お久しぶりです。らぷらす です。
今日はJPhO(日本物理チャレンジ?)の非公式交流会でした!
というわけで、今回はそのことについて語ろうかなと思います。
JPhO非公式交流会とは?
ご存知の通りコロ助が猛威を奮っているので、物理チャレンジが今までのようにできないということで交流会がなくなった?みたいな事情があったらしくて、学術オリンピックの醍醐味の一つである交流会を参加者の有志が開催したという流れらしいです。(一応部外者なので詳しいことは知らないんですけどね...)
その素晴らしい有志の方々をまずはご紹介しましょう↓
+9君は以前僕と同じプログラムに参加して知り合いになりました。
とても強くてすごいひとです。
ちなみに僕はJPhOとかIPhOとか出たことないんですけど、彼から執拗に発表しろと迫られたため、泣く泣く発表せざるを得なくなりました。
MASA君は今回初めてお顔を拝んだ方ですが、以前からツッタカターで知り合いでした。
彼もとても優秀なお方です。
僕なんかだと到底勝てへん知性をお持ちなので、将来は研究の最前線で主人公ムーブをされるんだと思ってます。
...という超強いお二人のお力により執り行われたのが今回の会です。
交流会の中身は
という感じでした。
(ちなみに+9君とカザフスタンのお友達は、僕と+9君が一緒に参加したプログラムで知り合った感じです。僕はそのプログラムが終わってからFacebookで知り合いました。東大推薦の受験の相談では結構お世話になっていたりしました...アリガトネ)
僕の発表は基本的に数式まで全部理解させる気ではなかったので、詳しいことはこのブログに書いておこうと思います。
ただ、この発表で参考にした本(スピン流とトポロジカル絶縁体)は届いたばかりの本で、私もちゃんと理解しているのか自信がありません。私が間違った理解を伝えてしまっている可能性もあります。内容を鵜呑みにせず、批判的な姿勢で読んでいただきたいです。その道のプロの方がいらっしゃれば、訂正すべき点など教えていただければ幸いです。
私の発表のノート
1.スピンとスピン流
電子には、電荷が-eという性質がありますが、その他にもスピン角運動量が大きさであるという重要な性質があります。古典的な対比では電子が自転していることに由来して電子にも角運動量がある、などと表現されるという例がしばしば使われますね。(この例はスピン角運動量を持つという説明に関してはわかりやすい表現ですが、古典的極限をとると角運動量が消滅してしまうので不正確らしいです。電子には向きがあって、その向きに磁性を持っていると考えるのがより良いでしょう。)磁性を持っているということは向きがあるので、軸に沿った並行/反平行の状態を「上向き」「下向き」などと言ったりします。
さて、電荷の流れを電流という風に呼びますね。図1の上の方を見てください。電子がごっちゃごっちゃ動いているけど統計的には一定の向きに流れがある時、電流と呼びますね。これを見ているとスピンについてもスピン流というのを考えらそうな気がします。図の下の方を見てください。スピンの向きを上向き(↑)、下向き(↓)というように区別すれば、それぞれについて流れの大きさが定義できそうですね。仮に↑の流れのベクトルを、↓の流れのベクトルをと書き、それ以外の向きがないと仮定してしまえば、その和が電流、その差がスピン流みたいな感じです。(仮に電流が零ベクトルであれば、そのスピン流は電荷を運搬していないという意味を込めて純スピン流と呼ばれます。)
さて、電流では連続の方程式が成立しますね。これをスピン流に敷衍していけ💪...とは思いつつ、ちょっとキツいことに気づきます。スピン流は連続の方程式のような保存則が成り立つような量が思いつけませんね。というのも、スピンは物質中の...構成物質との相互作用とかのせいですぐにスピン流が消えてしまうので、スピンの向きに関する保存則が成り立ちません...残念!具体的にはμmのオーダーで消えてしまうと知られています...
実はこの事実によりスピントロニクスは長い間研究されてきませんでした。しかしながら思い出してみましょう...CPUの設計はnmのオーダーで行われています。このスケールになるともはやスピン流は保存すると仮定してもいいでしょう、ということでスピン角運動量が保存するということから連続の方程式を立ててみましょう:
...(1)
ベクトルとスカラーがごちゃごちゃの式ですいません...
(僕はTeX教 ベクトルは\bold派なんですがはてなブログだと\boldが使えないので...)
Mは磁化(全磁気モーメント)(ベクトル)、γは磁気回転比(スカラー)、j_sはスピン流(ベクトル)です。divがかかっているのにベクトルと等号が繋がってるのおかしくね?と思ってしまいますが、これには訳があって、j_sがスピン成分と空間成分を持つテンソルで、divが空間成分にだけ作用するためdivを作用させてもベクトルのままになるという変態仕様になっているためこういう書き方をします。
この結果(1)は重要なので覚えておいてくださいね。
さて、話は変わって自発磁化(強磁性体に発現する磁化...とでも言えばいいのでしょうか?)の運動を考えましょう。具体的には強磁性体の磁化を一本のベクトルで代表するモデルを採用します。使うのはHeisenbergの運動方程式という、量子力学でよく出てくるSchrödinger方程式と同じレベルの基礎方程式です。これ。
]
ハミルトニアンをとおきましょう。磁気モーメントと有効磁場H_effが同じ方向を向けば向くほどエネルギーが小さくなる、と思えば自然な設定ですね。
さらにという関係が成り立ちます。Sはスピン角運動量です。
これをHeisenbergの運動方程式に代入して解いてあげましょう。本番はこの計算を省略したので今回は丁寧に変形していきますね。
]
]
となりますね。
ここでスピン角運動量Sについて以下の関係
が成立することを利用すれば、
と書けますから、つまり
に帰着します。これは歳差運動の運動方程式と同じ形をしているので、mはH_effの周りを歳差運動するとわかります。
さてここで非常にくだらない話なんですが、今回のお話の引用元の本「スピン流とトポロジカル絶縁体」にはではなくてと書いてありましたので、今後は符号を後者の方で統一しようと思います(回転の方向が変わるだけ?なんですかね)
...しかし本当に自発磁化は有効磁場周りで歳差運動を続けるんでしょうか?そんな磁石は見たことがないですね...ということで、現象論的な感じではありますが有効磁場のほうへ回転が収まっていく効果をこの方程式に付与してあげましょう。これを緩和項と言って、実際に書いてみるとこんな感じです:
...(2)
これをLandau-Lifshitz-Gilbert方程式(LLG方程式)といいます。自発磁化の運動を記述する方程式です。αはギルバート緩和定数といいます。緩和項の形は実験をよく説明するモデルであればなんでも良いとか。理学部にキレられそう。
2.スピン流の物性現象
(1)(2)の式から興味深い物性現象を見出すことができます。
まず(1)を両辺体積で全体で積分してあげましょう。何度も言っている気がしますがいちいち矢印書くのがめんどくさすぎるので先に断っておきますとMとJ_sはベクトルです。
Gaussの発散定理を用いてこう書き換えましょう:
さて、微小な強磁性体にスピン流を流し込む場合を考えましょう。(図2の上の方を参照)
この場合、自発磁化とスピン流の間に相互作用が発生しそう...ということは容易に想像できますね。具体的には、この成分が緩和項と同じ直線上に伸びているので(図2の下の方を参照)、あとは符号により緩和項の影響を抑えるか促すかが決まるという訳です。この作用を(2)に付加してあげると(ここは僕もあまり理解していないんですが...申し訳ない)、下のような式になります。
この第3項が緩和項と真逆の方向に寄与するのは磁性体の磁化とスピン流の向きが逆の時で、その時スピン流の大きさが十分大きくなると、いつしか緩和項の寄与よりも大きくなって...歳差運動がどんどん大きくなって...気づけば強磁性体の磁化がひっくり返っている訳ですね!(図2の上の方を参照)
このように磁気反転をする方法は他にもあります:†電磁石を使って圧倒的な外部磁場†を作って磁気反転を誘発するなど...
しかしながらこのスピン流注入磁気反転の方法はそのような方法と違って、スピン流さえ生成できればかなり簡単に磁気反転ができる点が魅力という訳です。
さて、ここまでスピン流で磁気反転ができるよというお話をしてきましたね。これの何がすごいかというと、磁化の並行/反並行を0or1に対応させて1bitを記憶させることができるという点です。この技術はSpinRAM(Spin Random Access Memory)に応用されています。SpinRAMは磁気ランダムアクセスメモリMRAMの一種で、次世代の記憶素子として期待されています。スピン流が容易に生成できるようになれば計算機が性能をさらに上げるかもしれないですね。
3.物性物理学が拓く未来
今まで散々スピントロニクスの実用例についてお話ししてきましたが、もっと物性物理全般に目を向けてみようということで少し広い視野から語らせてください。
唐突ですが、ゼーベック効果というものがあります。適当な条件を満たす系に温度差をかけると起電力が生まれるというものです。皆さんは熱がいかに仕事として取り出しにくい、質の悪いエネルギーかをご存知かと思います。しかしながらゼーベック効果は、熱から電気を取り出すという一見困難な課題に対して、「温度差」をかければ発電できるという可能性を示しました。現在世界規模で進行しているとされる資源枯渇問題に対する予防策としては太陽光発電や地熱発電が最も貢献しそうな雰囲気ですが、熱電変換も研究と効率向上を重ねればそれらの仲間入りができそうな雰囲気がありますね。
しかしながら実は熱電変換にはとても深い落とし穴がありました。Wiedemann-Franzの法則をご存知でしょうか。この法則は「多くの物質については、温度一定の場合熱伝導率と電気伝導率の比が一定である」ということを主張します。熱電変換効率は熱伝導率と電気伝導率の比に依存しているのですが...もうお分かりでしょうか、ほとんどの物質では熱伝導率と電気伝導率の比が一定となるため、熱電変換性能の向上を見込めないということが大きな壁となったのです。
ここでさっき散々説明したスピントロニクスを登場させてみましょう。ゼーベック効果は電圧と温度差の交差的応答です。スピンについてもスピン圧という概念を導入すれば、このようなスピン圧と温度差の交差的応答が導けそうですね。実はこれは最近発見された「スピンゼーベック効果」という効果です。論文のリンクを載せておきますね。(Natureなので大学図書館などでお求めください...)
Observation of the spin Seebeck effect | Nature
ちなみにこの研究は東大の物理工学科で行われています!
(この論文は僕が物工を志すきっかけとなった論文です)
さて、スピンゼーベック効果は何がすごいのかといいますと、さっき熱電変換の大きな落とし穴であると紹介したWiedemann-Franzの法則に縛られないところです。つまり、電圧の代わりにスピン圧を使えば熱電(?)変換性能の向上の余地があるということを示しています!
スピントロニクスから離れたいと言っておきながらスピントロニクスの話に戻ってしまって申し訳なかったです。他のアプローチを試してみるのも非常に重要なことです。例えば、この研究なんかは面白いと思います。
グラフェンナノリボン(GNR)を試料として、グラフェンを構成する炭素原子を引っこ抜いて水素原子で蓋をするという操作を行い、熱電変換性能を最大化しようというモチベーションです。しかし闇雲に引っこ抜いてもうまくいくわけがありませんね。そこで、熱電変換性能を表す評価指数としてというのを最大化するようにベイズ最適化を適用した、という研究です。このような物質の工学と情報の工学の境界領域はMaterial Informatics(MI)と呼ばれており、非常に興味深い学問です。(実は先ほどの論文と合わせてこの2つの論文を東大推薦の対策として主に読んでいました。とても面白いので皆さんも是非読んでみてくださいね。)
物性物理の威力はこんなことでは説明しきれません。もはやスマホに半導体技術が詰まっていることはいうまでもないでしょう。そのほかで言えば...有名なのは高温超伝導物質でしょうか。電線の送電ロスを0にすることや、超電動リニアの実現に貢献することが期待されている分野で、研究も盛んな分野です。他にも、最近はトポロジカル絶縁体の研究が盛んですね。量子コンピュータの性能向上に使えるのではないかと言われているためか研究が最近白熱してきた印象を受けます(ただの学部生の感想なので本当は違うかもですけど)。物質だけでなく学問全体として社会の基盤になっており、尚且つ技術的な革命を起こすポテンシャルを秘めた学問もあります。フォトニクスはわかりやすいですね。無線通信、電波天文学、計測、光子論理回路などの分野で応用が期待されています。フォノニクスも負けていません。免震、音響学、熱管理など、一見無関係に見える分野を幅広く支えています。物性物理学は、現代を支えているのはもちろん未来を切り拓いていく学問として、人類と共に歩み続けていくのだと僕は思っています。
これで3留したら流石に笑っちゃうな
最後に
JPhO非公式交流会を企画してくれたお二人、参加された皆さん、発表者の皆さん、特別講演をしていただいた沙川先生、その他今回の会に関わった皆さん、貴重な体験をさせていただきありがとうございました!またこういう機会があるといいですね。発表順を最後にされたのはちょーっと許し難いけど、交流会は非常に意義深いものになったと思います。
また、JPhO非公式交流会のDiscordは物理が好きな皆さんにとって非常に貴重な経験をさせてくれる機会となります。まだ入っていないよ、という物理チャレンジに参加検討中の皆さんや物理好きの皆さんの加入は(おそらく)快諾してくれるでしょうから、躊躇せずに一歩を踏み出してみてください。