第63話 雑魚ばかりか
「ラウル様、準備はよろしいですか?」
「ああ、いつでも構わん」
「では、どうぞこちらへ」
家臣の一人に案内され、ラウルが足を踏み入れたのは、普段、領兵たちが訓練にしようしている場所だった。
しかし今日はその真ん中に巨大な檻のようなものが設置され、周囲を神妙な顔をした領兵たちが取り囲んでいる。
檻の中に入れられていたのは魔物や獣ではない。
数人の死刑囚たちだ。
何をするのか知らされていないのか、彼らは一様に怯えの表情を見せている。
ラウルの目の前で、檻の入り口が開けられた。
そのまま躊躇うことなく彼は檻の中へ入っていく。
不思議そうな顔をする死刑囚たちの近くへ、領兵たちが手にしていた武器の類を投げ入れた。
そうして彼らに告げられる。
「「全員、適当な武器を手に取れ。そして、その方と戦うのだ」
「「「……?」」」
「もし貴様らが勝利すれば、減刑してやろう。死刑を免れることができるぞ」
「「「なっ……」」」
死刑囚たちは色めきだった。
「そ、それは本当かっ!?」
「本当だ」
「あ、あいつを殺しちまっても構わないのか!?」
「構わん」
「や、やったぜ!」
「こいつはありがてぇっ!」
まるですでに減刑が決定したかのように、死刑囚たちが歓喜の声を上げる。
しかしそれもそのはず。
彼らがこれから戦うのは、まだ十代半ばほどの少年ただ一人なのだ。
加えて彼らは元傭兵だったり元冒険者だったりと、腕に自信がある者たちばかりだった。
「へ、へへっ、俺たちはツいてるぜ……」
「くくく、逆にあの小僧は何をしたんだろうな?」
「んなこと知ったこっちゃねぇ。とっととぶっ殺して、死刑を撤回してもらおうぜ」
死刑囚たちは各々武器を手に、ラウルへと近づいていく。
「ひゃはっ! 死ねや、ガキ――――あ?」
真っ先に剣で斬りかかった死刑囚の腕が宙を舞った。
剣を握ったままくるくると回転し、地面に落下する。
「あぎゃあああああっ!?」
「うるせぇよ」
「ぎぃっ!?」
ラウルの突きが死刑囚の喉首を貫き、トドメを刺す。
どさり、と事切れた死刑囚が倒れ込んだ。
先ほどまで喜色満面だった死刑囚たちの顔が、一瞬にして青ざめていく。
「な、こ、こいつ……」
「い、今、何をしやがったんだ……?」
「まったく見えなか――」
言葉を言い切る前に、その死刑囚の身体がぐらりとよろめき、地面に崩れ落ちる。
いつの間にか距離を詰めていたラウルが、心臓を一突きしたのだ。
「二人目……つまんねぇな。雑魚ばかりか」
「ど、同時にかかれぇぇぇっ!」
「「「おおおおっ!」」」
一対一では勝ち目がないと悟った彼らは、一斉にラウルへと襲いかかる。
だが彼らの攻撃は悉く躱されて、傷一つ付けることができない。
一方で一人また一人と、ラウルに斬られて死んでいく。
気づけば立っている死刑囚は一人だけとなっていた。
彼らの中で唯一、何度かラウルの攻撃を凌ぎ、ここまで生き延びた男だ。
「な、何者だ、お前は!? お、俺は『剣技』のギフトを持ってんだぞ!? 何でこの俺が手も足も出ねぇんだ!? っ……ま、まさか……」
「ふん、死ね」
「がぁっ……」
最後の一人が倒れると、わっと周囲が湧いた。
「ら、ラウル様の圧勝だ!」
「祝福を授かってから、たった半年でここまでお強くなられるとは……っ!」
「これが『剣聖技』ギフト……」
領兵たちが驚嘆する中、一人の男がラウルへと近づいていく。
ラウルはその場で跪いた。
「……父上」
「よくやったな、ラウル。合格だ。次の戦場、お前も連れていく」
「はっ、ありがたき幸せ。必ずは大きな戦果をあげてみせましょう」
ラウルの言葉に、再び周囲が大いに湧き立つのだった。
「ラウル様、ご報告が」
「何だ?」
未だ興奮冷めやまぬ様子の訓練場を後にしたラウルの元へ、家臣の一人が駆け寄ってくる。
「北郡で噂になっているという荒野の村ですが、代官に確認を取ったところ、実際に調査を行った上で、そのような村は確認されなかったとのことです」
「はっ、それはそうだろうよ。端からあんな荒野に村など築けるわけがねぇんだ」
ラウルは鼻を鳴らして嗤う。
「くくく、一体どこで野垂れ死んだのかは知らねぇが、奴の落ちぶれて死ぬ姿を見届けられなかったのは残念だな。あるいは、俺の小間使いにでもしてやって、死ぬまで扱き使ってやるのもよかったかもなぁ!」
いずれにしても、もう会うことはないだろう。
嫌な噂を耳にして少し気になり調べさせたが、ただそれだけだ。
「それから、セレン様のことですが……依然として、バズラータ家も行方が分からないようでして……」
「ちっ、まさか俺と婚姻を結ばせるのが嫌で、隠してやがるんじゃねぇだろうな」
「さ、さすがにそのようなことはないかと……」
少し不快な思いになったが、しかし今のラウルにとっては些細なことだ。
「……冬を超えたら、初めての戦だ。それも父上にとって今までで最も重大な戦争に……」
ラウルはニヤリと口端を上げる。
「そしてそれに勝てば、父上は占領地を治め、今のアルベイル領は俺に一任されることになる……そうなったらこの広い領地すべてが、この俺の思い通りだ! くくく、はははっ……はははははっ!」
今から春が待ち遠しい。
ラウルの高らかな笑い声は、寒空に響き渡るのだった。
……彼は知らない。
彼にとっての最大の脅威が、北の荒野で着実に育ちつつあることを。
一章終わり。二章では弟ラウルと決着を付ける予定です。
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