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 5月30日に掲載した「自治会は今」へ届いた一通の手紙から、自治会と寄付金について再び考えます。寄付をするかしないかは個人の自由。地域として募金に応じようとすると、みなが納得する自由の確保と、負担の重さのせめぎ合いになるようです。寄付の自由をめぐり大きな議論を呼んだ自治会を訪ね、お金を募る側の事情も聴きました。

 5月のフォーラム面で、自治会の運営改善の取り組みとして、集めた会費から寄付金に一定額を回す際に「寄付分は払わない」という選択肢を設けて、住民の意思確認をしている例を紹介しました。これに対し、「任意性を確保しています、という言い訳にすぎない」という手紙が来ました。送り主の男性(74)は、自治会費から寄付金を出す方式に異を唱えて自治会を脱会したといいます。詳しく聞くために訪ねました。

 埼玉県内の私鉄沿線に造成された住宅街。百数十戸の自治会は、できて10年足らずです。ずっと、年会費の2400円とは別に、赤い羽根共同募金などの寄付金を自治会の「班長」が戸別に集めていました。しかし、集める方も出す方も負担が大きいという意見が強まって、別の方法にすることに。封筒を回す、集金箱を設けるといった方法も検討されましたが、会費から直接出すことに決まりました。

 この自治会では毎年、会費からの繰越金が発生していました。さしあたり、これを元手とすることにしたそうです。自治会執行部は、過去の寄付集めの実績から「1戸あたりの寄付金額」を算定。寄付を希望しない場合はその分を返金することにしました。昨年、この新しい方法に移行しましたが、返金希望は1戸もなかったそうです。

 「寄付が嫌だと言うと角が立つ。多少問題だと感じても、あえて返金を申し出る人は極めてまれです」と男性は話し、この方法では「強制性」はぬぐえないと言います。一方、自治会費は据え置かれたため、従来と同じ金額で寄付までできる、と歓迎する声もあるそうです。

 自治会の強制的な寄付集めは最高裁の決定の精神に反する、と自治会の総会などで男性が反対を訴えましたが、受け入れられませんでした。

 男性は自治会の役割は大事だと思っています。「高齢化で地域の結びつきがますます頼りになります。だからこそ、たくさんの人が快く協力できるようにしないといけないのでは」と話します。

 今回の方式は実質、住民アンケートの多数意見をもとに決められましたが、男性は議論が尽くされていないと感じます。総会などで意見を述べる男性には、応援する声も届いたそうです。しかし結局、寄付金の集め方を理由にこの春、男性は自治会を脱会しました。(村上研志)

訴訟で「任意」鮮明に

 自治会費に寄付金を自動的に上乗せして集めることは思想、信条の自由を侵害する、と広く知られるようになったのは、滋賀県甲賀市にある希望ケ丘自治会の会員5人が起こした裁判からです。2006年に提訴しました。

 希望ケ丘自治会は約1千世帯。40年ほど前に開発された団地で、大阪や京都に通勤、通学する人も多いそうです。原告の1人で元自治会役員の高橋進さん(66)に当時の資料をもとに、経緯を聞いてみました。

 高橋さんによると、もともとは会員が輪番で担う組長が中心となり、戸別に訪ねて寄付金を集めていました。赤い羽根共同募金や市社会福祉協議会の会費、小学校教育後援会会費など7種類あったそうです。協力するかどうかは任意で、断る会員や不在で集められないケースも多く、集金業務が負担だとの声があがったと言います。

 自治会は組長らの負担を減らすため05年3月、寄付金を会費として徴収する議案を定期総会に提出しました。賛否が対立し、いったんは継続審議になりましたが、1年後の総会では、賛成多数で可決されました。自治会費を年6千円から8千円に増やし、増額分をそのまま寄付に充てると決まりました。

 会費改定について会員に報告する文書には、「(定期総会で)民主的に決定した」「改定は月額約170円」、そして他の自治会より募金額は少ないという趣旨のことが書かれていました。

 「寄付の強制はおかしい」と、増額分2千円の支払いを拒んだ高橋さんたちは、自治会の退会を迫られたそうです。そこで06年4月、会費値上げの決議は無効で、値上げ分の支払い義務がないことを求め大津地裁に提訴しました。「寄付するかどうかは個人の自由な意思に委ねられるべきで、強制的な徴収は憲法の思想良心の自由に反する」「自治会は地縁団体で、正当な理由がない限り区域に住所を有する個人の加入を拒んではならず、退会すると生活上の大きな不利益が生じ、憲法の居住の自由に反する」などと主張しました。

 大津地裁は「私人間の問題で直ちに憲法違反にはならない。徴収には合理性がある」として高橋さんたちの請求を却下。高橋さんたちは控訴しました。大阪高裁は07年8月、「(自治会の)決議は思想、信条の自由を侵害し、公序良俗に反する」と一審判決を取り消し、決議を無効とする判決を言い渡しました。この判決は、最高裁の上告棄却決定により08年4月、確定しました。

 この年、自治会費は再び年6千円に引き下げられ、寄付金や募金は自治会費を集める時に、会員が自由意思で託すことになりました。

 会員によると、現在もこの方法がとられています。60代の女性は「どの組織に寄付すべきかを考え、選べるスタイルに戻ってよかった」。80代の男性は「集金する組長らの負担があるかもしれないが、回り持ちの仕事なのでお互い様だと思う」と考えています。

 高橋さんは訴訟を通じて、寄付や募金が任意ということが鮮明になりよかったと感じています。「自治会の運営方法でおかしいと思うことがあるなら、まず声を上げるのが大切。発言すれば、賛同者も見つかるかもしれない。改善のチャンスが生まれる」と話しています。(北村有樹子)

赤い羽根募金、7割が自治会経由

 自治会を通じた寄付金や会費集めは、社会福祉協議会や共同募金会(共募)、日本赤十字社などが行っています。社協の会費は収入に占める割合がわずかですが、赤い羽根共同募金でみると、自治会経由で各世帯から集める「戸別募金」が72%に上っています(2014年)。日赤の場合も、社費(会費)と寄付金を合わせた社資収入のうち6~7割が自治会からです。

 でも、自治会の班長や組長が各世帯を回って直接集める方法では強制的だとの反発が生まれ、集める側にも負担がかかります。中央共同募金会(東京)が1964年に実施した世論調査では、自治会による「一括寄付」で集められていると回答した人が26%いました。

 しかし、「一括」だと寄付の任意性に疑問が残ります。80年代以降は各世帯に封筒を配って任意の金額を入れてもらう「封筒募金」が一部で行われるようになりましたが、封筒の配布と回収の2度、各世帯を回る必要もあって広がりませんでした。

 「一括寄付」をめぐっては、08年に最高裁の決定が出た後、全国社会福祉協議会は、住民の自発的な意思を尊重するよう求めつつ、「各自治会で承認された方法であれば一括して集める方法に問題はない」と各都道府県社協などに伝えました。中央共募も、同様の通知を各都道府県の共募に出しています。

 そんな中、赤い羽根への募金は95年の179億円から14年には136億円に減りました。約15年前には寄付する地域や目的を自分で選べるネット寄付を導入しましたが、金額は年間1千万円強で、約100億円の戸別募金には到底及びません。企業への働きかけ強化も始めたばかり。担当者も「現状では戸別募金がないと成り立たない」と悩ましげです。(大塚晶)

待ち構える任意性の問題

 取材した埼玉県の男性は「自治会の会長たちを糾弾したいわけじゃありません」と、もどかしそうに話しました。これまでの会費の範囲内で寄付もできる利便性は分かるものの、「最高裁の決定に反する」という信は通したい。強制性をめぐる議論はかみ合わず、脱会を選ぶに至りました。

 たいていの人は、できることなら善行をしたいと思うでしょう。それを拒む人と思われたくもない。そんな人々の情に寄りかかる仕組みに、自治会の寄付集めはなっていないでしょうか。自治会のあり方について考え続ける角には、任意性の問題が待ち構えます。こうした問題、課題を、これからも考えていきます。(村上研志)

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