オリラジ中田「YouTube大学」の罪 「芥川賞・直木賞の問題点」はヒドすぎる
295万人が登録
お笑いコンビ「オリエンタルラジオ」の中田敦彦(37)は、2018年2月からYouTubeで「中田敦彦のYouTube大学」というチャンネルを運営している。
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自ら「教育系YouTuber」と称し、登録者数は10月1日現在、295万人。人気チャンネルと言っていいだろう。
配信動画のジャンルは「政治・社会」、「経済・ビジネス」、「日本史」といった具合だ。「人気の動画」として紹介されているものから、3本のタイトルをご紹介する。
【1】《【創価学会①】~政党「公明党」を持つ宗教団体、そのルーツに中田が迫る~》
【2】《【古事記①】日本の神話が面白い~日本の成り立ちを知っていますか?~》
【3】《【世界史①】古代ギリシャ~天才アレクサンドロス、東へ~》
ネット担当の記者が言う。
「中田さんは講師のようなイメージで、カメラに向かって1人で授業を行います。特に日本史や世界史を扱う動画は、塾や予備校の雰囲気に似ているかもしれません。
タイトルを見て知的好奇心を刺激された方もおられるでしょうが、『YouTube大学』は内容に事実誤認があるという指摘が後を絶ちません」
中学レベルの誤り
SNSはもちろん、大手出版社が運営するニュースサイトも、動画における誤りを指摘する署名記事を配信している。そのうち2本のタイトルと筆者をご紹介しよう。
◆20年1月19日:文春オンライン(文藝春秋)
「オリラジ中田敦彦を『フェイク問題に警鐘を鳴らす芸能人』扱いしたNHKの罪 『YouTube大学』問題の核心は、内容の誤りではない」(石動竜仁)
◆20年2月17日:マネー現代(講談社)
「大炎上『オリラジ中田のYouTube大学』なぜ人は信じ込んだのか? 『勉強した気にさせる』体験の是非」(古田拓也)
どれほど動画の内容が酷いのか、石動氏は《中学レベルの誤り》すら散見されると指摘している。該当部分を引用させていただく。
《中田の間違いは洒落にならないほど多く、「満州事変で張作霖が爆殺された」など、中学レベルの誤りすらある(張作霖が爆殺されたのは、張作霖爆殺事件、または満州某重大事件である)》
賞は書店の敵!?
中田は9月9日と10日の2日間にわたって、書店や取次、出版社の問題点を指摘する動画を配信した。前出の記者が言う。
「『書店業界の危機』として、2本の動画が配信されました。1本目が『スマホが書店の主力商品を駆逐』、2本目が『書店員のジレンマと未来への提言』でした。しかし、この動画も内容に事実誤認があると出版関係者の間で問題視されているのです」
2本の動画における事実誤認を全て指摘すると、いくら紙幅があっても足りない。
今回は「芥川賞・直木賞・本屋大賞」に関する中田の解説や指摘が、どれほどいい加減なのかご紹介したい。
動画で中田はどんな解説を行ったのか、ポイントを箇条書きでまとめた。もちろん間違いがあっても、そのまま掲載した。
【1】本屋大賞は、芥川賞と直木賞に対する書店の不満から設立された。
【2】芥川・直木賞は書店の味方というイメージがある。又吉直樹(40)の芥川賞受賞作『火花』(文春文庫)も、芥川賞を受賞したことで売れたはずだ。
芥川・直木賞の主催は雑誌!?
【3】だが、芥川・直木賞の受賞作が発表されてから書店へ行くと、「まだ単行本は出版されていません」と言われることが多い。
【4】芥川・直木賞は書籍の売上げ増加を目的としていない。「文藝春秋」や「新潮」、「すばる」といった文芸誌を売るために開催されている。
【5】受賞のニュースを見て本屋で「『火花』はどれですか?」と聞くと、「『火花』の単行本は出ていません、『文藝春秋』を買ってください」と言われた記憶はないだろうか。
【6】「文藝春秋」は買えても、単行本は買えない。これで抗議が書店に殺到する。芥川・直木賞で書店が利益を得られないのは、両賞を主催しているのは《雑誌》だからだ。
【7】本屋大賞は書店で既に売られている単行本から選ばれる。ただし、本屋大賞は書店員全員が選ぶというイメージがあるが、選考委員の数は300人に過ぎない。
【8】本屋大賞は「売れている本を売る」賞。ベストセラーのランキングに載るような本で、在庫があるものを選び、本屋大賞の大賞から10位までのベスト10として発表する。
「文藝春秋」は文芸誌!?
最初は単純なミスから指摘しよう。「芥川・直木賞は文芸誌のために開催されている」というくだりだ。
動画で中田が名指しした《「新潮」とか「すばる」とか》は文芸誌だが、「文藝春秋」は文芸誌ではない。普通は総合月刊誌と分類される。
次は【3】と【4】が正確かどうか、チェックしてみよう。もう一度、掲載しておく。
【3】だが、芥川・直木賞の受賞作が発表されてから書店へ行くと、「まだ出版されていません」と言われることが多い。
【4】芥川・直木賞は、「文藝春秋」や「新潮」、「すばる」といった文芸誌を売るために開催されている。
まず芥川賞から始めよう。この賞は「純文学の新人に与えられる文学賞」と定義される。初出が文芸誌であるケースは圧倒的に多い。特に知名度の高い文芸誌を列挙しておこう。
「群像」(講談社)、「新潮」(新潮社)、「すばる」(集英社)、「文學界」(文藝春秋)、「文藝」(河出書房新社)──この5誌が代表格だ(註:雑誌名は五十音順に並べた)。
受賞前に単行本化の事実
もちろん、この5誌に限るわけではない。2013年1月に芥川賞を受賞した黒田夏子(83)の『abさんご』(文藝春秋)は初出が「早稲田文学」(早稲田文学会)だ。
しかし、5誌以外から選ばれることは珍しいのも事実だ。中田が具体例として挙げた『火花』の場合、初出は「文學界」になる。2015年1月7日に発売された2月号に掲載された。
6月19日に『火花』は芥川賞候補となり、7月16日に受賞が発表された。羽田圭介(34)の『スクラップ・アンド・ビルド』(文春文庫)と同時受賞だった。
『火花』の場合、3月11日に単行本が出版されている。芥川賞にノミネートされる前から話題となり、既にベストセラーとなっていた。
当時の報道を振り返ってみよう。毎日新聞は6月1日の夕刊に、以下の記事を掲載した。
「特集ワイド:『又吉現象』を読み解いた 『お笑い』なのに寡黙、『愛した本』は売れ行き数倍」
売れない文芸誌
この記事の中で、重要なポイントは以下の2つだ。
《掲載した文芸誌「文学界」は創刊以来初めて増刷し、累計で4万部を記録した》
《3月11日に単行本化された際の初版はなんと15万部。現在39万部売れている》
毎日新聞の記事から、2つのことが分かる。前出の記者が言う。
「まず中田さんの解説と異なり、芥川賞候補作が発表されても、それが掲載された文芸誌の売上は変わりません。芥川賞効果などありません。売れるのは受賞作が選評とともに再録された『文藝春秋』です。
『文學界』は文化公論社が1933年に創刊し、1936年7月から文藝春秋が刊行を手がけました。雑誌も売れれば増刷します。
しかし、『火花』の掲載号が創刊以来初めての増刷ということは、『文學界』は80年以上、数多くの芥川賞候補作を掲載してきたものの、売上に大きな影響はなかったということです」
「文藝春秋」は本当に売られていたのか?
芥川賞が発表されても文芸誌が売れない理由は、ある意味で簡単だ。賞が決まった時、候補作が掲載された号の販売は終わっている。要するにバックナンバーになっているのだ。
そして2つ目は、『火花』が受賞前の3月に単行本として出版されていたことだ。おまけにベストセラーになっていた。
もう一度、時系列を確認しよう。1月7日に「文學界」が発売、3月11日に単行本が出版。6月19日に候補作、7月16日に受賞作が発表。そして選評とともに受賞作が再録された「文藝春秋」が発売されたのは8月7日のことだった。
そのため、『火花』が芥川賞に選ばれたというニュースを見て書店に駆け付けた場合、単行本の『火花』は書店に置いてあったはずだ。なかったとしたら売り切れていたのだろう。
もし書店で『火花』が掲載された「文學界」や「文藝春秋」が販売されていたとしたら、そのほうがおかしい。先に指摘した通り、前者はバックナンバーであり、後者は印刷すらされていなかったのだ。
だが、中田は動画で次のように解説している。
いつ「文藝春秋」を買った?
《芥川賞、直木賞を取りましたっていう時に、本屋行くでしょ。「『火花』ありますか」って言ったら、「いや、まだ出ていません」》
《又吉さんの『火花』読もう、本屋行って「『火花』どれですか?」って言ったら、「『火花』出ていません」なんですかって、「『文藝春秋』買ってください」って言うから「文藝春秋」買ったけど、普段1回も買ったことないよ》
前出の記者が言う。
「芥川賞の受賞作が発表された後で、書店員が『火花』の単行本が刊行されていないと案内したのなら、明確な間違いです。
更に『「文藝春秋」を買ってください』は、事実なら8月7日以降の話になります。中田さんは動画で『受賞を知って、すぐに本屋に向かった』というニュアンスの発言をしていますが、発表は7月です。
1か月の“ずれ”があり、時系列と矛盾する可能性があります」
次に直木賞を見てみよう。この賞は「優れた大衆小説」に与えるとされる。
純文学とエンタメ
文芸誌と同じように、エンタメ系小説を掲載する専門誌も発行されている。大手の総合出版社は文芸誌と対にしていることが多い。
講談社なら「群像」と「小説現代」、新潮社は「新潮」と「小説新潮」、集英社は「すばる」と「小説すばる」、文藝春秋が「文學界」と「オール讀物」という具合だ。
講談社が出版した単行本が直木賞にノミネートされたとして、エンターテイメント系の「小説現代」が初出という例は枚挙に暇がない。
だが、文芸誌の「群像」に載った小説が、直木賞にノミネートされることは、基本的にはありえない。
それどころか、直木賞の場合は書き下ろしとして、初出が単行本というケースも珍しくない。雑誌に掲載・連載されず、最初から本として出版されたのだ。
『火花』は153回(2015年上半期)の芥川賞を受賞したが、直木賞の153回は東山彰良(52)の『流』(講談社文庫)が選ばれた。
「文藝春秋」は売れる
『流』は書き下ろし作品のため、最初から本で出版された。それだけではない、この153回で直木賞にノミネートされた6作品のうち、3作品が書き下ろしだった。
「直木賞の場合、受賞作の初出は『オール讀物』のようなエンタメ系小説の専門誌だけでなく、新聞の連載小説が単行本になったケースもあります。
初出は芥川賞より多様ですが、中田さんの言うような“文芸誌”に掲載された作品から直木賞候補が選出されることはありえないでしょう。
文芸誌は基本的に純文学作品を載せ、エンタメ小説とは距離を置いているからです」(同・記者)
今でも芥川・直木の両賞はヒット作を生む期待が強いが、それはあくまでも単行本や文庫が売れる可能性があるからだ。記者が言う。
「先にも言ったように、芥川賞の受賞作を再録した『文藝春秋』が売れるのは事実です。それこそ『火花』が再録された時の発行部数は110万3000部でした」
書籍も売れる
上には上がある。
「2004年3月号は綿矢りさ(36)の『蹴りたい背中』(河出文庫)、金原ひとみ(37)の『蛇にピアス』(集英社文庫)の2作品を再録し、発行部数は118万5000部に達しました」(同)
だが、この3作品は単行本も売れた。『火花』は253万部、『蹴りたい背中』は127万部、『蛇にピアス』は53万1500部という数字が残っている。
直木賞も先に見た『流』は24万部。今年の上半期で受賞した馳星周(55)の『少年と犬』(文藝春秋)は21万5000部。これが書店にとって悪い部数であるはずがない。
更に、東山彰良のような中堅、馳星周のようなベテランが受賞すると、これまでに発表された単行本や文庫も売れる可能性がある。ビジネスの規模は更に大きくなる。
【6】芥川・直木賞で利益を得ているのは、両賞を主催している《雑誌》だからだ。
これも間違いだ。
巧妙な“逃げ口”
芥川賞と直木賞を主催しているのは、日本文学振興会という公益財団になる。ちなみに設立も運営も文藝春秋が行っている。
【7】本屋大賞は書店で既に売られている単行本から選ぶ。ただし、本屋大賞は書店員全員が選ぶというイメージがあるが、選考委員の数は300人に過ぎない。
こちらも「選考委員」という言葉が引っかかるし、投票した書店員の数が事実と異なる。本屋大賞の公式サイトには、選考の過程を次のように説明している。
《第17回目となる2020年本屋大賞は2019年12月から一次投票を開始。一次投票には全国の477書店より書店員586人、二次投票では300書店、書店員358人もの投票がありました》
書店員の経験も持つ編集者は、動画を見て「あまりの酷い内容に、途中で見るのを止めてしまいました」と言う。
「困ったことに中田さんは、いくつもの“逃げ道”を用意しています。例えば動画の冒頭、永江朗さん(62)の『私は本屋が好きでした』を参考文献として紹介し、『ここに書かれていることを紹介しているだけです』という雰囲気を作るのです」
“参考文献”の妥当性
『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』(太郎次郎社エディタス)
この書籍を読んでみると、芥川賞と直木賞、そして本屋大賞について言及した部分はあることはある。
だが、この本は「どうして書店にヘイト本が置かれてしまうのか」という問題意識で書かれたものだ。
この書籍の本文は250ページあるが、芥川賞、直木賞、本屋大賞について書かれているのは182ページから188ページまでの7ページに過ぎない。
全体に対する割合は僅か2・8%。おまけに著者は《やや脱線するが、本屋大賞が生まれた背景は》と書き出している。
あくまでも脱線した部分なのだ。中田が3賞の問題点を解説するのに、適した書籍とは言えない。
問題のある引用
この本で、書店にとっての芥川賞と直木賞の問題点は、次のように指摘される。
《芥川賞は受賞作が発表される時点ではまだ書籍になっていないことが多い》
《直木賞でも受賞決定時点で出版社に在庫がない場合も少なくない》
筆致はあくまで冷静だ。この2つの不満から、本屋大賞は生まれたという。
《受賞決定と販売が直結するような賞をつくろう……ということでできたのが本屋大賞である》
「当然ですが、永江さんの著作には『「文藝春秋」は文芸誌』とか、『芥川・直木賞は雑誌が主宰している』とか、『賞を取っても本は売れずに雑誌が売れる』といった事実誤認は全く書いてありません。
『火花』についての言及も全くありません。あくまでも中田さんが具体例として勝手に言及しただけなのです」(前出の記者)
もしテレビなら?
前出の編集者は懸念を口にする。
「事実誤認の指摘を並べ立てているのは永江さんではなく中田さんです。ところが、YouTube大学の視聴者は、『あの本には、そんなことが書かれているのか』と誤解してしまう危険性があります。
永江さんの『私は本屋が好きでした』は丁寧な取材を行い、その記述は論理的です。ところが中田さんは、前後の文脈を無視し、1つの問題点を抽出すると、それを何百万倍にも膨らませてセンセーショナルに訴えるわけです」
故意かどうかは分からないが、著者の意図を曲解し、原文を不正確に引用していると批判されても仕方のないレベルだ。
「中田さんの動画を見て、もしこれがテレビで放送され、書店や取次、出版社が抗議を行ったとしたら、すぐに謝罪するしかないと思いました。
中田さんの動画はこれまでも様々な事実誤認が指摘されてきましたが、それでも存続しています。
これは視聴者が『YouTubeだから仕方ない』と誤認に抗議せず、間接的ではあっても中田さんが動画を配信することを許しているからではないでしょうか」(同・編集者)
週刊新潮WEB取材班
2020年10月3日 掲載