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「コロナで加速する産業構造転換と『脱炭素社会』」(視点・論点)

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京都大学 教授 諸富 徹

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本日は、いまコロナ禍で経済にどのような変化が起きているのか、その変化のなかに、新しい経済・産業構造への萌芽をどのように見出すことができるのかについて、お話ししたいと思います。

 まず日本経済ですが、このたびのコロナ禍の影響を受けて大きく落ち込みました。

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内閣府によれば、今年4月から6月までのGDP(国内総生産)は、前の3か月と比べて年率換算でマイナス28.1%と、リーマンショック時を超える大きな落ち込みとなりました。

 日本でも、様々な業種がコロナ禍で大きな打撃を受けています。こうしたなか、GAFAをはじめとするデジタル大手企業は、グーグルの持ち株会社のアルファベットこそ微減となったものの、多くは業績を伸ばしています。

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とりわけアマゾンは、いわゆる「巣ごもり消費」の恩恵を受けて大きく売り上げを伸ばしました。日本企業についても、デジタル化への対応の巧拙で業績に明暗が分かれているとの指摘がなされています。

 コロナ禍で、これまでのビジネスのあり方は大きく変化し、感染症対策として「非対面」、「非接触」が求められるようになりました。それを可能にするデジタル化への対応の巧拙が、明暗の分かれ目となったのです。
 実は、コロナ禍下の影響を受ける以前から、資本主義経済のあり方は変化を始めていました。具体的には1980年代以降、それまでの製造業中心のモノづくりから、サービス産業、知識集約型産業、そして無形資産を中心とした産業構造への転換が起きていたのです。実は、1990年代以降に、情報通信技術(ICT)とデジタルサービス産業が台頭、投資、労働、そして消費に至るまで、「資本主義の非物質化」とも呼べる変化が進行していました。こうした変化の中で鍛え上げられてきたデジタル技術が今回、「非対面」、「非接触」で物事を進めることを可能にしているといえます。
コロナ禍は、こうした変化を一挙に前倒しし、日本の産業構造の転換を加速させると考えます。それは、なぜでしょうか。例えば、紙・パルプ産業を例にとりましょう。コロナ禍で、イベントの中止等による紙需要の大幅な落ち込みに加えて、在宅勤務への移行でオフィスの紙需要が大幅に落ち込みました。今後も、デジタル化や在宅勤務の定着で、紙需要はもはや元には戻らないと考えるべきでしょう。
 このことは短期的には紙・パルプ産業にとって打撃ですが、いずれ、経済構造の変化で紙需要は長期的に減少すると予想されていました。それがコロナ禍で前倒しになったのです。他方で、紙がオンラインで代替されることで、資源が節約されるほか、オンライン上での文書決済や本人認証の仕組みなど、紙を代替する「非対面」、「非接触」型の新しいビジネスが生まれています。紙・パルプ産業自身も、手をこまねいているわけではなく、転身を図っています。
 つまり、個別の産業にとっては打撃であっても、それをきっかけに経済全体としては新しい産業が生まれ、成長していくことで、一国の経済全体としては新たな発展を遂げていくわけです。
 同じことは、同様に時代のキーワードである「脱炭素」についても当てはまります。

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このグラフは、2016年度の日本の温室効果ガス排出の業種別比率を示しています。紙・パルプ産業は温室効果ガスの大量排出業種で5番目に大きな比率を占めていることが分かります。逆にいえば、紙・パルプ生産が減少することは、温室効果ガス排出の減少につながるのです。

 以前ならば、温室効果ガス排出の削減は、産業への打撃を意味し、「環境か経済/産業か」というトレードオフの議論に陥っていました。しかし、経済のデジタル化が進展するなかで、先ほどの紙パルプ産業もいずれ、さらなる成長のために事業構造の転換を迫られていたはずです。それが、コロナ禍で一挙に前倒しになっただけなのです。温室効果ガスの排出削減は、その結果として生じるわけです。ここでは成長と環境が、同一の方向を向いているのです。 
 一国レベルでも、同様のことが言えます。

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図は「デカップリング」という現象を説明するものです。デカップリングとは「切り離す」という意味ですが、ここでは「経済成長と温室効果ガスの排出を切り離す」という意味で、日本、スウェーデン、フランス、カナダの事例を示しています。かつての高度成長期ならば、各国とも経済が成長すると、必ずエネルギー消費が伸び、温室効果ガス排出も増加していました。しかしその後、両者の関係は切り離されるようになりました。
図でも、スウェーデン、フランス、カナダではデカップリングが生じ、それが炭素税導入によって加速されていることが確認できます。

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とくにスウェーデンの事例にご注目下さい。1990年~2017年の30年近くの期間に、スウェーデン経済は78%成長する一方で、CO2排出を26%削減しました。図の点線は1991年に世界で初めて導入された炭素税の税率推移を示しています。やはり炭素税導入とその後の税率引き上げが、デカップリングを加速したことが読み取れます。
これを日本と比較しますと、炭素税導入の時期が遅く、税率も地を這うように低いため、日本は「デカップリング」がスウェーデンほど明瞭でないなど、好対照となっています。
なぜスウェーデンでは、野心的な気候変動政策が経済成長と両立したのでしょうか。その背景には、次の3つの理由があります。
第1は、紙パルプ産業の例で述べた、産業構造の転換です。つまり産業の中心が、炭素集約的な重化学工業から、情報通信やデジタル化されたサービスなど知識産業へと移行しました。後者は前者に比べ、CO2排出が少ない一方、収益性や生産性がより高いのです。
スウェーデンは今なお、ボルボに代表される自動車産業など製造業国家ですが、他方で産業構造をうまく転換しつつ、家具製造・販売のIKEA、ファストファッションのH&M、デジタル音楽配信サービスのSpotifyなど、次々と新興企業を輩出する国でもあります。
第2に、炭素税や欧州排出量取引制度のような環境規制の強化は、環境改善投資を喚起し、GDP拡大に寄与しただけでなく、エネルギー生産性の向上を通じて企業の競争力向上を促しました。
第3に、エコカーの開発のように、他国や他企業に先駆けて環境に望ましい製品、サービス、製造工程を確立することで、それらをめぐる国際競争で有利な地歩を占めることが可能になります。
スウェーデンはこうした戦略に沿って今後、さらに大胆な脱炭素化に舵を切る予定です。炭素集約産業の象徴である鉄鋼業については、なんと2045年までに「正味排出ゼロ産業」に転換させる計画です。すでに技術的には可能とみられ、今後実証へ向けての投資が始まります。
 欧州は、コロナ禍からの復興過程で、コロナ以前の経済状態に戻ってしまうのではなく、将来の「脱炭素経済」と「デジタル経済」に向けて投資を行っていく「グリーン・リカバリー(「緑の復興」)」を掲げています。
スウェーデンの鉄鋼産業の「脱炭素化」へ向けた投資も、こうしたグリーン・リカバリーの一環だといえます。日本はコロナ禍での経済対策で、グリーン・リカバリーの考え方が十分に組み込まれているとはいえません。貴重な財政資金を用いて産業復興を促すならば、元の経済に戻るのではなく、経済の「脱炭素化」と「デジタル化」を図りつつ経済成長を促す道を選択すべきだと考えます。

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「気象災害から身を守るために」(視点・論点)

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環境防災総合政策研究機構 理事 村中 明

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 今年も7月初めに熊本県の球磨川流域など各地で梅雨前線による豪雨があり、大きな被害が出ました。先日は台風第10号の接近で、きわめて深刻な影響が出るおそれがあるということで、一時は緊張しました。台風第10号について言えば、被害は抑えられたという見方もありますが、6人の方が亡くなったり、まだ行方がわかっていません。大きな被害であったと捉えるべきでしょう。
 この10年くらいは毎年のように大きな気象災害が起こっています。また、災害の形も少しずつ変わって来ており、以前は土砂災害による犠牲者が目立っていましたが、最近は河川の氾濫や浸水に伴う水による直接的な被害が増えて来ているように思います。
災害から身を守る行動は安全な場所にいち早く避難することです。
 身を守るために、素早く的確な行動を取るためにはどうしたら良いでしょうか。
 それについて考えてみたいと思います。

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 最近の災害の特徴としては、近年大きな災害に襲われたことのない地域での被害が目立つ傾向にあります。岡山県倉敷市真備町の小田川、愛媛県大洲市や西予市の肱川、長野市の千曲川、熊本県の人吉市や球磨村の球磨川など、洪水、氾濫が相次ぎました。堤防の整備、強靱化や土砂崩れ対策の施設の設置などは長い期間をかけて確実に進んで来ています。また、ハザードマップの策定や防災訓練などソフト防災も進んでいます。こうした対策は確実に被害の軽減につながっています。一方で、整備が十分に進んでいない所も残されています。また、これまでの洪水対策の想定を超える大雨が降れば、災害につながってしまうケースもあります。こうした場所は全国各地にあり、大きな危険が潜んでいます。
 大雨や暴風などの自然現象は抑えることはできませんが、事前に予測し、その情報を的確に利用して、行動に結びつけることができれば、少なくとも人的な被害をなくすことは可能です。
 最近の状況からはこれまで以上に自治体、住民が一体となって災害に立ち向かって行かなければなりません。
これまで各地の自治体や地域の住民組織と事前の防災行動についての勉強会やワークショップを開催し、災害を防止するためのタイムラインと呼ばれる行動計画を作る活動に参加してきました。そこで改めて感じたことは、避難のための行動はそれほど容易な行動ではない、ということです。大雨や暴風などによって災害の危険が切迫しているときですら、自治体からの避難に関する呼びかけに対して行動が伴わない実態があります。
 防災は「人が動く防災」「人が人を動かす防災」であることが大切です。
7月の球磨川流域の洪水災害においても、流域の人吉市、球磨村、八代市では6年前からタイムラインを作り、自治体、住民が協働して防災に当たる仕組みができていました。大きな人的被害が出てしまったとはいえ、現地での聞き取りでは素早い行動で多くの命が救われた、ということも聞いています。何よりも防災のポイントは動くことです。
昨年の台風第19号のときも避難の途中で車が流された、土砂崩れに巻き込まれたといった話を耳にしました。避難するという行動は正しかったのですが、もう少し早いタイミングで行動に移っていれば防げたケースもあったことでしょう。
 避難の重要性をお話しましたが、もうひとつのポイントは避難行動に結びつけるための事前の準備です。避難が遅れる問題として「自分は大丈夫」「もう少し様子を見てから」といった正常性のバイアスが指摘されています。このような避難の遅れにつながる課題への対策としては、避難を前提とした準備をしておくことです。準備がしてあれば、状況が少し悪くなった段階ですぐに避難行動に移ることも可能です。この準備は、非常用の荷物や車など移動手段の確保などとともに、心の準備も非常に大切です。
土砂崩れや浸水などの災害が想定される所に住んでいる方には、少しでも早く避難行動に移るために、私は『警報の2時間ルール』といったことを呼びかけています。近年、気象の予測技術は格段に向上しています。大雨や洪水などの警報について言えば、現象が起こる前、数時間程度は余裕を持って発表することが可能になって来ています。警報が発表されてから大雨などの現象が起こるまでに数時間、さらに土砂災害や洪水が起こるまでに数時間、避難につなげる時間的な余裕は実はかなりあるのです。この時間を避難のための準備、実際の避難行動につなげようとするのが『2時間ルール』です。
残念ながら、警報が発表されたからといって直ちに避難などの行動に移る方はほとんどいないのが現実です。
 しかし、警報が発表されたときはいつもと違ったことが起こる、危機が迫っている可能性が普段に比べて格段に高いのです。警報が発表されたにもかかわらず様子を見ながら何もせずに時間を費やすのではなく、危機を回避するためにこの時点で準備を始めることが最も重要なポイントです。先ほどの話に戻れば、避難行動が遅れる原因は正常性バイアスであったり、行動に移るための準備の遅れであったりしたわけです。これを防ぐために警報の発表を耳にしたら時間を置かずにいつでもすぐに避難行動に移れる準備をしておこう、ということです。

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具体的には、必要な荷物をすぐに持ち出せる場所に用意したり、車で避難するのであれば、すぐ乗り込める場所に動かしておく、避難場所の確認、不在の家族に対して避難する可能性を伝え、行動を確認する、近隣の住民への声かけ、などが考えられます。
警報が発表されてからの2時間で十分に準備しておけば素早い避難に結びつけることもそれほど困難ではありません。要するに、警報をトリガー〔きっかけ〕として日常から非日常へとスイッチを切り替え、行動につながる心の準備をしておくことです。
 次に日頃からの防災への備えについて触れたいと思います。
 実際に大雨や暴風などの災害につながるような激しい現象が起こる前、普段からの備えとして「身の回りにあるリスク〔危険〕を知っておこう」ということを良く耳にします。

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具体的には自治体が用意したハザードマップであったり、地域で作成した防災避難マップなどであったりします。ハザードマップなどの活用はもちろん大切なことですが、強調しておきたいことはハザードマップを見て、リスク〔危険〕のある場所や避難経路を確認しておくだけではなかなか実際の避難行動には結びつきにくいという点です。
“リスク〔危険〕を知る”ということには、ハザードマップなどでの身の回りにあるリスク〔危険〕の確認のほかに、さらに2つの点を加えていただきたいと考えています。
具体的には、どのような時にリスクが高くなるのか、その地域の特性に注目することで災害につながる現象を理解することです。過去に地元で起こった災害に関する経験や他の地域で起こった災害事例などからも知ることができます。
地域の防災は地域で学び、地域で共有することが大切です。
もうひとつは、いざという時に具体的にどのような行動をとるか、を頭の中でシミュレーションをして、実際にハザードマップを手に歩いて体感することです。避難経路を歩くことで避難行動をイメージしたり、“いざ!”という時の行動のあと押しになることと思います。
 今年も台風シーズンはまだ続きます。
 身の安全は「素早い避難」から、そして素早い避難は「事前の準備」からを忘れずに、災害に備えてください。

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