第8話 ミノッサスダンジョン
青空から降る明るい朝日が、緑の丘を照らしている。
僕とミーニャは冒険者カードを入り口にいる番兵に見せつつ、ダンジョンへ入った。
そして僕は足がすくんでしまった。
中は薄暗く、岩肌がごつごつしていた。
空気がねっとりと冷たい。
魔物はいないけれど、かすかに死の気配がする。
――僕の一番嫌いなもの、死。
ダンジョンでゴミ拾いするだけならと思っていたけど、実際に入ると死の予感が止まらない。
僕は死にたくない。あんなに痛い思いをするのも、意識が冷たくなっていくのも嫌だ。
入り口入ってすぐのところで立ち止まっているとミーニャが深呼吸をした。
「懐かしい匂い」
「ミーニャは怖くないの?」
「全然。ここはもう弱いのしか出ない」
「そうなの?」
「ダンジョンマスターが倒されてるから、強いのはもう出ない」
「そうなんだ」
それを聞いて少し安心した。
心が落ち着いてくる。
ミーニャが黒い瞳でじっと僕を見てくる。
「ラースは怖い?」
「うん、死ぬのが大嫌いで。死にそうなところからは逃げたくなるんだ」
「大丈夫。私が守る――それに」
「それに?」
「危険を避けて生きられるのは大金持ちだけ。お金がないなら頑張るしかない。危険に近づけば近づくほどお金になるから」
「う……っ。そうだよね、お金ないと生きていけないし」
「あとラースは早めにお店を持って商売始めた方がいい」
「え? どうして?」
「買い取って治して売る場合、店の開店資金や売買許可証が必要になる」
「ちまちま拾っては治して売るだけじゃ、だめなんだ?」
「……ラースは自覚が足りない。鑑定眼がないから買い叩かれる」
「なるほど……」
特殊スキルの一つ、鑑定。
長い修練を積んで【鑑定スキル】を取るか、もしくは【鑑定眼】と呼ばれる特殊効果の付いた魔道具を手に入れるしかなかった。
当然、【鑑定眼】の付いた眼鏡やルーペなどは超高額だった。
僕は肩を落として息を吐く。
「生きてくって大変だね……」
「だからこつこつ頑張る」
「そうだね。じゃあ、ゴミのありそうなところに案内してよ」
ミーニャが顎に指を当てて考える。
「たいていのパーティーは、安全地帯まで避難してから荷物整理する。階段の部屋や、敵の出ない部屋」
「じゃあ、そこまでお願い」
「わかった――地下へ行く階段はこっち」
僕はカンテラに火をつけて下げた。
ミーニャは左右の腰に下げた剣の柄に手を置きつつ歩く。
頭の上の猫耳が、警戒するように左右にピッピッと動いていた。
後ろから見ていて、動く耳が可愛いな、と全然関係ないことを思ってしまう。
――ダメだダメだ。集中しないと。
生きるためにお金を稼がなくちゃいけないんだから。
僕は気合を入れてミーニャの後をついていった。
すると一階の洞窟を五分ほど歩いた時、ミーニャが手をすっと横に伸ばした。
「待って。いる」
「え? ――ぅぁっ」
僕は小声で悲鳴を上げて立ち止まった。
洞窟の少し先に、子供ぐらいの背丈があるネズミがいた。
全身が筋肉で盛り上がってる。マッスルネズミだ。
尖った前歯と爪で鉄の鎧ぐらいなら簡単に切り裂く。
とても獰猛な魔物だった。
すると、ミーニャが腰の剣に手を当てつつ、颯爽と早歩きした。
すらりとした脚を素早く動かすが、足音が聞こえない。
何かスキルを発動しているらしい。
というか、視線を逸らすとミーニャの存在を感じなくなる。
――これがBランク冒険者の強さ?
ミーニャは無造作に突進したかに見えたが、ネズミが気付く前にもう傍まで来ていた。
彼女の両手が一瞬ぶれる。
――ドォンッ!
次の瞬間、ネズミの頭がスイカのように破裂して吹き飛んだ。
剣が鞘に収まる動きしか見えなかったのに、もう攻撃を終えていたらしい。
ミーニャは倒したネズミと鞘に納めた剣を、確かめるようにまじまじと交互に見ていた。
僕はカンテラを掲げつつ恐る恐る近づく。
「強いね。さすがミーニャ」
「……違う。すごいのはラース」
「え? いや、僕は何もしてないよ!?」
「でも、ラースが強い」
ミーニャは淡々と言うと、さっさとネズミを漁り始めた。
――いやいや、意味がわからないんだけど。
倒したのはミーニャだし。僕は何もしてないし。
感情表現の乏しいクールな猫少女の考えはいまいち理解できなかった。
手際よくネズミを捌いたミーニャが立ち上がった。
手には小さな魔核と、血に濡れた金属を持っていた。
魔核は魔物が持っている器官で、魔力の溜まった石だった。ギルドで買い取ってもらえる。
強い魔物ほど大きくて純度の高い魔核を持っている。
傍へ来たミーニャが僕の持っていた袋にアイテムを入れた。何かの指輪みたいだった。
「ダンジョンで倒したモンスターは放っておくと消える」
「それは知ってるよ」
「消える前に必要な部位やアイテムを切り取って袋にしまう。そうすれば消えない」
「はい」
「ネズミは貴金属類を食べていることが多いから、消える前に胃を開いて中を見た方がいい」
「なるほど」
話しているうちにネズミの死体が消えた。
辺りに散っていた血やミーニャの手についていた血も消えた。
確か人もダンジョンで死ぬと同じように消えてしまうらしい。
あとには、アイテム『火ネズミの皮』が落ちていた。
ミーニャが拾いながら言う。
「消える時、たまにアイテムがドロップする」
「はい」
その後も、冒険者としてのレクチャーを受けながらダンジョンを進んだ。
一階ではゴミらしいものは落ちていなかった。
次話は夜更新。
→第9話 黒猫の誘い