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魔力ゼロなんだが、この世界で知られている魔術理論が根本的に間違っていることに気がついた俺にはどうやら関係ないようです。 作者:北川ニ喜多
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―18― 敗戦とその後……

 初めての敗北。

 しかも妹に負けた。

 とはいえ、そんなに悔しくはない。


 ちょっと前の自分なら、自分が魔術で戦うなんて想像すらできなかったのだから。


 なぜ自分が魔力ゼロに生まれてきてしまったのか。

 何度も俺は自分の運命を嘆いた。

 それでも魔術が好きだから、魔導書を読み込んで自分なりに魔術を再現しようとした。


 けど、こうして魔術が使えるようになった今では魔力がゼロでよかった、と心から思う。


 そのおかげで、俺は魔術の新たな真理に気づけたのだから。



「目が覚めたみたいね」


 目を開けると妹のプロセルが座っていた。

 どうやら気を失った俺はベッドで寝かされていたらしい。


「怪我がどこにも見当たらないな」


 起き上がった俺は自分の体を見て、そう言う。


「学院には治癒魔術が得意な先生方がたくさんいるからね。ある程度の怪我ならすぐ治せるわ」

「そうなのか……」


 感心する。

 とはいえ、そういう環境が整っていないと、魔術を使った戦闘なんてできないか。


「色々と言いたいことあるけど、ひとまず合格おめでとうお兄ちゃん」

「ああ、お前こそ合格おめでとう」


 俺たちは互いに合格を賞賛しあった。


「私は一度家に帰るけど、お兄ちゃんはどうする?」

「帰りたくても追放されているしなぁ」

「入学式は二週間後だけど、入寮自体は手続きすればすぐできるし、そうしたら?」

「そうなのか。なら、そうするよ」

「あと、このことはお父さんに報告するわ。別にいいでしょ?」

「このことって、俺が合格したことか。まぁ、報告は構わないが」


 これで父さんも俺のことを少しは見直してくれたらいいのだが。


「それと、どうやって魔力ゼロのお兄ちゃんが魔術を扱っているのか。その仕組を教えてほしいのだけど」


 と、プロセルは問うてきた。


 どうやって答えようか?

 別に、魔術の発見を独り占めしようという魂胆はない。

 世の中に公表して役に立てればそれは嬉しいことだ。

 けど、俺の功績は素直に認められるのだろうか? という疑念があった。


 なぜなら俺の発見は、これまで魔術師たちが築いてきた魔術の理論を根本的に覆すものだからだ。


「なぁ、プロセル。俺は魔導書が好きだ」

「ええ、それは痛いほど理解しているつもり」

「けど、その魔導書に間違いがあるのを俺は発見してしまった」

「間違い……? そりゃあ、数々の魔導書の中には間違っていることを堂々と記している恥知らずなものもあるわね」

「間違いを発見したのは原書シリーズといったらどう思う?」


 原書シリーズ。

 魔術師の祖、賢者パラケルススが書いた魔導書のことだ。

 魔術は賢者パラケルススによって学問へと昇華された。

 それ以前は魔術というのは曖昧な存在で本当にあるのかないのかさえ、よくわからないものだったのだ。

 それを賢者パラケルススが魔術を体系化させ、魔力ある者なら知識さえ身につければ魔術を扱えるようにした。


 だからこそ魔術師にとって賢者パラケルススは神のような存在であり、そして賢者パラケルススの残した原書シリーズも聖典のようにして扱われている。


「原書シリーズは完璧な理論よ。間違いなんてあるはずがないわ」


 そうプロセルは言い切った。

 そう、魔術師にとってそれが普通の反応だ。

 原書シリーズに間違いなんてあるはずがない。


 実際、俺だってちょっと前までは原書シリーズは完璧な魔導書だと思っていた。


「なら、俺の存在はどうなる? 魔力がなくても魔術を扱える。その事実がすでに原書シリーズと矛盾していると思わないか?」

「……っ」


 プロセルは押し黙った。

 頭の中で整理しているのだろう。


「そもそもお兄ちゃんが魔力ゼロだったという認識が間違っていたという可能性はないの?」

「まぁ、厳密な話をすると俺は魔力ゼロではないからな」


 魔力というのは生きるのに必要なエネルギーだ。

 だから、どんな人間も魔力を保有している。

 魔術師はその魔力の保有量が他人より優れているということに他ならない。


 対して俺の魔力量はたかが知れている。

 計測してもゼロと表示される程度にしか保有していない。


「なら、お兄ちゃんが魔術を使えてもおかしくなかったという結論でいいのかしら?」

「まぁ、もう少し詳しく話すとだな、俺のように魔力の保有量が極わずかでも問題なく魔術を行使できる理論の構築に成功したんだ」

「へぇ、すごいじゃない。その話が本当なら、受賞されるぐらいすごい発見ね。ぜひ、詳しく聞かせてほしいものね」


「だが、困ったことに俺の理論は原書シリーズが間違っていたことを認めないと成り立たないんだ」


 そう、俺の魔術理論は原書シリーズにおいて重要とされる四大元素を否定することから始まる。

 それを魔術界が認めてくれるかどうかが問題だった。


「たまにお兄ちゃんって、真面目な顔をして冗談を言うときがあるから確認するんだけど、今真面目なんだよね?」

「ああ、大真面目だ」


 そう俺が神妙に頷くと、プロセルは天井を見て、


「すぅ」


 と息を吸った。

 これからなにを言うべきか考えているのだろう。


「私はお兄ちゃんの味方でいたいと思っている」


 それはなんともありがたい宣言だった。


「だから忠告するけど、原書シリーズの否定なんかしたらお兄ちゃん首が飛ぶわよ」


 そう言いながら、プロセルは自分の首を指でなぞる。


「もちろん比喩的な意味ではなく、文字通りの意味ね」


「……は? 嘘だろ」


 原書シリーズを否定したら殺されるのか!?

 流石に大げさすぎるだろ。


「お兄ちゃんは家に引きこもってばかりだから常識ってのが抜けているんだろうけど、原書シリーズの否定なんて普通の感性があれば恐れ多くてできないものよ」

「俺だって原書シリーズの古代語版を手に入れる程度には原書シリーズを崇拝しているんだけどな」

「はぁ」


 と、呆れ顔でプロセルはため息をつく。


「今日の話はひとまず聞かなかったことにしてあげる。それと、お兄ちゃんの新しい魔術理論とやらが原書シリーズと矛盾しないことを証明できたら、その理論詳しく聞かせてね」


 そう言葉を残して、プロセルは部屋を出ていった。



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