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「行き詰まる原発輸出 原発政策見直しを」(時論公論)

水野 倫之  解説委員

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日本の原発輸出が行き詰まった。
日立製作所は、イギリスへの原発輸出について、経済合理性がないとして撤退することを今月、正式に決定。
原発輸出は安倍内閣で成長戦略の柱だったが、契約が見込める案件はすべてなくなった。
菅内閣は、安倍内閣の継承を掲げ、今後も原発の再稼働を進める方針とみられる。
しかしメーカーは海外に展開することで原発の技術や人材を確保する狙いがあった。それが総崩れとなった今、国内で原発を安全に維持できるのかが問われることにもなり、今後も原発に依存すべきかどうか政策の見直しが不可欠。
総崩れとなった原発輸出、そして原発輸出の背景、さらに、求められる原発政策の見直し、以上3点から原発が置かれた状況について水野倫之解説委員の解説。

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「民間として経済合理性がない。新型コロナの感染拡大で投資環境が厳しさを増した。」
日立が原発輸出撤退を決めた理由。

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日立はイギリス中部の島に原発を2基建設し、2020年代前半に運転開始することを目指した。
ところが世界的に原発の安全基準が強化、建設費が3兆円に膨らむ見通しに。そこで日立はイギリス政府に対し、CO2を出さない原発は温暖化対策にも役立つとして電力の高値買い取りを要請。しかしイギリスでは同じくCO2を出さない再生可能エネルギーが広まり価格も下がっていたことから、原発だけ高値で買い取るのは困難との判断。
結局価格で折り合えず、去年一旦事業を凍結。今年に入って、新型コロナの影響も深刻となり、正式に撤退を決定。

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政府は2000年代半ばから輸出推進の方針を打ち出す。
これに応える形で日立、東芝、三菱重工の原発メーカー3社が、アメリカのメーカーを買収するなど事業拡大を進めていた矢先に起きたのが福島の事故。
安全規制強化で、建設費は1基1兆円以上に高騰、各国の計画が軒並み暗礁に。
東芝はアメリカでの計画遅延で1兆円を超える損失を出して経営危機に陥り、海外の原発事業から撤退。
リトアニアとベトナムも日本への発注を撤回。三菱重工が受注を決めたトルコの計画も、事業費が膨らんで継続は難しい情勢で、契約が見込める日本の原発輸出はすべてなくなった。

原発はいまや民間だけでは採算が取りづらくリスクが高いビジネスとなってきたわけです。
世界でも建設が進むのは、国家が丸抱えで事業を進める中国やロシアが中心。
日立はすでに3000億円の損失を計上し代償を払う形となったが東芝の二の舞は避けられた。

ただこの問題、メーカーの損失処理では終われない国内事情が。
日立ほか各メーカーが輸出にこだわっていた背景には、海外に出ることで国内の原発技術の維持と人材育成を図りたいという思惑。

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国内では事故前、54基の原発が稼働。しかし事故で原子力への信頼が失墜し、再稼働した原発はこれまでに9基だけ。その結果、原子力を支える人材が減り続けている。

業界団体のまとめでは原発関連の主要メーカー15社の原子力従事者は事故後右肩下がりで23%も減少。中でも溶接など高い技術を持つ技能職が大きく減っている。

国の原子力委員会が先月まとめたことしの原子力白書も、人材枯渇の危機を特集。
3メーカーの原子力関係の従業員のうち実際にプラントの建設に携わったことがある実務経験者は40歳代以降が中心で、高齢化が進んでいると指摘。
この人材不足を補おうにも、原子力関連の仕事を希望する学生も激減し、原子力関連企業の就職説明会の参加者は事故前に比べ8割以上減ったまま、原子力の将来性への不安が理由とみられ、技術の継承に不安が生じていると指摘。

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こうした状況でも、安倍内閣は原発を重要電源と位置づけ。2030年に全電源の最大22%をまかなう目標を掲げ、2050年に向けても脱炭素化の選択肢として原発を維持する方針を示していた。
しかし22%達成のためには30基の原発の再稼働が必要でこの目標達成は困難な情勢。
また原発は法律の例外規定でも60年間しか運転できないことから、将来も重要電源として維持するには原発の新設や増設が必要。しかし国民の原発への不信は根強いこともあり、政府は新増設は想定していないとあいまいな姿勢。
このため各メーカーは輸出に活路を求め、海外で建設することで安全を支える技術と人材を維持しようと考えていましたが、今回の輸出撤退でその道も絶たれた。

原発の技術と人材は廃炉にも必要。
基準が厳しくなって採算がとれないとしてこれまでに24基の廃炉も決まり、日本は大量廃炉時代に。各社とも原発の解体は数10年かけて行う方針を示しており、安全に作業を進めるためにも技術と人材の厚みを維持していくことが必要。

各メーカーはこうした技術や人材は、原発を作り、そして運転していないと保てないと主張。
となると、そもそも原発が安全に運転できるのか、さらには廃炉が決まった原発を安全に解体していけるのかが問題とも。

この日本の原発が抱える根本的な問題に菅内閣はどう対応するのか。

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日立の輸出撤退は菅内閣発足の前日に発表。しかし菅総理は就任後の会見で「引き続きエネルギーの安定供給もしっかり取り組んでいく」と述べてはいるが、原発を今後どうするのか具体的な言及はまだない。

ただ原発はこれまで、政府が決めた方針に民間が従う「国策民営」で進められてきたわけで、輸出に限界が見えた今、今後も原発に頼るというのであれば、原発の安全、そして廃炉を支える技術、人材を国内でどう確保していくのか、政府が責任もって具体的な道筋を示さなければ。
一方で技術や人材の確保が難しいのであれば、今後も原発に頼るのかどうかエネルギー政策上の位置づけを再検討が不可欠。

政府はこれまでもたびたびエネルギーを議論する場を設けてきてはいるがそれは再生可能エネルギーの導入や最近では石炭火力の廃止などが中心。原発に関して集中して議論する場は限られてきた。その結果、福島の事故で原発を取り巻く環境が大きく変わっても課題が先送りされたままで、原発反対派、推進側双方から原発をどうするか位置づけをはっきりさせることを求める声が高まっている。
原発輸出に行き詰った今こそ政府は原発政策を集中的に議論する場を設け、技術や人材育成を中心に国内外の情勢を分析し、原発の位置づけ見直しを急ぐことが必要。

(水野 倫之 解説委員)

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「アフターコロナとSDGs 持続可能な復興へ」(時論公論)

土屋 敏之  解説委員

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『数百万人が貧困に逆戻りしつつある。医療機関にアクセスできなくなり、子どもは学校に通えなくなっている」「感染を押さえ込むと共にSDGsを達成するためにも行動している。それがよりよい明日につながるからだ』
国連のモハメッド副事務総長は、先週の会見でこのよう述べ、SDGs「持続可能な開発目標」の達成に逆風が吹いていることへの危機感と、行動の必要性を訴えました。

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SDGsはちょうど5年前のきょう、9月25日の国連サミットで全会一致で採択されました。しかし今、新型コロナウイルスが、人の命や環境と経済成長などを両立させることを目標とするSDGsにも大ブレーキをかけています。

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新型コロナウイルスの悪影響は、多岐に渡っています。
 経済活動への大打撃に加え、適切な医療や教育を受けられない人が急増し、高齢者や非正規雇用の人たちなど弱い立場の人により被害が出ることで、格差も拡大しています。
こうした中、今月の台風10号では三密の避難所に人が集中し、その避難所にも入れない人が続出するなど災害へのぜい弱さも露呈しました。
実はこれらの問題は、いずれもSDGs・持続可能な開発目標に掲げられ、世界が取り組んできたものです。

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SDGsは、2030年までに貧困や飢餓の撲滅をはじめ、経済成長や環境保全など17の目標を共に達成することを目指すものです。
17も目標があると複雑でわかりにくいという面は否めませんが、大きく3つにまとめられます。まず1列目は「人間」の命や権利に関する目標、2列目は「経済」成長、そして3列目には気候変動など「地球」規模の課題に関する目標があります。

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具体的には1番から、貧困や飢餓をなくす、医療や教育を誰もが受けられるように、など。そして2列目の経済目標では順に、エネルギー供給、雇用と経済成長、産業・インフラの整備、そして10番は格差の是正などの目標です。
各目標には、1番の貧困であれば「1日1.25ドル未満で暮らす人をゼロにする」など指標が設けられ、各国が主体的に取り組むことになっています。

なぜ、こうした目標が作られたのでしょう?
 背景にはこれら、経済成長と人間社会の諸課題、そして地球環境問題などは複雑に絡み合っており、経済成長を持続するためにも、これらの対策を同時に進めていく必要があるという考え方があります。

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例えば、経済成長のみを追求して気候変動など地球環境の悪化が進めば、熱帯性の感染症が広がったり、生態系や土地利用の変化によって新たなウイルスと人との接触が増え感染症のリスクはさらに高まって、人の健康や医療体制を脅かします。これは目標13や15が悪化すると、3番も悪化する関係を示しています。
一方で、気候変動は台風や大雨などの災害も激甚化させます。これは、目標11に含まれる、災害などに強い街作り・地域の暮らしを脅かします。さらに、感染症が広がる中で災害が起きれば、避難所に多くの人が集中して感染リスクを増すなど、問題はより深刻化します。
そして、これらは全て、経済活動の基盤を揺るがし、格差や貧困の原因にもなります。
 ある意味で私たちが今経験していることも、SDGsで示されていた諸課題が複合的に起きている状況とも言えるのです。
国連は、新型コロナの影響で今年は過去20年で初めて世界で貧困層の人の割合が大幅に増加する見通しになるなど、SDGsの達成が一層困難になっていると発表しました。
しかし、だからこそ、これらの課題解決をめざすSDGsへの取り組み強化が、より必要になっているとも言えます。グテーレス事務総長は「新型コロナからの経済復興は環境などに配慮した新たな雇用・ビジネスを生み、持続可能な成長につながるものであるべきだ」と訴えています。

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それには、どう取り組めばいいのでしょう?今、世界的に注目されているのが、新型コロナからのグリーン・リカバリー、あるいは持続可能な復興と呼ばれる政策です。
これは、多くの雇用が奪われた中で単に既存の産業を守り元に戻す施策ではなく、再生可能エネルギーなど環境分野や、災害や感染症に対し強靱な社会に変えていくような分野を重視し、そこに新たな雇用や産業を生み出すよう後押しする復興政策と言えるでしょう。
例えば、EUでは90兆円にのぼる復興基金を「環境」と「デジタル」に集中的に投じる方針で、先週フォンデアライエン欧州委員長は、2030年までに温室効果ガスの排出を1990年比で55%削減する新たな目標も発表しました。この機会に自動車のEV化など脱炭素技術の開発・産業育成を一気に進め、来たるべき脱炭素社会の主導権を握る狙いもあると見られます。これに応えるように、ヨーロッパの大手航空機メーカー・エアバスは、2035年までに二酸化炭素を出さない水素で飛ぶ航空機を開発すると明らかにしました。
アメリカでもトランプ政権は感染対策にもグリーン・リカバリーにも消極的に見えますが、バイデン陣営は環境対策などに重点投資する「よりよい復興」を主張しており、大統領選の争点のひとつになるとも考えられています。
そして、これまで具体的な排出削減目標を出していなかった中国も今週、習近平主席が、「2060年までに温室効果ガス排出ゼロを実現できるよう努力する」と表明しました。
コロナ対策をきっかけに、世界が持続可能な社会へと転換できるのかが注目されます。

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では、日本はどうでしょう?
「デジタル化への集中投資を中核として新たな日常を構築する」といった方針は示されていますが、グリーン・リカバリーの視点は乏しいと言わざるを得ません。これに対し国の有識者会議のメンバーはこの夏、当時の安倍総理大臣に「新型コロナからの復興は、気候変動を含む新たな災害リスク軽減などのためにもSDGsを軸に経済再生計画を」と求める緊急提言を出しており、新たな政権がどう対応するか問われています。有識者会議のメンバーでもある慶応大学の蟹江憲史教授は「持続可能な社会が実現すれば、仮に感染症が広がっても影響を最小限にしたり、“元に戻る力”が備わるはずだ」と持続可能な復興の重要性を訴えています。

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SDGsへの取り組みは、国だけでなく、地域、企業、市民の様々な可能性があります。
あくまで一例ですが、過疎化が進む地域でSDGsを重視した、こんな取り組みもあります。林業の衰退で未利用になった木材をバイオマス燃料として活用し、雇用の創出とCO2削減などを両立しようとしているケースです。こうして生み出される再生エネルギーは、災害時には地域分散型の電源として利用可能ですし、未利用の木材が資源として循環するようになれば、山の手入れが進み水害や土砂災害に強い地域作りにもつながるでしょう。

どのようにすれば新型コロナからのよりよい、持続可能な復興につながるのか?
 ちょうど5年前のきょう生まれたSDGsは、そのヒントを与えてくれます。新たなビジョンが求められる今、幅広く叡智を集め、取り組みを進める時ではないでしょうか。

(土屋 敏之 解説委員)

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