第4話 少女リノと初めてのギルド
僕はスラム街のゴミ捨て場で出会った少女にヒールを唱えた。
怪我や失明、引きずった足を治すと、少女は僕にしがみついて号泣した。
しばらくして少女が泣き止んだ。
僕は頭をポンポンと撫でつつ青い瞳を覗き込む。
「どう? もう大丈夫?」
「はいっ。ありがとうございます! ――えっと、あたしはリノって言います。お兄さんは?」
「僕はラースだよ」
「ラースさん、お礼がしたいです! あたしにできることならなんでも言ってください!」
まだ涙で潤む瞳をキラキラ輝かせて上目遣いで見上げてくる。
鼻筋は通り、聡明な二重の眼は大きい。
幼さの残るなだらかな頬は紅潮していた。
その可愛さに、僕は少し照れてしまって頬を掻いた。
「えーっと、そうだね。……あ~、ちょうどよかった。今、この街に来たばかりで迷子なんだ。ステラの宿屋って知ってる?」
「はい、知ってます! 案内しますね――こっちです!」
少女――リノは、つぎはぎだらけの服の裾を揺らしつつ、先に立って歩き始めた。
僕は彼女の後についていった。
ついでに途中にある武器屋や防具屋、雑貨屋などを教えてもらった。
◇ ◇ ◇
裏通りをうねうねと歩いた先に目的の宿屋はあった。
雑然とした街並みの中に、ぽつんと看板が出ている。
見た目は周囲と同じ石造りの建物だったので、通り過ぎても気が付かなかっただろう。
リノは明るい茶髪を元気に揺らしつつ笑顔で言った。
「ラースさん、ここですっ」
「ありがとう。助かったよ」
「いえ、あたしのほうこそ助けられました。目が見えて普通に歩けるようになるなんて……夢のようです! 他に困ったことがあったら何でも言ってくださいね! 絶対手伝いますから!」
「ありがと……じゃあ、お駄賃」
「ふぇ?」
僕はリノへと手を伸ばした。体ではなくぼろぼろの服に触る。
「ヒール」
唱えたとたん、彼女の服が新品同様にきれいになった。
明るい茶髪に白い肌、そして痩せ気味の肢体に仕立ての良い服。
高貴なぐらいに美しくなった。
リノが青い瞳を丸くして驚く。
「えっ!? えええええっ! いったいどんな魔法なんですか!?」
「ヒールしただけなんだけど……」
「ぐすっ……ラースさんは神様です」
リノが笑顔のまま大きな瞳からぽろぽろと涙を流し始めた。
「そんな大したもんじゃないよ。ヒールしか使えないダメな奴さ」
「……え。そんな……」
リノは目を手の甲で何度も擦りながら首を振った。茶髪が揺れて陽光に輝く。
その姿はとても可愛らしかった。
――僕なんかのヒールが役に立ってよかった。
「じゃあ、またね」
「はい! また会いにきますね、ラースさん!」
僕が宿屋の中に入るまで、リノは往来で手を振って見送っていた。
◇ ◇ ◇
ステラの宿屋に入った。
入ってすぐに受付のカウンターがある。
中には緑色の髪を無造作に伸ばしたお姉さんがいた。
胸が大きくスタイルは良いが、どこかしら男勝りな印象を受ける。
「いらっしゃい」
「何日か泊まりたいんですが。できれば個室で」
「あんた、冒険者かい?」
「いいえ、普通の旅人です」
「食事は? それとも素泊まりかい?」
「食料はあるので部屋だけでいいです」
「あっそ。じゃあ、三日分として前金で900カルスね」
「えっ……高くないですか?」
「身分の保証がないんだから倍は貰うよ」
「なるほど……じゃあ、はい」
僕は金貨を一枚出した。
お姉さんは金貨を手に取って裏表を確認する。それから部屋のカギと銀貨を五枚を渡してきた。
「はい、お釣り100カルス。部屋は二階の角だから」
「わかりました」
一階奥にある階段を上って二階へ。
鍵を使って角部屋に入った。
中はベッドとテーブルがあるだけの狭い部屋。
南と西に窓があるので空気は爽やかだった。
「さて、と」
僕は荷物を置いてベッドに腰かけた。
今後のことを考える。
――この街へ来るまでにもお金は使った。
残りは約1万7000カルスだった。
どんどんお金がなくなっていく。
しかも身分の保証がないと余計にお金がかかるっぽい。
商売としては当然かも。
「これは、早い目に稼げる仕事見つけないと、やばいね」
僕はベッドから立ち上がると部屋を出た。
◇ ◇ ◇
まずは冒険者ギルドへ向かった。
大通り沿いにあったので、さすがに迷わなかった。
白い石を組んで作られた、立派な建物。
中へ入って受付の女性に尋ねる。
「すみません、ちょっと相談したいのですが」
「なんでしょう?」
「ヒールしかできないんですが、ヒールだけでお金を稼いだりできないでしょうか?」
「ヒールだけ……僧侶や聖職系ではないと?」
「はい……怪我してる人を助けてお金をもらったりとか」
受付の女性は眉間にしわを寄せて唸った。
「難しいんじゃないかしら? どのパーティーにも僧侶や神官、治癒術師はすでにいますからね。訓練所に通って一通り学んだ方がいいのでは?」
「それは無理なんです……じゃあ、近くのダンジョンの場所を教えてもらえますか?」
「いいですけど、あなたは冒険者じゃないですよね?」
「はい、違います」
「だったら、ダンジョンの中へは入れませんよ」
「わかってます。入り口のところまでです」
「じゃあ、こちらが地図ですので、どうぞ」
「ありがとうございます」
僕は地図を受け取って冒険者ギルドをあとにした。
ブクマありがとうございます。
次話は夜更新。