
「説明する前に確認しておくけど、シルヴィアはスキルのことについてどこまで知ってるんだ?」
「ええと、自分の職業に関わる神殿にお願いして、神様から授けてもらう能力ですよね? 私も家庭円満の女神様の神殿で、宿屋の仕事で役立つスキルを何個か貰ってます」
当然だが、シルヴィアも複数のスキルを持っているらしい。
【修復】しか身につけられなかった自分が、下から数えたほうが早い存在だったのだと、改めて実感させられてしまう。
「……そのとおり。無関係な神様からは何も貰えないし、どんなスキルを授かるのかは神のみぞ知るって奴だ。最悪、同じ仕事を十年以上続けても一つしか貰えないこともある」
具体的には俺のことだ。
冒険者を守護する神殿に加護の授与を頼んでも、与えられたのは【修復】だけ。
その後も、いくら経っても追加のスキルを与えられることはなかった。
「当然、授かるスキルの候補は神様ごとに違う。だけど【修復】は多くの神様から貰える可能性がある『基本スキル』なんだ」
「そうなんですか? どうしてなんでしょう」
「聞いた話だと、どんな仕事でも商売道具を【修復】する必要があるからだとさ」
例外は道具を重視しない仕事くらいのものだろう。
一例としては、歌を専門的に司る神様の神殿では【修復】を授かる可能性がないらしい。
逆に、芸術全般を広く浅く担当する神様からは授かりやすいそうだ。
もちろん、信者の全員が【修復】スキルを授かるのではなく、全ては神様次第なのだが。
「本題に戻るぞ。他の連中がわざわざ【修復】スキルを鍛えない理由は単純明快。仕事で使うメインのスキルが別にあるからだ」
「なるほどー……仕事に使う方を優先して鍛えちゃうんですね」
シルヴィアは納得顔で深く頷いた。
「【修復】スキルは初期レベルでも最低限の性能があるから、道具が壊れたときだけに使って、傷みが激しくなったら買い換えるのが一般的だな」
スキルを持っていない奴も同業者に頼めば事足りる。職人達は横の繋がりが強固なのだ。
ただし、これは職人の商売道具などの話。
武器は破損しやすく、頻繁に【修復】が必要になるので、普通の道具よりもずっと早くダメになってしまう。
「【修復】を専門的にやってる奴はめったにいなくて、金を取って【修復】してる連中の大部分は、鍛冶屋とかの職人の副業だ」
「しかしながら、彼らの【修復】はスキルレベルが低く、それゆえに安価で低品質だった……ということですね」
サクラも俺の説明を理解してくれているようだ。
だが、シルヴィアのようにすっきりした顔ではなく、何やら悩んでいるように見える。
「ならば、見事な【修復】をしてくださったルーク殿には、相応の対価を支払うべきなのでしょう。修行中の身ゆえ金銭はあまり持ち歩いておりませんが……」
俺は財布を開こうとするサクラを止めて、首を横に振った。
サクラが取り出した財布は、見るからに中身が少なそうだった。
金貨どころか銀貨が入っているかどうかも怪しい。あの重量感では銅貨が関の山だろう。
「そりゃ仕事となれば金は貰うけど、君がいなかったら俺の方が餌になってたんだしな。今回はそのお礼ってことでタダにしとくよ。次の機会があったら。そのときはよろしくな」
一歩間違えば、ダンジョンを抜け出した直後にドラゴンと出くわして、一口で食い殺されていただろう。
サクラは俺に感謝の念を抱いているらしいが、俺だってサクラには恩を感じているのだ。
「あ、ありがとうございます!」
ようやく、サクラが年相応の少女らしい笑顔を浮かべた。
妙に張り詰めた顔よりはこういう表情の方が似合うな――俺は漠然とそんなことを思った。
まぁ、食事のときの緩みきった顔は、ちょっと行き過ぎではあったけれど。