アルベルティーナのお願い2
クリフトフも結構色々あったりします。
「あの伯父様、話は変わりますが……フォルトゥナ家に王配候補は決まっていませんでしたの?」
「いないな。アルベルティーナの年齢に近く、家柄や格という意味では一番ふさわしいのは私の子だろう。だが唯一いる息子は結婚しているし、その跡取りもいる」
「一人っ子でいらっしゃいますのね」
貴族の家は跡取りの他に、他家に嫁がせる娘や跡取りのスペアに複数子供を設けることが。
だが、不妊であったり不幸に遭って後継ぎがいない場合も珍しいことではありません。その場合は第二夫人や養子を迎え入れる。
ラティッチェ公爵家もそうです。わたくしという直系の娘はいますが、大貴族である公爵当主というのは激務です。わたくしには無理だと判断され、キシュタリアを分家から迎え入れました。
お父様の場合、跡取りというよりわたくしの玩具として用意した感が強かったですが。
ふと、クリフ伯父様が苦笑しているのに気づいた。ほんの僅かにだが、笑みが哀しげだった。
何か引っかかりを覚え、声を潜めてしまう。
「違いますの?」
「いや……メギル風邪で夭逝した」
「……それは大変失礼いたしました。知らぬこととはいえ、不用意な発言をしてしまいました。不躾でしたわ。お許しくださいまし…………ご愁傷様ですわ。お悔やみ申し上げますわ」
「いや、もう二十年近く前だ。アルベルティーナが生まれる前の話だし、致し方あるまい。
君たちの年代では、私に息子が三人いたと知らない人の方が多い」
「!!!」
二人もお亡くなりになったと言いますの?
驚きのあまり口を押えてしまった。メギル風邪は確かに王侯貴族に猛威を振るったとは知っています。
「死病だったからな……ラウゼス陛下の様に生きながらえた方が少ない」
ですが、フォルトゥナ公爵家程の大家ですら犠牲者が出ていたなんて。腕の良い医者や魔法使いも抱えていたはず。
王族でも犠牲者がいたのだから、当然と言えば当然かもしれませんが……
改めて、メギル風邪の恐ろしさにぶるりと震える。
「伯父様、ジュリアスの養子以外にもお話がありますの」
「なんだい?」
「わたくし、病院を作ります。大きな病院です――わたくし、メギル風邪について一つの仮説を立てておりますの。
わたくしの仮説が正しければ、メギル風邪は死の熱病ではなくなります。
その治験を行うためにも多くの人の協力が必要ですの。その仮説を、証明するためにもその病院が必要なのですわ。
それを、ジュリアスに頼んでいます。よろしければ、そちらも考えて頂けませんこと?」
「……あの忌まわしい病の特効薬でもあるというのかい? 精々、ポーションで一時的に和らげるだけだ。普通の解熱剤は効かないし、今まで解き明かされていなかった死病だぞ」
「あの病気は、おそらく魔力に反応しますの。魔力が高い人間こそ……魔力持ちの多い王侯貴族こそが重症化するのではないか……と考えております。ですが、あくまで仮説にしか至っておりませんの。
恐らく魔力の持たぬ、もしくは低い平民には軽度の風邪でしかないのですわ。
ヒトからヒトへと感染するとして何かの拍子に、貴族に感染すれば一気に広まりますわ。病気は同じ場所にいるとうつりやすいのです」
稀に動物からヒト、蚊やダニといった虫を媒介にすることもあります。
前の世界の異国、有名なところではヨーロッパに流行ったペストは不衛生な環境と鼠が媒介という説と人間に寄生するダニやシラミの説がありました。
飛沫でも感染しますし、やはり衛生環境は大事ですわ。
「一理あると言える……確かに、アルベルティーナの推測が正しければ……」
「まだ推測でしかないのです。証明する必要があるのですわ」
「なるほど、それで病院か。だが、平民たちの間に起きたメギル風邪をどうやって見分けるんだ?」
こくりと頷く。考えが早くて結構ですわ。
平民の間に流行っているメギル風邪はそれほど甚大ではないはず。強い魔力を持つのは、貴族のほうがずっと割合が多いのです。
「解熱剤の効かない高熱の患者を探します。その患者に、魔力や魔素を散らし押さえる薬を投与するのです。
あの熱は、おそらくは魔力暴走の一種です。
ポーションが効かないのは、体力と一緒に多少なりとも魔力も回復させてしまうからですわ」
「だから、熱が強烈にぶり返すのか……」
「ええ、弱っている体にはそれは追い打ちになります。そして強い魔力を持つ人間ほど命を落としやすい。貴族熱とも他国で呼ばれる所以ですわ。そして、体力のない女子供なども真っ先に亡くなります。
患者として協力してもらい、医療費をこちらで負担するといえば協力してくれると思います」
「平民で魔力持ちは珍しいからな。大抵は辿れば何かしらの貴族に行きつくことが多いが……その平民はどうするつもりだ?」
「持っている魔力が余りに強いようでしたら放置はできません。いつか暴発を起こしてしまう恐れもありますわ。
魔法使いとして教育する為、わたくしの保護かラティッチェで面倒を見ますわ。学校も作りますし、そちらで学ばせます」
「どうやって調べるつもりだ? そうなると医者の他に魔法や魔力に詳しい見識者が必要になる」
「ヴァニア卿をはじめ、王宮魔術師を集めます。
お若い方ですがわたくしの主治医になるくらいですから、優秀な方でしょう。
その、余り社交が得意でない研究所に籠り切りな、パトロンのいらっしゃらない方がいるでしょう?」
「……あのな、アルベルティーナ。やる気を失せることを言って申し訳ないが、結界魔法はあいつらの大好物の分野だぞ?
確かにやってくれそうだが、その前にお前に対して麦穂や青菜に齧りつく蝗の様に寄ってくるぞ」
表現が非常にぞっとします。
ですが、それくらい掴みがオッケーだということにしておきましょう。
「……がんばります」
「必ず、あの魔窟に行くならアンナとベラとトリシャを連れて行きなさい。
丁度いいことにお前に無礼を働いたヴァン・フォン・マクシミリアンは謹慎となっている。動くなら今の内にした方がいい。
オーエンも謹慎になっているが、念のために私が足止めをしよう。手が空いてれば、私も向かおう。顔は広い方だ」
伯父様にはなにも話していないはずなのに、なんでこんなに手際がいいのでしょうか。
過去のトラウマに付け込むようで申し訳ないですが、メギル風邪は結構差し迫っていますわ。
確か、ルートによっては戦争に伴って国内に持ち込まれるものもありました。
もう乙女ゲームのシナリオはかなり信用ならないレベルに脱線しています。ですが、備えて困るものではないのです。
「アルベル」
「はい」
「フォルトゥナ公爵家は、後見人の立場ということもあり王配争いに本腰を入れていなかった」
「はい」
「君の意思を尊重する。君がジュリアスを望むということだね?」
「ええ、望みます」
「認めたくはないが……あの男は優秀だ。フォルトゥナ公子として振舞わせるのは難しくないだろう。
だが、王太女でありラティッチェ公爵家の継嗣の夫としては足らない。
どうやっても、根回しの時間が足らなすぎる。使えるものや駒は増やしておきなさい」
「ええ。ご忠告痛み入りますわ」
厳しい言葉の反面、クリフトフ伯父様は遣る瀬無い表情を浮かべている。
優雅なカーテシーを披露し、できる限り強気で微笑んだ。
そんな覚悟は既にしているのだから。
読んでいただきありがとうございました!
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