第55話 更生施設に入れておいて
「だ、ダメだ……っ! このままでは突破されてしまう……っ!」
「里に侵入されたら一巻の終わりだぞ!?」
怒号と悲鳴が飛び交っていた。
魔境の森の奥深く。
そこに築かれたエルフたちの集落に今、大きな危機が迫っていた。
里を魔物から守るべく作られた石造りの防壁が、群れを成す豚頭の巨漢たちによって今まさに突破されようとしているのだ。
「その前に里を捨てて逃げるしか……」
「逃げるって、どこに逃げるんだよ!? 餓えた奴らはどこまでも追いかけてくる! 我々を一人残らず食らい尽くすためにな!」
「じゃあ、どうしろってんだ! このまま奴らの侵入を許し、今すぐ死ねっていうのかよ!?」
普段は温厚なエルフたちも、死の危機を前にして我を忘れたように怒鳴り合う。
そんな中、一人のエルフが声を張り上げた。
「すぐさまここから脱出する! 南だ! 南は奴らの包囲が薄い! 戦士たちを先頭に包囲網を突破し、一気に駆け抜けるのだ!」
里の戦士たちをまとめる戦士長、フィリアだ。
有事には族長よりも強い権限を持つ彼女の命を受けて、エルフたちは一斉に走り出す。
やがて防壁を破壊してオークの群れが突入してきたときには、彼らは南門から脱出していた。
予想通り南側のオークの包囲は薄く、戦士たちを先頭に一気にそれをぶち破った。
「しんがりは我々が務める! とにかく走れ!」
オークの首を矢で射貫きながら、フィリアは声を張り上げた。
しかし聡明なエルフたちの多くは、この逃走の先に希望がないことを悟っていた。
なぜなら追いかけてくるオークの数は圧倒的で、そのうち呑み込まれてしまうことは明らかだったからだ。
長命種である彼らは子供が少なく、また高齢になっても人間のように歩けなくなるようなことはほとんどないが、それでも彼らが足手まといになってしまっている。
無論、同胞を置いていくなどという選択肢は高潔なエルフたちにない。
(いや、希望はある……っ! 森を抜けて、荒野に辿り着ければ……っ!)
思い浮かぶのは、つい先日訪れた荒野の村。
たった半年で築き上げられたなど、とても信じられないくらい快適で、堅固な村だ。
エルフたちにとって、人族にはあまり良い印象がない。
だがその村の住民たちは、とても温厚で優しく、信頼できる者たちだと、フィリアはたった一度の訪問で確信していた。
そして何よりも彼女の心を掴んだのが、あのトイレ――ではなく、村長の少年だ。
(彼には悪いが、あの村に助けを求めるしかない……っ!)
共にあの村を訪れたエルフの一人に、フィリアは命じた。
「リュート! 貴殿は先を急いで、あの村へこのことを伝えてくれ……っ!」
「わ、分かりました!」
彼女の意図を瞬時に察して、そのエルフが全速力で走り出す。
その後ろ姿をちらりと見送ってから、フィリアはすぐさま新たな矢をつがえ、迫りくるオークの喉首を狙って射放つのだった。
◇ ◇ ◇
ケイン商会の人たちが各地で喧伝してくれたからか、あれから移住者が後を絶たなかった。
もちろん村を訪れる人が増えれば、おかしな人もやってきてしまう。
デルト
年齢:32歳
愛村心:反逆
適正職業:肉体労働
ギフト:なし
だから一応、こうやって村人鑑定で確かめているのだ。
「反逆ってなってるから分かりやすいよね。はい、この人は更生施設に入れておいて」
「畏まりました、村長」
「は!? 更生施設って何だよ!? おい、放せ! どこに連れていきやがる!?」
ぎゃーぎゃー喚く男が、無理やり引っ立てられていく。
と、そこへ。
『村長、森からエルフらしき人物がこちらに向かってきているそうです』
『エルフが?』
『何やら随分と慌てている様子です』
何だろう?
もしかして先日の忘れ物……なんてことはないよね。
『こちらから念話で話しかけてみましょう』
ちなみに『念話』ギフトを持つサテンは普段、村の中央に設けられた村全体を見渡せる物見塔にいる。
四隅にある物見塔や門のところにいる元盗賊たちから合図を受けたら、念話を飛ばしてやり取りし、その内容を僕に伝えてきているのだ。
しばらく待っていると、サテンから追って報告が来た。
『どうやら我々の村に助けを求めているようです』
『え?』
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