予知夢で婚約破棄確定したので、修道院送り回避のために、夢の中の浮気相手に責任取らせます
「16歳のお誕生日おめでとうミルフィー」
「ありがとう、コーク」
今日は私の16歳の誕生日。
お屋敷ではパーティーが開かれ、多くの人が祝いに来てくれている。
そんな私にはとても楽しみなことがある。
婚約者のコークからの贈り物? 違う。
ご馳走よりも賛辞よりも、楽しみなこと。
「はい、ミルフィー、誕生日プレゼントだよ」
コークからの誕生日プレゼントはゴールドの派手派手しいネックレス。
私はシルバーの方が似合うのだと何度言っても成金伯爵のコークはゴールドを選ぶ。
そういうところ、あまり好きではないけれど、家同士が決めた結婚だ。仕方あるまい。
コークはちょっと気は弱いけど、悪い男ではない。
コークが私の両親にあいさつに向かうのを見送っていると、後ろから義姉が近付いてきた。
「おめでとう、ミルフィーちゃん」
「ありがとう、お義姉さま」
義姉は年の離れた兄の奥さんだ。もう30歳。
にこやかにしているが実のところ、私達の仲はあんまりよくない。
さっさと結婚して家を出て行ってほしいと義姉が思っているのを私は気付いている。
「ミルフィーちゃんももう16なのねえ。楽しみねえ、予知夢」
そう予知夢。16歳になると、私達は予知夢を見れる。
どれだけ先の未来かは人による。
ただ、人生のターニングポイントの夢を見るのは決まっている。
私は早く夜になって予知夢を見るのが楽しみだった。
予知夢の内容はそれが実現するまで他人にバラしてはいけない。
バラすと災厄が起こるらしい。
母さんは、兄さんを産んだときの夢を見たと言っていた。
兄さんは義姉さんと出会ったときの夢を見たと言っていた。
父さんと義姉さんはまだ起こっていないと話してくれない。
一体どんな夢を見るのだろう。
気もそぞろにパーティーをこなし、私はさっさとベッドに戻った。
どんな予知夢を見るのだろう?
心躍らせながら、私は目を閉じた。
「ミルフィー! 君がそんなふしだらな女だなんて思わなかった!」
半裸の私がコークに責められながら、泣いている。
私の下にはシンプルだが仕立ての良い服を着た男がいる。コークではない。私の背に手を回している。
コークはベッドの横で顔を真っ赤にして、頭を抱えている。
「婚約破棄だ! 君みたいな女とは結婚できない!」
場面が切り替わる。
「ミルフィー恥ずかしい。お前がこんなことをするなんて……」
父が食堂で怒っている。
母は隣で泣いている。
「ふしだらな女と噂が立てば、貰い手などいないだろう。修道院に行きなさい、ミルフィー……」
母がひときわ大きくすすり泣く。
私は飛び起きた。
最悪の目覚めだった。
予知夢……あれが本当に今後起こること?
今で見たどんな夢よりも鮮明だった。
しかも、修道院なんて最悪だ。
修道院は信仰にすこぶる
劣悪な環境のところも多いと聞く。
甘やかされて育った子爵令嬢の私がそんなところで生きていけるとは思えない。
修道院になんて行きたくない!
まさか予知夢がこんな最悪の未来を見せてくるなんて……。
どうにかして未来を変えられないのだろうか。
落ち着いて、夢の内容を思い出す。
まずコーク。彼に婚約破棄を言い渡されるのは決定だ。
そしてお父様、嫁の貰い手がないなら修道院行き。
……つまり、嫁の貰い手があればよいのだ。
だけど、どこにいる?
今は婚約している私に次の結婚相手探しなどおおっぴらにできるはずもなく、婚約破棄されれば私はふしだらな女になっているのだから……。
いや、待て、一人だけいる。
一人だけ私と結婚してくれるかもしれない人がいる。
私の浮気相手だ。
半裸の私を上に乗せ、どう見ても今からふしだらなことをしますと言わんばかりだったあの男を探そう。
そしてそいつに責任を取らせるのだ。
服装からして貴族であることは間違いない謎の男。
お前のせいで婚約破棄されるのだから、代わりに結婚しろ! そう言ってやる。
もちろん一筋縄ではいくまい。
婚約者がいると周知の私に手を出すような男だ。
さぞかし遊んでるに違いない。
そんな男が簡単に結婚してくれるとは思えない。
だとしたら、あの男の弱みを握らねばなるまい。
弱みの1つや2つ握ってやれば結婚してくれるだろう!
私は決意に燃えた。とにかく修道院には行きたくなかった。
コークと破談するのはわりとどうでも良かった。
ごめんね、コーク。
「おはようございます……」
「おはよう、ミルフィー」
夢の中では鬼の形相をしていたお父様がニコニコと私を迎え入れる。
「どうだった、予知夢は」
「嫌ですわ、お父様、それは言えませんたら」
たとえ予知夢のルールがなくとも、言えるわけがない、浮気して、婚約破棄されて、修道院に送られそうになる夢でしたなんて。
「そうだったそうだった」
お父様はニコニコしてる。
私の予知夢が素晴らしいことであると疑いもしてないようだ。
疑ってくださいませ、お父様。
あなたの娘の予知夢は最悪でした。
「……お父様、今後我が家で開かれる予定のパーティーとその参加者を教えていただけます?」
「ああ、構わないが……?」
夢の中のベッド、あれは私の私室だった。
つまり、我が家に来る者の中に謎の男はいる。
片っ端から参加者を探り、謎の男を突き止めてやる!
「直近のパーティーはショートの10歳の誕生日お披露目パーティーだな、再来月だ」
ショートは私の甥っ子だ。兄と義姉の子供。
「我が家の跡取りのお披露目だ。盛大にやる予定だから参加者も膨大だが……本当に見るのかい?」
「はい。ありがとうございます、お父様」
その日から私の謎の男探しは始まった。
パーティーの参加予定者の中から自分に年の近い男をピックアップする。
体型などから謎の男とかけ離れている男は除く。
あとコークも除く。
これだけで、候補は30人に絞られた。
……絞られてない! 全然絞られてない!
30人の弱みなんていちいち探していられるものか!
諦めるか……? いいや、諦めるものか!
私は我が家に来たパーティーの招待状を片っ端から開封し、片っ端から子爵家代表として参加した。
あの服とセンスが近い男を探しにパーティーに赴いたのだ。
何ならコークに来た招待状にも目を通しコークのパートナーとしてパーティーに参加した。
コークはとても喜んでいたが、すべてはコークとの破談後の私の人生のためである。
なんかごめんね、コーク。
……一月が経った。謎の男は見つからなかった。
「ああああああ!」
「ミルフィー様!?」
頭を抱えて絶叫した私の元にばあやが飛び込んできた。
「ど、どうかなさいました?」
「な、なんでもないわ、ばあや」
「……あの、ミルフィー様、間違っていたらごめんなさいね。予知夢……あまりいい夢ではなかったのでは?」
「…………」
答えられない。予知夢の内容を話してはいけないから。
「ミルフィー様、かくいう私の予知夢も最悪のものでした」
「え……?」
ばあやの予知夢の話は初めて聞く。
大人はみんな予知夢の話をする。
まだの人はまだ、と明言し、まだの人には深くは聞かない。それが礼儀だ。
ばあやはそういえば、まだともなんとも言っていない気がする。
「……旦那が亡くなる夢でした」
「ばあや……」
「それを私は、旦那にも言えず……」
ばあやの旦那さんは我が家に仕えていた侍従の一人だと聞いている。
私が生まれる前に亡くなっているらしいけど、まさかそれを予知夢で見てたなんて……。
「でもね、ミルフィー様、その後にミルフィー様が生まれて、私、ミルフィー様のお世話をして……悲しみが紛れるくらい幸せな時間でしたの」
「ばあや……」
「きっと悲しいことのあとにはいいこともありますわ、ミルフィー様」
「……ありがとう」
悲しいこと……というか嫌なことだけど、嫌なことを嫌なままにしないためにも、私、頑張らなきゃ。
一月が経った。謎の男は見つからなかった。
参加者の中で出会えていないのは10人になった。
まったく絞りきれなかった。
「もう駄目だわ……お終いだわ……」
ショートの誕生日当日の朝、私はベッドの中で呻いていた。
「……いっそ、このベッドを破壊すれば……?」
などと、現実味のない考えまで浮かんでくる。
何にせよ、今日があの日とは限らない。
他の来客の日かもしれない。
心を強く持って甥の誕生パーティーに臨まなくては……。
パーティーでは気もそぞろだった。
忙しなく動く兄と義姉を眺めながら、隣のコークが話しかけてくる言葉に適当にあいづちを打つ。
コークはぼんやりとしている私を心配していたけど、ぼんやりもしたくなる。
あの謎の男は今のところ見当たらない。
今日ではないのだろうか?
「ミルフィーちゃん!」
「はい、お義姉様」
「悪いのだけど、私の部屋から替えのネックレスを取ってきてくれない? 今つけてるのが今にも千切れそうなの……。侍女に頼んで盗まれでもしたら困るし……」
そう言って義姉は鍵を渡してきた。
「分かりました」
「あ、僕もいっしょに……」
「やだわ、コーク。お義姉様の部屋に他の男なんて入れられないわ」
「あ、うん……」
侍女の盗みの心配なんて疑り深いお義姉様。
でもまあ、しょうがないのだろうか。
所詮この家はお義姉様にとっては他人の家だものね。
そう思いながら、義姉の部屋に入る。
鍵を念の為閉めて、化粧台に向かう。
ネックレスに指定はなかったけど、今日のお義姉様のドレスなら……。
ガチャリ、と戸の開く音がした。
「お義姉様?」
手が空いてご自分で選びに来たのだろうか?
そう思いながら振り返ると、薄汚い格好をした男がそこにいた。
「え……?」
盗人?
男は私に駆け寄った。
悲鳴を上げる暇もなく口を手で塞がれ、床に押し倒される。
下郎の手が私の胸元に伸びる。
服が乱暴に破かれる。
あまりのことに私の体は硬直し、何もできない。
そんな下郎を、蹴飛ばす誰かがいた。
「ぐふっ……」
下郎が呻いて床に転がる。
そして下郎を蹴飛ばしたのは、見知らぬ、しかし、知っている男だった。
仕立てのいい服の男。
「大丈夫か?」
優しくそう声をかけてくるのは、夢の中の謎の男に間違いなかった。
私はようやく硬直が解け、涙を流し始めた。
「うわーん!」
「よしよし、よしよし」
謎の男はなだめるように私の背を撫でると部屋から連れ出した。
「あなたの部屋は?」
口では何も答えられない。
私は身振りで彼を自室に招いた。
そして、部屋に入り、とりあえず落ち着かせようとしたのだろう。
ベッドに向かった謎の男を私はつんのめって押し倒してしまった。
あ……これ予知夢と同じ光景……。
「ミルフィー!?」
開けたままにしてた部屋のドアからコークの声がした。
「ミルフィー! 君がそんなふしだらな女だなんて思わなかった!」
コークはベッドの横で顔を真っ赤にして、頭を抱えている。
「婚約破棄だ! 君みたいな女とは結婚できない!」
そう叫ぶとコークはさっさと部屋を立ち去ってしまった。
「…………」
私の下にいる男は呆れ顔でコークを見送った。
「あー、大丈夫か、ミルフィー嬢。……なんだ、あの男との仲裁をしてもいいが、あんまり人の話を聞かない男というのはどうかな……」
「結婚して」
「はい?」
「コークの代わりに私と結婚して。あなたのせいで婚約破棄されたのだから責任を取って?」
「……いいよ」
謎の男は苦笑に歪めた唇で、私の唇に軽く触れた。
その後すぐ、コークに告げ口されたお父様に食堂に呼び出され、修道院行きを言い渡されたところに謎の男は現れた。
「嫁の貰い手ならここにいますよ、よろしければお嬢さんと結婚させてください」
「グラスウェル公爵クリス様!?」
お父様は驚愕した。
謎の男は有名な方だった。
私が突き止められなかったのは夢の中で顔がはっきりしていなかったからだった。
……そしてあの下郎はお義姉様の浮気相手だった。
お義姉様が私を傷物にしようと仕組んだことだったらしい。
そこまで嫌われていたとは予想外だった。
可愛い甥っ子も、実は下郎の子だという。
お義姉様は離縁され、偽物の甥と一緒に実家に帰られた。
そしてさらに一月後、私はグラスウェル公爵クリス様と結婚式を挙げた。
「……後悔はしていないかい? ミルフィー嬢。なんか勢いで結婚してしまったなあとか思っているのなら、やめるなら今のうちだが……」
「クリス様こそ、傷物にされかけた女と結婚して本当によろしいの?」
「よろしいとも、男に二言はないさ」
多分、私は、一目惚れをしていたのだ。
夢の中の謎の男に。
だから必死で探していた。
結婚すればいい、などと思いついた。
結婚式の喧騒の中、クリス様は私に囁いた。
「2年前に予知夢で、見たんだ。どこか知らないお屋敷で、知らない女の子を助ける夢。あのパーティーの日、君の実家に初めて行った時、ああ、ここだって、気付いたのさ……助けられて本当によかった」
「私達、同じ日の夢を見ていたんですね」
最悪だと思ってた予知夢、それは運命の予知夢だったのだ。
クリス様と口付けを交わしながら、私は予知夢に感謝した。