固定されたツイート永井均@hitoshinagai1·2017年6月19日拙著『存在と時間』の重要な誤記:176頁の後から5行目「一七三頁」→「一七四頁」。236頁後ろから3行目「端的な現実」→「端的な現在」。247頁「動く現在とこの現在」の2行後「一九三頁」→「一八七頁」。259頁8行目「現在の現在」→「現実の現在」(最重要!)。1428175
永井均@hitoshinagai1·8時間この二つを区別しない人が多いのは真に驚くべきことだけど、その驚きをもっと過激に表現するなら、「A変化」のほう(こちらがいわゆる「A系列」の一般的な捉え方だけど)は、じつは「B系列」じゃないですか?212このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·8時間これはつまり、アン女王の死はまずは未来で次に現在となり最後に過去となるということは「A変化」で、しかしそれは現実にはもう過去であり、たむれつさんの死は現実には未来であって、だから現在へとまさに今近づいている、ということは「A事実」であって、区別すべきだ、ということですよね?引用ツイートたむれつ@tamuretsu · 2019年9月22日アン女王の死が未来から現在、それから過去へと移るように、私の死は未来から現在、それから過去へと移るよなあ。しかし?後者の出来事は今へと(後者の出来事へと今は)まさに今近づいている。このスレッドを表示115このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·10時間嘘はいくらでもつけるが、意志的に決して嘘をつかないと決意しそれを実行することは難しくはあるが不可能とはいえない。その逆に、どこかの島の住人のように、嘘しかつかないことは、滅多にしゃべらないなら別だが、現実にはまず不可能だろう。普通の人は必ず適度に嘘をつく(のは何故だろうか)。 。この会話に返信できます929このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·11時間はい。『存在と時間‐哲学探究1』は第2章ではなく第二部でした。つまり後半全体です。『誤診』の「指定してある箇所」とは「はじめに」の最後で指定してある箇所という意味ですが、ナカニシヤ出版版ではなく講談社現代文庫版のほうです。引用ツイートみや竹@miyataketetsuo · 13時間返信先: @hitoshinagai1さん「存在と時間」は、第2章ではなく第2部ですよね? 「誤診」の「指定してある箇所」とは「はじめに」の最後で指定した箇所、という意味ですよね?17このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·23時間『転校生とブラック・ジャック』のどこが読むに値するかを書いたので、他の本についても。『私・今・そして神』と『存在と時間』はそれぞれ第二章が、『なぜ意識は実在しないのか』は第二日が必読です。『ウィトゲンシュタインの誤診』は指定してある箇所が。これらを読まずに何か言っても始まらない。1119このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·10月2日2015年11月19日にも書いたことだが、『転校生とブラックジャック』は独在性の問題に関心のある方にとっては今なお必読文献なのではあるが、1章も2章も題名になっている「転校生とブラックジャック」の章も終章も読む必要はなく、ただ5章、6章、8章だけは是非とも熟読していただきたい。523このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·10月2日そうですか? そうだとすればそれはたまたまです。五分の一か六分の一ぐらいしか応答していないと思うので。引用ツイートmow-wom@mowwom4 · 10月2日返信先: @hitoshinagai1さんそれでも、私のような学歴の無い者が持つ自覚のない問いに、先生はいつでも答えてくださいます。19
永井均@hitoshinagai1·10月2日もちろん男性も女性もいくらでも嘘がつける。これこそが言語を持つ人間という生き物の偉大な本質だ。偽なることが言えるのではなく、偽であると信じていることを(真であると信じているかのように)意図的に発話できるということ。これこそが人間のみが持つとされる自由意志なるものの根源だとさえいえるこの会話に返信できます124142このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·10月2日最初の文に戻れば要するに、ツイッターでは同じ質問に何度も答えたり同じ誤解を何度も訂正したりする気力体力はもうないですな、という趣旨。最後の文について繰り返せば、誤解に基づいて攻め込む前に意味理解を質すほうが有意義だということ。全体としては、それでも答えるとは限らないぞという趣旨。1329このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·10月2日関連するレポートの章とは6章ですか?それとも8章? 6章は実は『哲学探究2』で初めて言われたことをFさんが先取りしているとも言えます。8章はもはや無意味と言えなくはないがそれとは無関係に理解可能とも言えます。ともあれ、この本の5章は依然として重要で、6,8章は依然として超‐重要です。引用ツイートみや竹@miyataketetsuo · 10月1日返信先: @hitoshinagai1さん転校生とブラック・ジャック(のとりわけ5章(と関連するレポートの章))のテーマは〈私〉の持続だと思いますが、この本(のこの部分)も、哲学探究2で初めて言われことの観点から理解されないともはや無意味になってしまったとさえいえますか?217このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·10月1日「女性はいくらでも嘘がつける」と言った方が「もちろん男性もだけど」とすぐに付け加えていたら問題にならなかったのかな。そう言わなかったことを男性差別とみなして「男性だって嘘ぐらいいくらでもつけるぞ」と反論した人もいるのかな。この会話に返信できます146142このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·10月1日繰り返すが、自分が読んだ(聴いた)瞬間に掴んだ意味を疑わずすぐにそれに反論する人が多い。相手が言った意味ではそれはその人にとって真理だったわけだからそれはどういう意味であったのでなければならないか、をまずは考えてみるほうがよい。特に書き言葉ではこのレベルでの議論が可能でかつ面白い。241このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·10月1日気分Kの問題にも関係するのは、それが疎外されない語だからだ。そんなものが可能かというのがウィトゲンシュタインの問いで、彼はヘーゲルとともに不可能だと主張した。実はマルクスもそうなので軽井沢くんの主張は通俗的疎外理解に基づく誤解。私は彼の主張が正しいと言える別の根拠があると考える。511このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月30日とくに仏教徒というわけではない仏像ファンは多く、その逆もまた多い。その逆にはとくに興味を感じないが、仏教徒というわけではない仏像ファンの存在には興味がある。仏像は公式には仏教ぬきには意味がないはずだからだ。おそらく誰か仏像を仏教から自立させる天才仏師が現れて然るべきなのだろう。31057このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月30日仏像って仏教とどう関係しているのかな? たとえばお経は仏教に必要不可欠だろうけど、仏像はそれほどでもないだろう。 だから、仏像もあったほうがいいとは思うが、それは仏教にとってではないだろう。といって純粋な美的価値のためでもないだろう。 仏像の価値の源泉が掴めない。31797このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月30日とりわけ『〈仏教3.0〉を哲学する バージョンⅡ』の第3章(第2章もだが)と『サンガジャパン』35号の「自己漫画の第5図はなぜ一人だけなのか?」は、他の本では触れられない超越論哲学と独在論哲学の関係を詳しく論じているので、仏教に興味がない方にも読んでぜひほしい。ついでに仏教にも触れられる!1628このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月30日計算間違いをしていた。私が大学に入りたての頃の話だから、「もう40年近くも昔のこと」ではなく「もう50年近くも昔のこと」であった。そんなに歳を取っていたとは!2231このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月30日彼の議論は、当時らしく初期マルクスの用語を使って、他者に見られたり聞かれたり読まれたりするとそこで疎外が起こるので、まずは個体内で決して疎外されない芸術の創造を目指すべきだというものであった。私は全く大真面目に、実在する芸術はみな疎外された贋物の芸術だといえなくはない、と思った。123108このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月30日芸術について考えていて、もう40年近くも昔のことを思い出した。三田の慶応義塾大学の近くのお寺で研究会があり、軽井沢くんという外部の方が「個体芸術論」という公開しない芸術についての発表をした。皆の評価は低かったが私は真実を突いていると感じ、今も感じている。気分Kの問題にも関係する。117109このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月30日ツイッターでは皆がガチガチに自己を守っており、他者に対しては(全然知らない人に対してさえ)折あらば攻め込もうとしているかのようだ。背後に政治的対立でもあるならそれも仕方がないかもしれないが、何でもないことにまでその風習が伝搬しているようだ。風習なんぞに染まってみても始まらないぞ。117110このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月30日あと、あれはちょっと自己風刺的な発言でもあった。世の中で人々は割合よく自己風刺的な発言をしていると思うが、なぜかツイッターではとても少ないようだ。自己風刺的なことを言うとたいていまったく理解されず、とんでもなく見当はずれな誤解をされることが多い。言説空間の違いというものか。1752このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月29日消した文章は、私自身は主としてまさにこのツイッターのことを書いたつもりだったのだが、読んだ方々は文字どおりに教師という仕事についての話だと読まれたようであった。(当然のことながら、大学では私は教師だがツイッターでは教師ではない。)1753このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月29日「…もはや無意味になってしまった…」と言えないのは『〈仏教3.0〉を哲学する バージョンⅡ』などこの時期の仏教関係のものだ。また入門書としても『〈子ども〉のための哲学』は古すぎてもう使えないので、現在ではぜひ『哲おじさんと学くん』を読んで欲しい。近く岩波現代文庫として新版が出る予定。1644このスレッドを表示
永井均@hitoshinagai1·9月29日「これまでの本」とは『転校生とブラック・ジャック』『私・今・そして神』『なぜ意識は実在しないのか』『存在と時間』等といった、今世紀になってからのものを念頭に置いていた。『〈子ども〉のための哲学』など前世紀のものはもともともはや論外で、すでに歴史的意味しかないと思っているので。1230このスレッドを表示