第57話 弟子はケモノの香り
「するってーとなにかい。あのディダおじさんはエフタさんの叔父さんで、若作りの武器商人で大商会の社長なのに、なぜかディアナのお導きのサポートに乗り出したもんで、エフタさんも断るに断れない、困ったKY男ってわけですかい」
「ジローさん、もう少し声を抑えて。おじさん地獄耳なんですから。あとなんですその口調」
「だいたいどう考えても怪しいでしょアレ。『いっちょハイエルフでもコマしたろかい。普通のエルフはもう飽きたからな』くらい考えてても全く不思議じゃない雰囲気じゃないですか。目つきといい腰つきといい、あれだけ邪さを滲ませてる人は稀ですよ」
「さすがにそこまでは……。前にも言ったとおり、ハイエルフとなにかあれば種族間の問題にまで発展しますよ。むしろジローさんは大丈夫なんですか?」
「失敬な……。至って誠実な付き合いですよボカァ」
俺はニヤけ面で再登場したポッチャリをスルーして、エフタと密談していた。
どうやら、あのポッチャリはエフタ(とヘティーさん)の実の叔父であり、帝国最大手武器商『バルバクロ商会』の総帥であり、潤沢な資産でもって精霊石を「若返り」に使いまくりの52歳(子供が6人もいるらしい)という……ちょっとした、――いや、かなりのブルジョワである。
「こう言っちゃなんだけど、でかい商会の総帥なんて人がサポートを直々にやりに来るなんて、普通に考えれば裏があるとしか言いようがないじゃないですか。本当に大丈夫なんですか」
「実はですね……、ソロ家のディアナさんのお導きのサポートは、開始してからもう2年以上経っているんですよ。どうも叔父さん、その話を聞いて『俺にまかせろ、俺なら1ヶ月でまとめてきてやる』という話になったらしく……」
歯切れ悪く説明するエフタ。
どうやらエフタもこの叔父さんにはタジタジらしく、心情的には俺寄りのようだ。まあ、
しかし1ヶ月でまとめるとか、あのオッサンもディアナのお導きの内容なんなのか知ってるってことなのかな。ディアナは秘密にしてるって言ってたけどザルすぎるだろ。
「それは……ディアナのお導きの達成によってソロ家が得る報酬の内容と関係あるってことなんですかね。それを得るとあの人もなんらかの利益が得られるっていう……?」
この質問に対しては、「おそらくそうでしょう」と適当にお茶を濁されたが、その路線で間違いはないだろう。まさか本当にハイエルフゲットだぜ! ってわけでもあるまい。
お導きの達成によってソロ家が得られるのは、
俺がこれを知ってるってのは秘密なんで、エフタにもポッチャリにも言わないけど。
その後、初対面ではないにせよお互い名前も知らないからってんで自己紹介をした。ポッチャリにお導きのサポートをしてもらうのは本当に嫌だが、不幸中の幸いというか、すでに屋敷も完成しているし、商売も始まりここでの生活のことでサポートに頼る必要がない。ディアナとマリナを養う分くらいは余裕で稼げているしな。
ポッチャリは「ま、なんでも相談してくれよ」と気安く言っていたが、ディアナを見る目がなんとなくイヤらしいんで、あまりお近づきになりたくはないな。
本当はサポート自体を断われればいいんだけど、ディアナの一族とソロ家との契約だから、ディアナの一存で断るというわけにはいかないらしく、まして俺なんかの意見は完全にシャットアウト。
まあ、なるべく頼らず関わらずにいようと思うわけだが……、俺はディアナのお導きの内容を知らないのに、ポッチャリはそれを達成させようと動くわけだから、結局なんかしらか関わらざるを得ないのかな。
気が滅入るというかなんというか……。対抗策は奴を屋敷に入れないってくらいかもしれない。
あーあ。
せっかく商売も軌道に乗ってきて楽しくなってきたのに、こんなところで水を差されるとはなー……。と滅入っているとき、ポッチャリの予想外の発言があった。
「そうそう。挨拶したばかりでなんだけど、私はこれから景勝地として名高いヘリパ湖へ行くからね。留守中に困ったことがあったらギルドの者に言って用意してもらいたまえ」
そう言い残し、颯爽と奴隷達を引き連れて去っていく。
え……? ひょっとして観光のついでにサポートやるとか言い出したの、あの人? まさか観光がメインってわけじゃあるまいな……。
そういえば、あの人に最初に会ってから何日か経つけど、エリシェ観光してるだけのようにも見えたしなぁ。ベルベットも妻への土産にとか言って買っていたし……。
これじゃ変に気を揉んでた俺がバカみたいじゃないか!
◇◆◆◆◇
ポッチャリが去っていったので、当初の予定通りギルドで弟子を紹介してもらうことにした。ギルドの受付嬢にその旨を伝える。
「では、ギルドカードの提出をお願いします」
いつも思うが、ギルドカードだけ現代風というか、スーパーテクノロジーというか……。財布からカード取り出す一連の動作も、まるで日本の店で会員証を取り出す時みたいだ。
まあ、魔法なんかが存在する世界だしな。いろいろファンタジックだとしか言いようがないんだが。
「ジロー・アヤセ様ですね。弟子の斡旋を希望とのことですが、今すぐ紹介できる方ですと、この子とこの子と……あとこの子ですわね」
そう言って3枚の羊皮紙を取り出す受付嬢。
どうやらこれに必要事項が書かれており、そっから気に入った子を選べるようだ。必要なら面接もできるとのこと。
「どうでしょうレベッカさん。僕、文字読めないんで、なんて書いてあるか読んでもらえると助かるんですが」
「うんいいわよー。えっと……まず、これが12歳の女の子で天職が『商人』。こっちが14歳の男の子で天職がこれも『商人』か。最後のが13歳の女の子で天職が――――」
「? どうしたんです?」
「天職が……『数学者』ですって。初めてみるわね」
へぇ、またずいぶんインテリな天職だな。
興味はあるけど、職種的には天職が「商人」の子を選んだほうが安定するんだろうか。でも、数学者ってことは頭いいんだろうし、頭のいいやつは大抵なにやらせてもこなすもんだからなぁ。悩ましいところだ。
それに、数学者の天職の子の才能を伸ばしてやるという意味では、俺は適任かもしれない。数学は高卒の俺にはビタイチ教えられないけど、数学の問題集とかは買ってやれるし。こっちの世界の数学がどの程度進んでるのかは知らんけど、地球ほどではないはず。せっかく弟子として取るなら、ちゃんと育ててやりたいものな。
……まぁ、数学者として大成したとして、このファンタジーな異世界で、なんか意味があるのかは全くわからんけどもな。
「数学者の子、他になんて書いてあります?」
「え? 数学者の子に興味持っちゃったの? う~ん、この子は……会って見なきゃわかんないけど、初登録日から1年も経ってるし、あんまり良くないかもしれないわよー? それに……ジローは気にしないでしょうけど、この子『カナン』だって書いてあるし。あ、でも父親が憲兵だって」
「えっと、カナンってなんですか?」
「あ、ジローは知らないか。カナン族」
また新しい種族か! でもなんか問題があんのかな。ターク族みたいな被差別種族とか?
「えっと、カナンはこのへんじゃ比較的多いんだけど、あんまり裕福じゃない家が多くてスリとか空き巣、泥棒が多いのよね。なんせすばしっこいから……。もちろんカナン族の一部にそういうのがいるってだけなんだけど、ちょっと敬遠されるのよ。見た目も猫だし」
「最後んとこ詳しく」
「え? 猫の獣人だから、見た目猫みたいなのよ。だから差別ってほどでなくても、苦手意識持ってる人は割といるかな」
「じゃあその子で」
「え? ええええ?」
1年も親方待ちしてた子なら、親御さんも変なところに娘が弟子入りしてしまったとか嘆くこともないだろうし、俺も猫耳だの尻尾だのモフれるし良いことづくめじゃん。
それに、もともと弟子なんかほどほど働いてくれれば、どんなんでもよかったんだからな。
「ちょ、ちょっとジロー、そんな簡単に決めていいのー?」
「いや、悩んでも仕方ないですし、そりゃあ全員面接して決めたほうがモアベターなんでしょうけど。売れ残ってる子がいるなら、そういう子のほうがいいかなーなんて……。前も言いましたが、やっぱ僕なんかが弟子持つのって違和感ありますし……」
「ジローがそう言うならいいんだけど……。せめて面接はしてから決めたほうがいいんじゃないのー?」
というわけで、いちおう簡単な面接をすることに。でも、どうやって呼び出すんだろ……? と思ったら若手のギルド員が走らされていた。なかなか仕事するなぁギルド。
ジリジリと小一時間ほど待った頃、ギルド員が弟子候補のカナン族の子を連れて戻ってきた。
ギルド員に紹介され挨拶する。
「はじめまして。私はエトワ・ワーズといいます。13歳です。あなたがボスなのですか? 失礼ですが、ずいぶん若いんですね。私は見ての通りカナン族ですが構わないですか? 後ろの方々は私の姉弟子でしょうか? ターク族とエルフ様? どういう取り合わせでしょうか、ちょっと考えさせて下さい。……ああ、わかりました! ターク族の方が姉弟子で、エルフ様は通りすがりの他人ですね。それが一番しっくりくる答えです!」
「お……おう」
いきなりペラペラと喋りはじめる猫むすめ。だが、俺はその外見に気が行っていて、ほとんど頭に入っていなかった。
突然だが、ケモノ娘には5つの段階が存在しこれをケモ度という! ネコ娘を例に取って説明しよう。
レベル1は、みんなが想像していた「ネコミミとシッポだけがケモノ要素で、ほとんど人間。下手すると人間耳まであるで」という状態だ。これはぶっちゃけコスプレと大差ない。ケモナーでなくとも万人に受け入れられるスタイルだろう。
レベル2は、全体的に毛深くなって手足もケモノ的になった状態だ。まだこの状態では髪の毛は人間準拠だし、顔もほとんど人間。服もバッチリ着るぞ!
レベル3になると、かなりケモノ度が高くなる。二足歩行のケモノ状態と言えばわかりやすいだろうか。服はいちおう着ているが、毛深いんで、脱いでも別に構わん。亜人と言えるのはここまでかもしれない。
レベル4になるともうほとんどケモノだが、二足歩行するという点だけが、人間的といえるだろうか。トムとジェリーなんかはケモ度的にこのへんになるだろう。
レベル5は4足歩行のケモノだ。動物マンガなんかで出てくるケモノは当然このレベルなのだし、最もポピュラーだと言うこともできるだろうが、性癖という点ではやはりレベル5だと言わざるを得ない。
大きく分けると、レベル1と2が人間ヘッド、レベル3と4が獣ヘッド、レベル5が全獣となり、ニワカケモナーを篩い分ける良い目安になったりする。業の深いケモナーはレベル3以降を愛し、その体(以下略)
そして、目の前のこいつは…………。
「レベル3だと……!?」
異世界なめてたわぁ。せいぜいレベル2くらいかと思ったのに。
「見た目猫だし」とレベッカさんが言うのが全く比喩じゃないほど、エトワは猫だった。この猫みたいな口で流暢に喋るのが不思議なほど。
長毛種……と言うと変かもしれないが、体毛は全体的にフサフサで、毛色は青っぽいグレーの縞柄で、体の内側の毛色が白。昔ペットショップで見た、北欧の猫がこんなだった気がする。顔もまあ、ほとんど猫(多少人間的ではあるが)なわけで、当然髪の毛(に相当するもの)は無いのだが、頭髪に当たる部分の毛を油で髪の毛ぽくなるようにセッティングしていて案外可愛い。服は着ているが、露出している腕や脚から考えて、全身にわたって豊かな体毛に覆われているようだし、服を着てるのは少し暑そうですらある。手足は人間よりも多少骨太でなかなかガッチリしている。
手や脚が猫だと困るな……と思ったが、どうやらそのへんは人間準拠の模様。毛深いけど。
猫の獣人と一口で言えば簡単だが、身長140センチくらいある二足歩行の喋る猫は、可愛いっちゃ可愛いがなんとも言えない違和感があった。
苦手意識を持つ人がいるってのも肯けるわ。
立ち話もなんなんでってことで、テーブルで差し向かい、簡単に面接をすることになった。エトワにはギルド員がすでにある程度の話を通してあり、俺の弟子になることを希望しているという。登録してから1年も決まらなかっただけあって、向こうも選んでられる状況ではないということだろうか。
「それでえっと、エトワの天職は『数学者』だと言ったね。数には強いの?」
「はい。人並み以上には理解があると自負しております。暗算もできますし、金勘定を間違えるようなヘマは絶対にやらかしません。納入も棚卸も完璧にこなしてみせると約束しますし、割引商品が混在していても大丈夫です。商人の天職を持っている者でも数が苦手な者が多いですし、私は自分自身をおすすめできると確信しています! さらに、私はカナンですから足も速いですし、おつかいも得意です。あとは、えっとあっと、長毛のカナンは少しだけ珍しいですし、手触りがいいです!」
「お……おう」
よく喋るやつだ。猫なのに。よく喋る猫だ。語尾に「にゃ~」が付かないのな。普通に喋りくさりおって。
しかし、確かに数を間違えないで暗算でこなせるってのは強みだな。実際必須スキルなんだけど、できないやつもいるってんなら、できる奴から雇っていかなきゃ仕方ないし。
でも、今の話からじゃあ天職「数学者」のポテンシャルがよくわからないんで、少し試してみることにするか。
「じゃあ――――、クイズをいくつか出すから答えてみてもらうかな。わからなくても、それで雇うのやめるってことではないから、気楽にな」
「はい! おねがいします!」
「じゃあいくぞ! タロウくんはある店にお買い物に行きました。そこでウィッチェティ2個とリリアラム3個を買ったところ、代金は220エルでした。そのお店では、ウィッチェティをリリアラムの4倍の値段で売っていました。さて、ウィッチェティとリリアラムの値段はそれぞれいくらでしょう」
だいぶ前に携帯にメモしておいたクイズを読み上げる。
割と有名なクイズだが、難易度としてはかなり低い。元はチョコレートとせんべいの値段を当てるクイズなんだが、そのままだとアレなんで、こっち風にアレンジした。
エトワは一瞬考えた素振りを見せたが、迷いない顔ですぐに答えた。
「ウィッチェティが80エル、リリアラムが20エルです。その答え以外ありません」
「
「全部でリリアラム11個分ですから。そこから分けるだけでした」
意外と賢いぞこいつ。猫のくせに。
口のとこのプックリしたとこ揉み解したいぞ。
「じゃあ次の問題。次は少し難しいぞ」
「はい」
「12リッツの水が入ったバケツがあります。この他に7リッツと9リッツ入る空のバケツもあります。これらを使って、1リッツの水が入ったバケツをできるだけ素早く作ってください」
ちなみに1リッツはだいたい1リットルだぞ。これ豆な。
「えっとそうですね。……まず12を9に移します。9に移した水をさらに7に移して9に残った2を捨てます。7の水を9に入れます。12に残った3の水を9が満杯になるだけ入れれば12に1リッツ残ります。これが一番素早い答えでしょう!」
即答だわ。なにこの猫。確実に俺より賢いわ。
「正解。ってかなんでそんなすぐにわかるんだ?」
俺は白旗を揚げた。
「12と9の差が3、9と7の差が2ですから、『3』と『-2』という条件だけ作れば『1』は出ます。簡単な数字に分解すればしっくりきます」
「う……うん。そうね」
俺がこの問題やったときは、水を捨てるって発想がなくて、結局答えられなかったっけ……。
猫ちゃん頭やーらけー。
そんなわけで、エトワを弟子にとることにした。
通常、弟子はスズメの涙ほどの給料で雇うのが慣例らしいが、こいつくらいのポテンシャルがあるなら固定給よりも歩合制のほうが良さそうなんで、売り上げの5%くらいを給料として出すことにしよう。
契約は神官ちゃんのところで、キチンと精霊契約をした。オリカの時みたく精霊契約なしで適当に済まそうかとも思ったが、ギルドを間に挟んでるんで、そういういい加減なことにはできないらしかった。
まあ、契約内容は「店の品物、売上金等を持ち逃げしない」みたいな最低限のものだったけどな。
最後にディアナとマリナを紹介したら、ひっくり返って驚いてたんで、そのリアクションにむしろ驚いた。どうやらエルフが奴隷だったのが驚天動地だったらしい。「し……しっくりきません……」と呟いていたが、慣れろとしか言いようがない。
しっかしまぁ、これでオリカに続いて二人目だよ、雇用。
店を任せられる人材は必要ではあったけど、だんだん大所帯になっていくな。
まあでも、これで俺もちょっと遠出したりできるのかもしれない。ポッチャリが行ったヘリパ湖とか、ルクラエラ山とかも行ってみたいしな。湖も山も「行ってみよう」系のお導きも出ているし(ずっとスルーしてたけど)。
よしよし、もう少しお金稼いだらエトワに店任せて、ルクラエラへ行ってみよう。ヘリパよりはだいぶ近いって聞いたし、武器防具なんかかなり良い物があるって話だしな。
鉱山街ってだけで、なんとなく心躍るものがあるぜ。