伊藤隆太郎(いとう・りゅうたろう) 朝日新聞記者(科学医療部)
1964年、北九州市生まれ。1989年、朝日新聞社に入社。筑豊支局、西部社会部、AERA編集部などを経て、2016年から科学医療部。
再び失敗へと歩みだす内閣府の科学政策 為政者が「アクティブ運用」するな
実現すれば社会を大変革する研究を公募して選び、資金を集中投下する……。そんな触れこみの新しい支援制度が、今年度から始まる。内閣府の「ムーンショット型研究開発制度」だ。人類を月へ送ったような、最初は困難にも見える壮大な挑戦を選んで、巨費を託す。
だが、これほど無意味ぶりが開始前からはっきりした政策も、なかなか珍しいだろう。要するに、政府が研究資金を「アクティブ運用」するわけだ。したがって当然、その運用成績はアンダーパフォーマンスになる。つまり最終的には損をする運命にある。
いや、なにも奇をてらった主張をするつもりはない。これは理論と実証によってすでに明確なことだから。つまり、現代経済学の金字塔とも呼ばれる「モダンポートフォリオ理論」の結論そのものだ。ノーベル賞を受けたハリー・マーコビッツやウィリアム・シャープの業績を振り返りつつ、この政策の的外れぶりを確認したい。
朝日新聞の記事によれば、このムーンショット型研究開発制度では現在、「第二の緑の革命」「生活習慣病と無縁の社会」など21件のアイデアが検討されている。今後、有識者が議論して2〜3件に絞り込む。1000億円超の予算が計上されているという。
この記事でも、政策への強い疑問が示されている。「そもそも『大当たり』のくじを狙って買うようなことができるのか」。大学への交付金を減らす一方で、ハイリスクの挑戦には大金を注ぎ込むという。アンバランスぶりには驚くばかりだ。
結論を先に書くと、この政策はもちろん単純に誤っている。理由を簡潔に言えば、「卵を一つのかごに盛るな」ということ。リスクを抑えて期待リターンを最大化できる資産の配分法は、モダンポートフォリオ理論によって定式化されている。
理論の出発は、半世紀ほど前。1952年に経済専門誌「ジャーナル・オブ・フィナンス」に発表された論文で、今日の「金融工学」と呼ばれる分野が産声を上げた。執筆したのは、当時まだ無名のシカゴ大学院生だったハリー・マーコビッツ。わずか15ページの論文の結論は、驚くべきものだった。
さまざまな会社のさまざまな事業は、それぞれが成功したり失敗したりして、その会社の株式や債券の値段を上げ下げする。では、そうした変動リスクを抑えながら一定の収益を目指すには、どうすればよいか。マーコビッツは数学の確率理論を駆使して、方法を具体的に示した。導かれた結論は「さまざまな資産に分散投資する」というものだ。
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