第59話 猫娘は女学生の香り
「おはようございますボス! 今日は張り切って朝5時には起きて、お弁当も作って来ました。一番弟子に恥じない働きができるように頑張ります! それと、パパが時間があったら、ボスに挨拶しに来るって言ってました!」
「お……おう」
朝一番からハイテンションなエトワである。
初日なので9時にギルド前で待ち合わせしていたんだが、どうも1時間ほど前から待っていたらしい。数学が得意なくせに無駄なことをするやつだ。
今日は、レベッカさんが家の用事で来られず、俺とディアナとマリナの3人で店に来ている。ディアナとは昨日の今日だし、少しだけ気まずい。
「ところでエトワ、ずいぶん可愛い服を着ているな。どこで買ったん、それ」
昨日は麻のワンピースという質素な服装だったが、今日の服装は…………簡単に言ってしまうと「セーラー服」だ。
上着は半そでの白セーラーで、襟とカフスは濃紺色で幾何学模様が刺繍されている。タイは水色。スカートはミニのプリーツで、やはり濃紺。
どこからどう見ても、セーラー服です。こんなの着てる人みたことなかったけど、メイド服があるんだから、セーラー服だってあるってことだったの……か……?
「ありがとうございます。これはカナンの民族服なんです。最近では、特別な行事の時ぐらいにしか着ることないんですが、パパが晴れの日だから着てけって」
民族服! セーラー服が! どうなってんだこの異世界。
いや、ダメだ。考えたら負けだ。ネコでセーラー服(学生服)って、ほらアレじゃん。どっから見たってアレじゃん。
「エトワ。ちょっと『なめんなよ』って言ってみて」
「なめんなよ?」
うん。やっぱちょっとニュアンス違うか。もっとヤンキー的なセーラー服じゃなきゃな。まずスカートの丈からして違うし。
これじゃ「な○猫」にはなれない!
「冗談はさておき、よく似合うよ。うちの子らにも是非着せてやりたいくらいだわ」
しかし、作りはほとんど完璧にセーラー服なのだし、こいつをこっちで量産して日本で売り出せば、そこそこ儲けられそうだ。日本の有名制服のデッドコピーを作って売るのもいいな…………。いや、それはさすがにリスキーか。いろんな意味で。
――いずれにせよ、日本で作るのよりは遥かに安上がりなのだし、そういう方向性も考えておこう。
古着は今までもネトオクに何枚も出したけど、新品作って出したっていいんだからな。
店は固定客もボチボチ付いてきて、概ね順調である。
儲かり過ぎない程度に商品を調整しながら(基本的に無地の木綿と小物しか扱っていないし)商っているが、エトワもいることだし、そろそろもう少し攻めていってもいいかもしれない。今はまだ露店だが、ちゃんとした店舗を借りて高級な生地や毛糸類を扱っていってもいいしな。店舗を持つにはまだまだ金が足りないけど。
エトワは仕事をさせてみるとかなり器用で、布の裁断もすぐにできるようになったし、商品のこともよく覚えた。
このぶんなら、売り子としてならすぐに店を任せられるようになるだろう。獣人とはいえ13歳の子に、この雑多な市場の一角を任せちゃって大丈夫なのか……それだけは気になるところだけど。
なんせ、店の一日の売り上げが今ザッとだいたい1500エルくらい。金貨1枚と銀貨5枚で、日本円に換算すると22万円くらいにはなるのだ。商品そのものだって価値があるんだし、なんかあったときエトワ一人じゃどうにもならないだろう。人質、誘拐、監禁、暴行……、そういったリスクも考えたほうがいいんだろうな……。日本じゃないんだから……。
……なんて風に考えるんだけど、実際にはこの街は治安が良いから悩ましいところだ。
海外なんて修学旅行で香港行った程度で、治安悪いところがどんな感じなのか知らないけどさ、エリシェは本当に日本と変わらないんだよね。
ちなみに売上金はどうしてるのかというと、ちゃんと銀行に預けている。銀行というか、
ギルドカードだけいつもオーバーテクノロジーなのが気になるところ。これって完全にキャッシュカードだよね。ATMこそないけどさ。
「エトワ、このへんの治安って実際どうなんだ? 俺の知る限りじゃエリシェってすごく治安良いんだけど、街の中に住んでるわけじゃないからさ」
「治安ですか? すごく良いですよ。私のパパ、エリシェの憲兵隊員なんですけど、20年前からは比べ物にならないって言っていましたし」
「強盗とか、スリ、追い剥ぎなんかはあんま出ない感じ?」
「この辺にはさすがにいないんじゃないですか。街の外や人気のない場所でならわかりませんけど、少なくとも昼間は大丈夫かと」
市場からギルドまでは、大通りで一本。人気のない道を通ることはないし、店も暗くなる前には閉めるから、夜に歩くこともない。
う~む……。それならば、いずれはエトワに任せちゃっても大丈夫かもしれないな。もともとそのつもりだったんだし。
午後には、エトワの父親が本当に挨拶に来た。
エトワに父ですと紹介され、存外に渋い声で「そそっかしいところのある娘ですが、どうぞよろしくお願いします」などと丁寧に挨拶されたが、見た目がエトワと大差なくて困った。
30歳過ぎてるらしいけど、身長も150cmくらいだし、なにより猫である。猫の年齢って、見た目じゃわからないものだけど、それはカナンも適用されるらしいな。カナン同士は見た目で年齢がだいたいわかるようだけど、人間には無理だわ。こんなこと言っていいのかわからんけど、普通にかわいいわ。
この日の売り上げは、1220エルだった。エトワにいろいろ教えながらだったが、悪くない数字だ。
こないだマリナの装備買ってかなり散財したし、また少しずつ稼いでいこう。
◇◆◆◆◇
街から屋敷までの移動は馬を使っている。
馬市で買ってから、練習も兼ねてなるべく馬で移動するように心がけているが、未だに俺が一番下手だ。
さすが騎士の天職のあるマリナは、すでにかなり達者である。かなりの速度で走らせられるし、乗馬そのものも楽しいようで、練習も熱心だ。
ディアナは最初はおっかなびっくりだったが、今はだいぶ慣れて通常の移動や軽く走らせるくらいなら全く問題ない。
そして俺はというと――、まだ乗ってカッポカッポと歩くのが精一杯で、走らせるのはゆっくり小走りするのが精一杯といったところ……。あまりセンスがなかったようだ。
馬自体は可愛かった。馬の世話はメイドのオリカがメインでやってくれるが、餌やブラッシングは愛馬とのコミュニケーションとして大切とのことで、自分達でやることにしており、だからか愛着も湧いた。
街で仕事を終えた午後4時、エトワと別れ、俺とディアナとマリナは馬に乗り街を出た。屋敷に戻ったら俺はオークションの対応もしなきゃならない。日本での作業は俺にしかできない以上、けっこう忙しいのだ。
屋敷へ続く道を行く。
俺たちの乗っている馬は、兄弟馬で3頭で金貨20枚もした名馬だ。多少のことでは動じないよう訓練も受けている。街道で他の馬がいても、興奮したりすることはないし、どこかへ走って行ってしまうこともない。
ヘティーさんの話では、軍馬としても使えるクオリティの馬で、盗賊なんかに絡まれても竦まないし、逃げるにせよ馬上から攻撃するにせよ、こういう馬じゃないと(戦いは)話にならない……のだとか。
俺はそれを聞いて、「傭兵あがりの人は考え方が物騒というか……、普通に移動の脚になればなんでもいいんだけど」などと考えていたのだが――。
エリシェから屋敷への道は、半分くらいは広い街道であり、これは人通りもそれなりにあり、道も整備されている(いちおう石畳になっている。石の間隔はまばらだが)。
残りの半分は、踏みしめられたあぜ道で、実際、村人と俺たちと、あとはシェローさんとレベッカさんくらいしか使わないものだ。
街から屋敷までの距離は、歩きなら1時間半ほど。今は馬を使っているのでだいたい50分くらい。馬をちゃんと走らせられるようになれば、さらに半分くらいに短縮できるだろう。
街道から畦道に入り、しばらくしたころだった。
畦道から少し離れたところに3人の見慣れない男たちがたむろしている。
全員帯剣し粗末な皮の鎧のようなものを装備している。粗野を具現化したような存在で歳は20代のが2人と、30代のが1人。
俺は直感的に、昔ヤンキーに絡まれたときの事を思い出していた。ジロジロとまるで遠慮なく見てくる様は、あっちの世界もこっちの世界も大差ない。
頭に「野党」「盗賊」「物取り」「強盗」「山賊」なんていう単語が現れては消えていく。
本来ならば、もうこの段階ですぐに逃げるなりなんなりの行動を起こしていれば最善だったんだろう。
だが実際そういう場面が訪れても、そうクレバーに行動できたりはしない。
俺はただの一般人だし、マリナは騎士に憧れる村娘あがりの奴隷で、ディアナは世間知らずのお姫さま。レベッカさんやヘティーさんがいれば別だったんだろうけど、それが狙いだったのか生憎ながら今日は不在だ。
男たちはおもむろに立ち上がり、リーダー格と思われる30歳ほどの男が声を掛けてきた。
「兄ちゃん、ちょっといいか? 俺たち旅のもんなんだけどよ。脚がなくて困ってるんだよ。その馬、ちょっと貸してくれねーか?」
ニヤニヤと白々しく笑いながら、体で道を塞いでくる男。
俺は馬上から返事をした。
「いえ、馬は貸せません。少し歩けばエリシェの街ですよ。ほんの1ユルカ程度」
まだ、野盗かどうかわからないんで、いちおう牽制を入れてみる。見た目で判断するのは良くない。本気で馬を借りれると思ってるのかもしれないし。
「そうか……。貸してもらえない馬なら、いらねーな。これでどうだ? 貸す気になったか?」
そう言って、剣を抜き、俺の馬の首に刀身を添えるリーダー格の男。借りれない馬なら殺すという意味か。
やっぱりというか……、野盗か。
弱そうな小僧が、良い馬に乗ってるのを見かけたからいただいてやろうという……、そういう輩か。
当然、俺も馬を失うわけにはいかない。
「あー、ちょっと待ってくださいよ。今、馬から降りますから……」
「ほー。ずいぶん大人しく言うこと聞くじゃねぇか。そういう奴は嫌いじゃないぜ」
「ええ、さすがに馬上から戦うのは無理ですからね。いや、ホント、剣の訓練しておいて良かった。あんまり平和だし、全く必要のない努力してるんじゃないかと思ってたからなぁ」
「なにを言ってやがんだ?」
「よし、打ち合わせ通りにいくぞ。今回はパターンBだ。マリナ、わかってるな?」
「うう~……。本当はまだ納得いってないであります」
「仕方ないだろ。よし、行け!」
俺の合図で、通せんぼしている男を上手くかわして走り去るマリナ。あいつ、馬が上手いな。
「おっ、おい! どこ行きやがる!」
あとは時間を稼ぐだけだ。