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世界最強の大魔王、貴族の落ちこぼれに転生する~無能・生き恥・面汚しと蔑まれ、実家を追い出されたけど、二千年前の力が覚醒して無双する~ 作者:月島 秀一
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第1話:追放と覚醒


 ルーグ=ウォーカー、十五歳。


 俺には――なんの才能もなかった。


 生まれつき体が弱く、剣術や魔法の才能もない。

 勇者の血を引くとされる大貴族『ウォーカー家』の末裔(まつえい)でありながら、この(てい)たらく……自分で自分が嫌になってしまう。


 父さんが言うには、『当家の歴史上、類を見ないほどの落ちこぼれ』だそうだ。


 そのため俺は、小さい頃から三人の兄たちにいじめられてきた。


「おいおい、ルーグ……。お前『無能』にもほどがあるだろ?」


「知っているか? ルーグのような者を『生き恥』と言うんだ」


「ウォーカー家の『面汚し』が……。視界に入ってくるな、鬱陶(うっとう)しい!」


 それから……伝承にある勇者は、美しいプラチナブロンドの髪に透き通るような(あお)い瞳をしていたらしい。

 実際に父さんや兄さんたちは、勇者と同じ金色がかかった髪と蒼みがかった瞳をしているのだが――俺の髪は夜闇のように黒く、瞳の色は真紅に染まっていた。


 当然、両親からの目は冷たい。


「ルーグ……、お前は本当に勇者の血を引いているのか?」


「ルーグ、あなたはあんまり外に出ないでちょうだい。ご近所さんの目があるんだから……!」


 父さんは失望を隠そうともせず、母さんは俺が人目に触れることを嫌った。


 それでも俺は剣を振るい、魔導書を読み漁り、毎日毎日過酷な修業に臨む。


 俺がしっかりと剣術を身に付ければ、俺が強力な魔法を扱えれば、俺が立派な勇者になれば――父さんや母さんや兄さんたちに認めてもらえると思ったのだ。


 とある晩のこと。


「う、ん……」


 なんだか寝付きが悪かったので、俺はトイレへ行くことにする。

 その途中、父さんの部屋に明かりが()いているのが見えた。


(こんな夜遅くなのに、いったいどうしたんだろう……?)


 恐る恐るそちらへ近付いていくと、母さんの金切(かなき)り声が聞こえた。


「もう、ルーグは早く捨ててしまいましょう! あんななんの才能もない子、栄誉あるウォーカー家の名前に傷がついてしまうわ!」


「まぁまぁ落ち着きなさい。ルーグもじきに十五歳だ。もしかしたら、『天授(てんじゅ)()』で有用な『ギフト』を授かるやもしれん。もう少しだけ、待ってみよう。捨てるかどうかの判断は、ギフトを確認してからでも遅くはないだろう」


 ヒステリックな叫び声をあげる母さん、そしてそれを(なだ)めようとする父さん。


(俺は……捨てられる、のか……?)


 信じられない――信じたくない『現実』が、もうすぐそこまで迫っていた。


「~~っ」


 それから俺は、これまで以上に努力した。

 父さんと母さんに捨てられないよう、ウォーカー家の一員として認めてもらえるよう、兄さんたちの何倍も何十倍も、それこそ寝る間も惜しんで努力した。


 だけど、その成果は一向に現れない。


 それもそのはず……俺と兄さんたちとでは、そもそもの『才能』が違うのだ。


 俺が一週間かけて、必死で学んだ魔法。

 兄さんたちはそれを、ものの一時間で完璧に習得してしまう。

 どれだけやっても並び立つことはできず、むしろその差はどんどん広がっていくばかりだ。


「おいおい、ルーグゥ? お前まだ第一位階の魔法もまともに使えねぇのか?」


「ルーグ、稽古(けいこ)の邪魔だ。お前は何もできないんだから、大人しく陰の方で遊んでいろ」


「ルーグ……いい加減、見苦しいぞ。もう無駄な努力はやめろ」


 兄さんたちは俺を小馬鹿にしながら、どんどんどんどん強くなっていく。

 圧倒的で絶対的な『才能の差』をまざまざと見せつけられた。


 悔しかった。

 つらかった。

 だけど……どうすることもできなかった。


 だって、俺はどうしようもない落ちこぼれで、兄さんたちはとんでもない天才なんだから。


 そうして迎えた『天授の儀』。


 人間はみんな十五歳の誕生日を迎えたとき、神殿に足を運び、神様から一つのギフトを授かる。


(これが、俺に残された『最後のチャンス』だ……っ)


 父さんや兄さんたちは、とてつもなく強力なギフトを身に付け、王様から騎士の称号を授与された。

 俺がもしここでとんでもなく凄いギフトを授かれば、みんなに認めてもらうことができる。


「――それではこれより、天授の儀を執り行う」


 神官様の静謐(せいひつ)な声が神殿に響きわたった。


 俺は目を固くつぶり、両手をギュッと組む。


(神様、お願いします……。どうか、どうか俺に強いギフトをください……ッ)


 そんな必死の祈りも(むな)しく、俺には――なんのギフトも授けられなかった。


「そ、そん、な……っ」


 視界はグラリと揺れ、思わずその場で膝を()いてしまう。


「ギフトがないだと!? 何かの間違いではないのか!?」


 父さんは目をいからせながら、神官様に激しく詰め寄った。


「も、申し訳ございません。私もそう思って、何度も神の声に耳を傾けてみたのですが……。やはりルーグ=ウォーカーには、なんのギフトも与えられていませんでした。偉大なる神は平等を(たっと)び、人間にそれぞれ一つずつギフトをお与えるになるはずだというのに……。こんなこと、私も初めてでございます……」


 神官様は困惑しきった様子で、ぶんぶんと首を横へ振る。


「ルーグ……お前というやつは……」


 落胆・侮蔑(ぶべつ)諦観(ていかん)――父さんのあの冷たい目を、俺は一生忘れられないだろう。


 その後のことは、あまりよく覚えていない。


 とにかく俺は、みんなから散々に(ののし)られ、家を追い出されることになった。


 去り際、


「――せめてもの情けだ。これを持って行け」


 父さんはそう言って、小さな皮袋を手渡してきた。

 そこに入っていたのは、いくらかのお金。

 贅沢(ぜいたく)をしなければ、一か月は生活できる額だ。


「と、父さん……っ」


 身を案じてくれたのだと思った。

 心のどこかでは、やっぱり息子のことを――俺のことを大事に思ってくれているのだと思った。


 だけど……違った。


「――いいか、ルーグ。この金を使って、とにかく遠くへ行け。とりあえず……今日のところは西の平原を渡り、ウェストハウンドの街で宿を取るといいだろう。それから……わかっているとは思うが、間違っても誇り高き『ウォーカー』の名を名乗るんじゃないぞ? いいな?」


 これは、ただの『手切れ金』だった。

 俺がウォーカー家で過ごした十五年という歳月は、兄さんたちにいじめられながら耐え抜いたあの苦しい修業の日々は、この手に掛かるわずかな重みほどの価値しかなかったのだ。


「……わかり、ました……」


「うむ、では早く行け。人目に触れぬよう、ローブを深くかぶるんだぞ?」


「はい……さようなら」


 血の繋がった親兄弟・帰るべき家・ギフトという可能性――文字通り全てを失った俺は、家の裏口からそっと抜け出したのだった。



 ルーグが家を去った後、彼の父グレイグ=ウォーカーは、肩の荷が下りたとばかりに息を吐き出し――パンパンと手を打ち鳴らして、配下の者を呼びつけた。


「――グレイグ様、いかがいたしましたか?」


「<召喚(ゼアル)>の魔法を使い、西の平原にオーガを放っておけ。そうだな……十匹もいれば十分だろう」


「と、いいますと……?」


「はぁ、お前も察しの悪い奴だな。我が不肖(ふしょう)(せがれ)、ウォーカー家の唯一の汚点――ルーグを抹殺(まっさつ)するのだ」


「よ、よろしいのですか? 先ほどは、『遠くへ行け』とおっしゃられていたと記憶しているのですが……? それにいくらかの金銭もお渡しになられていたはず……」


「ふん、あれはあやつをここから遠ざけるための『方便』と『餌』に過ぎん。目的を与えぬまま、無一文で放り出せば、とち狂って寝込みを襲って来ぬとも限らんからな。人間、手元にまとまった金があるうちは、そう馬鹿な真似をせんものだ」


「さすがは旦那様、素晴らしい知恵でございます! 感服いたしました!」


「ふふん、そうだろう?」



 家を追放された俺は、父さんに言われた通り、西の街ウェストハウンドを目指す。

 今日はもう夜も遅いので、一晩そこで宿を取り、明日になってから乗り合いの馬車で大きく移動する予定だ。


(とにかく、遠くへ行こう)


 ウォーカー家から離れて、どこか静かな場所でひっそりと穏やかに暮らそう。

 そんなことを考えながら、一人トボトボと夜の平原を歩いていると――視界の端に後ろ脚を引きずりながら歩く、小さな生き物を見つけた。


 クルンとした漆黒の瞳・(つや)やかな白銀の毛並み・もふもふの尻尾、おそらくはウルフ系統の魔獣……あれはメスだな。

 両手にすっぽりと収まりそうなサイズ感からして、きっとまだ子どもだろう。


「……お前、怪我をしているのか……?」


 よくよく注意して見れば、左後ろ脚に引っ掛かれたような生傷(なまきず)

 まだ小さいから、他の魔獣に襲われてしまったのかもしれない。


「大丈夫か? 俺が治して――」


 回復魔法を掛けてあげようと、そっと手を伸ばせば――。


「――キャルルルル!」


 その子は牙を()き、俺の手にガブリと噛みついた。


()……っ」


 小さくても魔獣は魔獣。

 (とが)った牙がグサリと刺さり、鋭い痛みが走る。


「お、驚かせてごめんな。でも、大丈夫。ほら、怖くないよ……」


 こちらに敵意がないことを示すため、優しくその頭を撫ぜてあげると――ウルフの子どもは徐々に噛む力を弱めていき、やがてペロペロと俺の手を舐め始めた。


「よしよし、いい子だ。怖くないから、このままジッとしているんだぞ?」


 それから俺は、精神を集中させて<回復(ティルト)>の魔法を発動。

 淡い光が傷付いた後ろ脚に集まり、魔法が効果を発揮し始めた。

 だけど、その光はとても弱々しく、回復効果も微々たるものだ。


「……っ」


 第一位階――最も簡単な魔法である<回復(ティルト)>すら満足に使えない。


 そんな自分が、本当に情けなかった。


「……ごめんなぁ。これが兄さんたちなら、もっとうまく治せてあげたのになぁ……。俺、魔法が下手だから……ちゃんと治してあげられないや……っ」


 あれだけ必死に頑張ったのに、歯を食いしばって努力したのに、寝る間も惜しんで食らい付いたのに……結果はこのざまだ。

 自分の無能っぷりがあまりにも情けなくて、涙がポロポロとこぼれ落ちる。


「……きゃるぅ」


 ウルフの子どもは、(ほほ)を流れる涙を優しく()め取ってくれた。


「……あはは、お前は優しい子だなぁ……」


 それから少しして、治療は無事に終わった。


 まだ完全に治ってはいないけれど……。

 とりあえず、足を引きずることなく、四本の足で真っ直ぐ歩けるぐらいには回復した。


 ただ……どういうわけかこの子は、俺のもとを離れようとしない。


「もしかして……お前も帰るところがないのか?」


「きゃる」


「そっか、俺と一緒だな……。はぐれ者同士、一緒に行こっか?」


「きゃるる!」


 ウルフの子どもは元気よく頷き、隣に並んで嬉しそうに歩く。


 俺はそんな彼女に『キャルル』と名付けた。

「きゃるる」と鳴くから、キャルル。我ながら安直な名前だと思うけど、当の本人は喜んでくれているみたいだ。


 そうして俺とキャルルが、西の平原を歩いていると――前方から、十匹のオーガが姿を見せた。


「オゥ」


「グォウ」


「ゴゥゴゥゴゥ!」


 身の丈二メートルを超える巨躯(きょく)

 その手に握られているのは、まるで大木のような棍棒(こんぼう)


「な、なんで……どうしてこんなところにオーガの群れが……!?」


 オーガの生息地は、主に森の中。

 それにこいつらは知能がとても低いため、集団行動を取ることができない。

 こんな平原のど真ん中で、十匹もの大きな群れを形成するなんて……普通ならあり得ないことだ。


「オグ! ウ゛ォウ゛!」


 集団の先頭にいたオーガは、俺の姿を確認した後、大きな声を張り上げ――それを聞いた他のオーガたちが、興奮した様子で地団太を踏む。

 この踊りは、オーガが獲物を見つけた際に見せるものだ。


 もはや戦闘は避けられそうにない。


「くそ、やってやる……! 俺だって、これまで必死に修業をしてきたんだ……!」


 俺は素早く腰に差した剣を抜き、剣術における基本中の基本である『正眼(せいがん)の構え』を取る。

 すると次の瞬間――十匹のオーガたちが、一斉に襲い掛かって来た。


「グゥオオオオオオオオ……!」


 真っ正面に突っ込んできた一匹に対し、渾身の斬撃を放つ。


「食らえ! 真影(しんえい)流・一の太刀――残影斬(ざんえいざん)ッ!」


 全体重を込めた袈裟斬りは――オーガの鋼の如き筋肉に阻まれた。


(な、なんて固い肉なんだ……っ!?)


 息を呑んだ直後、


「グゥ……ガッ!」


 オーガの振るった棍棒が、右の脇腹を直撃した。


「が、は……っ!?」


 俺は地面と平行になって吹き飛び、大きな石のようなものに背中を打ち付け、ゆっくりと地面にずり落ちていく。


「はぁはぁ……ぐっ、ぁ……っ」


 体のあちこちが痛過ぎて、どこがどう痛いのかさえわからない。


(早く、早く立たなきゃ……っ)


 明滅する視界の中、俺の正面にいたのは――キャルルだ。


「キャルルルル……ッ!」


 彼女は全身の毛を逆立たせ、その小さな体を目一杯大きくして、オーガたちの前に立ち塞がっていた。

 俺のことを守ってくれているのだ。


「……駄目、だ……。逃げろ……キャル、ル……ッ」


 肺をやられているのか、ひどく(かす)れた声しか出ない。

 そうこうしている間にも、オーガたちは真っ直ぐこちらへ向かってくる。


「グゥボオオオオオオオオ!」


「ギャルルルル……ガウッ!」


 キャルルは牙を剥き出しにして飛び掛かり、オーガの首筋へ噛み付いた。

 だが――彼女の小さな牙じゃ、オーガの頑強な『筋肉の鎧』を貫くことはできない。


「ウ゛、グォ!」


 オーガはいとも容易くキャルルをひっぺがし、強烈な棍棒の一撃を叩き込んだ。


「ぎゃぅ……!?」


「きゃ、キャルル……ッ!」


 空中に舞い上がるキャルル。

 オーガたちはそんな彼女の体を――ボールに見立てて遊び始めた。


 夜の平原に、耳をふさぎたくなるような悲鳴が響く。


「や、やめろ……。お願いだから……もう、やめてくれ……っ」


 必死の懇願(こんがん)は――届かない。


(……どうして、こんなに酷いことができるんだ……ッ)


 俺は歯を食いしばり、ボロボロの体に鞭を打って、ゆっくりと立ち上がった。


(……待っていろよ、キャルル……。俺が今、助けてやるから、な……っ)


 覚束ない足取りのまま、血で赤く染まった視界を歩けば――目の前に巨大な陰が落ちた。

 顔を上げるとそこには、月明かりに照らされた巨大なオーガ。


「ウ゛ォググ……!」


 奴は醜悪な笑みを浮かべながら、大木のような右腕を天高く掲げる。


「グゥ、ガッ!」


 思考を巡らせる間もなく、無情にも振り下ろされる棍棒。


「……邪魔、だ……どけぇ……ッ!」


 俺が渾身の右ストレートを放った次の瞬間――巨大な棍棒は砕け散り、オーガの胴体に特大の風穴が空いた。


「グ、ォ……?」


 血まみれになったオーガは、不思議そうな声をあげた後、そのままゆっくりと倒れ伏す。


 明らかな異常事態に対し、残りのオーガたちは一斉にこちらへ目を向けた。


 一気に開けた視界の先――奴等の手元には、ボロ雑巾のようになったキャルル。


「きゅ、ぅ……」


 彼女は今にも消えてなくなりそうな声をあげる。

 そのとき、頭にカッと血が上るのがわかった。


「……お前たち、もういい加減にしろよ……っ。それ以上キャルルをいじめたら、絶対に許さないからな……ッ!」


 俺が大声を張り上げ、オーガたちを睨みつけたその瞬間、


「ゴ、ァ!?」


「アゥ、ガ……」


「グ、ゴ、ァ……ッ」


 みんな、死んだ。


「……え?」


 九匹のオーガたちは、突如その場で倒れ伏したのだ。


「な、なんだ、これは……?」


 それはあまりにも奇妙な光景だった。

 全員が全員、まるで息を合わせたかのようにして、同時にパタリと倒れたのだ。


「いや、今はそんなことよりも……っ」


 俺は大慌てで、キャルルのもとへ走った。


「キャルル、大丈夫か!?」


「……きゃ……る、ぅ……」


 思わず目を背けたくなるほど酷い状態だけど……まだ息はある。


「くそ……っ」


 咄嗟に<回復(ティルト)>を発動しようとして――やめた。

 今使うべきは、こんな(・・・)弱い魔法(・・・・)じゃない(・・・・)


 何故か本能的にそう思った。


 頭の中に浮かび上がった超高度な魔法式、俺はすぐさまそれを構築し――発動。


「――<完全回復(リ・ティルト)>」


 溢れんばかりの強い光がキャルルの体を包み込み、彼女の傷付いた体が一瞬にして全快。ついでに俺の体も完全に回復した。


「きゃるるるる!」


 キャルルはプルプルプルと体を振るい、もふもふの尻尾を元気よくピンと立てる。


「あぁ、よかった……。本当に、本当によかった……っ」


「きゃる、きゃるる!」


 彼女は「ありがとう」と言っているのか、しきりに俺の頬を舐めてきた。


「あはは。こらこら、くすぐったいよ……っ」


 そうしてじゃれ合っているうちに、ふと不思議に思った。


「それにしても、さっきのはいったいなんだったんだろう……?」


 突然現れたかと思えば、何故か一斉に死亡したオーガの群れ。

 強大なオーガを一撃で倒した俺の右拳。

 まるで呼吸をするかのように発動できた大魔法<完全回復(リ・ティルト)>。


 何から何まで、意味のわからないことばかりだ。


「もしかして、狐にでも化かされちゃったのか……?」


 俺がコテンと小首を傾げれば――びゅーっと冷たい風が吹いた。


「うぅ、寒いな……っ」


 夜の平原はよく冷える。

 こんなところで立ち往生(おうじょう)していたら、すぐに風邪を引いてしまう。


「キャルル。とりあえず、先へ急ごう」


「キャル!」


 先ほど起きた不思議な現象を一旦(いったん)頭の奥へ仕舞い込み、西の街ウェストハウンドを目指して進むのだった。



 一方その頃――王城グランバルトでは、蜂の巣を突いたような大騒ぎが起きていた。


「な、なんだ、今の大魔力は!? いったい何があったというのだ!?」


 焦燥に満ちた国王の声が、玉座の間に響き渡る。


「こちら『禁忌教典(きんききょうてん)』、魔法解析が完了しました! 先ほど観測された大魔法は、第八位階の禁呪<破滅の呪言(グリアド)>! 歴史上の主な使用者は……破滅の大魔王ルーグ=ディルフォード……っ」


「……っ」


 大魔王の名を知る者は、王族および王直属の魔道部隊である禁忌教典など極一部の者に限られており、ウォーカー家のような勇者の血を引く家系にさえ、ルーグ=ディルフォードの()()は伝わっていない。

 これは大魔王が使用する魔法に、その『知名度』や『恐怖』によって、威力を倍増させるものが存在するため、(いにしえ)の王国政府が厳しい情報統制を()いた結果だ。


「ぎゃ、逆探知を急げ! それから大至急、勇者・賢者・剣聖の家系へ連絡を取るのだ! 本流・傍流(ぼうりゅう)は問わぬ。全ての末裔(まつえい)へ緊急招集を掛けろ! あの破滅の大魔王が、二千年の時を超えて転生を果たしたぞ……!」


 王の厳命(げんめい)が響いた直後――ウォーカー家の当主グレイグ=ウォーカーが、玉座の間に姿を見せた。


「――王よ。私なら、既にここにおります」


「おぉ、グレイグか!」


 王城の守護を任されていたグレイグは、とてつもない大魔力を感知した後、すぐに玉のもとへ駆け付けたのだ。


「よく聞け、グレイグ。今宵(こよい)、王国に古くから伝わりし破滅の大魔王が、遥か悠久の時を超えてこの現代に転生を果たしてしまった……っ。あやつはかつて、人間族・精霊族・神族(しんぞく)はおろか、摂理や概念さえも滅ぼした正真正銘の化物。我々人間族は今、かつてない滅亡の危機に立たされておるのだ!」


 国王は真剣な表情で話を続ける。


「どうか今一度、お主の持つ『勇者の力』を貸してほしい。かつて大魔王と渡り合ったその力で、あの厄災を――大魔王ルーグ=ディルフォードを討ち滅ぼしてくれ……!」


「はっ! この命に代えても、必ずや破滅の大魔王を討ち取って見せましょう……!」



 同時刻。

 魔王城の最上階では、魔王軍四天王が歓喜の声をあげていた。


「今の……今のいと気高き魔力は……ッ」


 魔王軍四天王・臨時統括を務める黒髪の美女――ネフティアは、鈴のような声を震わせながら涙をこぼす。


「うおぉぉぉぉお゛お゛お゛お゛……! ルーグ様だ……! あの懐かしき力の波動は、大魔王ルーグ=ディルフォード様のものに違いなぃぃぃぃい゛い゛い゛い゛……!」


 天蓋(てんがい)に届くほどの巨体を誇る龍は、興奮のあまり凄まじい雄叫びをあげる。


「う゛ぅ、魔王様ぁ……っ。やっと、やっと……お会いできるんですねぇ……!」


 小さなエルフの娘は、顔をぐしゃぐしゃにしながら鼻水をすする。


「お、落ち着きなさい! とにかく、座標を! 魔王様の現在座標を特定するのですッ!」


 普段は冷静沈着な大悪魔でさえ、このときばかりは声の端々に喜びの色を隠せなかった。


 色めき立つ魔王の側近をまとめ上げるのは、魔王軍四天王・臨時統括であるネフティアだ。


「あの御方は二千年の時を超え、たった今転生を果たしたばかりです。そして――この魔王城へすぐにお戻りなさらないことから判断するに、まだかつての力を取り戻せていない御様子……っ。――魔王軍・臨時統括として命じます。魔王城の防衛機能を最低レベルへ落とし、そこで確保した全魔力を魔王様の捜索に()てなさい! 人間族・精霊族・神族に(おく)れを取ってはなりません。我々が一番先に、魔王様をお迎えに上がるのです!」


「お゛ぉう!」


「はい!」


「承知いたしました!」


 これまで長らく活動を停止していた魔王軍は、大魔王の転生を契機にして一斉に動き始める。


「……あぁ、愛しの魔王様……。二千年という時間はあまりにも長く、貴方様への想いに身を焦がす毎日でした……っ」


 ネフティアは(から)の玉座を愛おしそうに撫でながら、万感の思いを噛み締める。


「もう間もなく、お迎えに上がります……。後ほんの少しだけ、お待ちくださいませ……我が愛しの大魔王ルーグ様……ッ!」

次回は西の街ウェストハウンドに到着したルーグ視点から、物語が始まります。

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