緑色の壁をした民家の前庭に星条旗が翻る。100年前、ここで「アメリカ・ファースト(米国第一)」を朗々と説いた人物が、やがてホワイトハウスの主になった。
米オハイオ州の町マリオン。かつて鉄道網の要衝だった工業の町だが、今は古びた家並みが目立つ「ラストベルト」(さびついた工業地帯)の一角だ。
ここに1920年の大統領選で勝った共和党候補ウォーレン・ハーディングの自宅がある。玄関先のポーチに連日立ち、全米から集まった人々に演説する独特の選挙戦を展開した。
■相似する一国主義
そんな「わが町の大統領」の業績に話が及ぶと、人々の表情に微妙な影がさす。就任2年半で病死したハーディングは、歴代の中でも「ダメな大統領」ランキングの常連だからだ。
もともと誰も予想しなかった意外な勝利。第1次世界大戦の傷が癒えない当時の米社会には、自国第一の内向き志向が大いに受けた。ところが就任後、閣僚がらみの疑獄事件が続く。死去すると間もなく「三流」のイメージが残った。
近年、そんなハーディングの政権がトランプ政権に似ているとの説が米国内で聞かれる。
反移民主義で門戸を閉ざし、高関税で国内産業を守ろうとした。前任のウィルソンが提唱した国際連盟への加盟を拒んだ。多国間主義のオバマ氏のあと、「米国を再び偉大に」と一国主義を掲げたトランプ氏と重なる、という指摘だ。
ハーディング政権を含む1920年代。米国は当初、経済的活況を呈したが、国際的には孤立に傾いた。30年代を前に世界恐慌が始まり、40年代には再度の大戦に陥った。混乱の種は、実は第1次大戦直後にまかれていたとの見方が強い。
21世紀の今はどうか。自由貿易体制を始め、多国間協調で守られてきた国際秩序が米国の一国主義に直面し、揺れる。外見上、前世紀と似た構図に不吉な予兆を感じる人も少なくない。
■19世紀型の競争か
世界は再び、経済恐慌や戦乱への道を転落していくのか。
米国の歴史学者、フランク・ニンコビッチ氏は「例えばワシントン軍縮会議を開くなど、ハーディングはまだ国際協調の価値は信じていた」と語る。
「トランプ氏は違う。多国間協調、民主主義や人権、米国が主導してきたグローバル化のプラスの側面自体を否定する。勝つか負けるか、という世界観は19世紀の大国間競争に近い」
世界を見渡せば、自国第一主義は米国だけの現象ではない。折からの中国やロシアでの強権政治の台頭とあわせ、いまの世界は国どうしが露骨に利益を争う19世紀型の国家間競争の状態に向かうようにも見える。
減速したとはいえ、中国の国力の膨張はいまも続く。香港の情勢が示すように国内で自由を制限する一方、経済発展と国家の地位向上をうたうことで国民の不満をおさえている。
ロシアは力で併合したクリミア半島に先月、本土とつなぐ鉄道を敷いた。中ロだけでなく、トルコ、サウジアラビアなどの地域大国も好機と言わんばかりに自国中心主義に走る。
無極化する世界の安定をこれから誰が、どう保つのか。パックスアメリカーナ(米国による平和)と呼ばれた時代が去ったいま、改めて問われている。
今年は、そんな国際社会のあり方が試される節目が相次ぐ。
まずは今月11日にある台湾の総統選である。独立を志向する民進党の総統が再選されれば、中国がどう出るのか。
香港の危機を明日の自分の姿と案じるのは、台湾の市民だけではない。アジアやアフリカなどで拡散し始めた中国流の統治モデルには、力任せの危うさがつきまとう。中国による人権圧迫に、国際社会はいっそう声を上げ続ける必要がある。
■破局を避けるために
欧州では分断が深まる。英国は今月末、欧州連合からの離脱を実現しそうだ。欧州統合の流れが初めて逆行する。離脱が禍根を残さぬよう、英国と欧州諸国の慎重な対応が求められる。
一方、核軍縮と不拡散をめぐる国際的な規範は崩壊しかねない危機にある。この春には、発効50年にあたる核不拡散条約の再検討会議が開かれる。核の競争を抑える理性を人類は持ち得るのか、冷戦期から続く問いが今年さらに重みを増す。
懸案の中で、11月にある米大統領選挙は、世界にとって重い分岐点となる。このままトランプ路線が続けば「第2次大戦後から築かれてきた国際秩序は、壊滅的終幕を迎えかねない」とニンコビッチ氏は警告する。
100年前、地球上には核兵器は存在せず、温暖化の兆しもなかった。人類はその後、四半世紀の混乱を経てやっと協調の知恵を学んだはずだった。
いま、自国第一主義がこれ以上はびこれば、破局は必然となる。多国間の協調以外に道はないのだ。歴史からくみ取るべき教訓を見誤ってはならない。
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