第56話 異世界ギルドは再会の香り
ディアナには夜に2人で話しをする約束をし、鍛冶屋へ向かった。
前からマリナのハルバードは錆落として砥ぎなおさなきゃなと思ってたんだが、ずるずると先延ばしにしてしまっていたので、ようやくである。
防具屋での出費が金貨6枚にもなったんで、これ以上あんまり出費するとアレなんだけど、砥ぎ代くらいは大丈夫だろう。
しかし、マリナの装備代だけで(オマケでナイフホルダーと剣帯付けてくれたけど)ベルベット売った金額と同額とはね。偶然というか、なんというか……。
本当は俺自身の防具なんかも買ったほうが良かったのかもしれない。もう少しお金が貯まったらまた買いにくるかね。俺の装備なんか中古で十分だから、そんなにしないだろうしな。
マリナの「滅紫のハルバード」は小一時間で研ぎ上がった。鍛冶屋のオヤジさんも、この紫色には面食らったようで、
「なんだこりゃ、錆じゃなくて元々の色なのか」
とか言ってたけど、砥ぎ自体は問題なく行えたらしい。
砥ぎ代も30エルで済んだ。
さらに、今日は前に買った「さびついたつるぎ -2」も持ってきていたので、それも錆落としを頼んだんだが、
「なんだこりゃ、さすがにここまで錆びたのはもう砥いでも無駄だぞ!」
と断られてしまった。
真実の鏡の鑑定では「-2」のバッドステータス? 扱いになってるだけだし、「0」に戻す手立てはありそうに思うんだけどな。このへんの線引きがよくわからんわ。鍛冶屋では普通のさび(-1)までが対応可能……ということ?
まあ、焦ってどうにかしなきゃならん物でもないし、今回は大人しく持ち帰るとしよう。
「私もついでにナイフ砥いでもらうわ」とレベッカさんとヘティーさんが鍛冶屋に残り、俺は外で待つことにした。
日光が鈍く反射するクリーム色の石畳。アイボリーの土壁を塗られた石作りの家々。オリーブに似た街路樹が風に揺れている。
その中で、ミスリル銀の青白く輝く甲冑に身を包み、
俺はおもむろにカメラを取り出して、シャッターを何度も切る。カメラに気付いて恥ずかしそうに微笑むマリナ。
これは引き伸ばしてパネルにして飾ろう……。
レベッカさんたちが鍛冶屋から出てきて、次にどこに行くかという話になった。
個人的にはもっと道具屋とかを攻めてたりもしたいんだが、買い物をするには予算が厳しいかもしれないと言ったところ、「だったらギルドに弟子の斡旋してもらいに行く?」とレベッカさん。
ヘティーさんも「売り上げも悪くなさそうですし、いいんじゃないでしょうか」と乗り気だ。
う~ん……。弟子とかまだ俺には早いと思うんだけども、この世界じゃ商売人が弟子持つの普通みたいだしなぁ。でも俺みたいな屋台のオヤジ程度のもんが、弟子なんか持ってもいいのかな。親御さんガッカリするんじゃねーのコレ。
「ジローはまだ若いし、これから店を大きくしてくんだからいいのよ。逆に変に出来上がった組織よりも、そういう『これから』ってとこの弟子になりたがる子も多いしね」
「将来性にかけるってわけですか」
「一緒に店を大きくしてけば、いろんな経験も積めるしね。大きい組織だと、ノウハウは盗めても経験という点ではちょっとね」
そういうもんか。
大きい組織じゃなくても、防具屋にも弟子らしき青年が2人ほどいたし、鍛冶屋なんて6人くらい弟子がいたからなぁ。
そういうところで弟子の上下関係に苦しむよりは、小さいとこのほうが気楽……なんてのもあるのかも? そんな風に思うのは、日本のニートくらいのもんなのかな?
でもまあ、弟子というか従業員が一人でもいれば助かるのも事実。郷に入れば郷に従えとか言うしな!
◇◆◆◆◇
ギルドに入ると、見知った顔があった。
身なりの良い銀髪の青年である。
相変わらずお供は付けず、一人で職員となにか言い合っている。
一瞬どうしようかとも思ったが、スルーするのも変なんで声を掛けた。
「エフタさんじゃないですか! お久しぶりです。ヘティーさんにはいつもお世話になってます、本当に良い人付けてくれて、俺もディアナも感謝しきりで」
「あ、ジローさん! 良かった、ちょうど今探しに人を出すところだったんですよ」
ん、なにどうしたの、そんなに泡食って。探してたって俺のこと?
「それと、そのヘティーという人物、近くにいますか?」
「え、なにどうしたん、ホントに。へティーさんなら、そこにいますけど」
俺がそうして振り返ると、キョトンとした顔のマリナと、通常通りのディアナ、興味津々のレベッカさん。
そして、ニヤニヤと意地の悪そうな含み笑いを隠そうともしないヘティーさんがそこにいた。
「へ……へティーさんどうしたんですか? そんな悪そうな顔して……」
「いえいえ、思ったより早く来たな、と思いまして」
(…………? どゆこと?)
エフタは何も言わない。
ただ、青い顔をしてヘティーさんを見つめている。
「なになに。いったいどうしちゃったって言うんですか。説明してくださいよ、エフタさん」
俺がそう聞くと、エフタはハッと我に返り言った。
「なっ、なんでこんなところにいるんですか! ヘンリエッタ姉さん!」
ヘンリエッタ姉さん!?
ヘティーさんはそう呼ばれ、軽やかに手をヒラヒラさせた。
「おハロ~。2年ぶりくらいね、ター君」
「タ、ター君はやめてくださいよ! 姉さん、火の国の豪商のところに嫁いだんじゃなかったんですか!?」
「それは糞親父の嘘だわ。嫁がされそうになったのは本当だけど」
「エリシェに来るはずだったミルダスを簀巻きにして倉庫に閉じ込めたのも?」
「私ね。でも安心して、家のお金は一エルたりとも使ってないから」
「お金のことじゃありませんよ……。どうしてこんなことしてるんですか……」
「ん~? 私の行動原理は15年前から変わってないわよ? 糞親父の邪魔するためってね」
…………なにこれ、一体どうなってんの。
話が急すぎて、全く付いていけないんですが……。
となりではレベッカさんも「私も知らなかった……」と絶句しているし。
確かに、2人とも銀髪で顔立ちも似ているような気もするけど、姉弟って……。なんでメイドに扮してたんだ……。
「ちょっと、エフタさんへティーさん、2人ともどういうことなのか説明してくださいよ! まずお2人って姉弟だったんですか?」
話に割り込んで、とにかく説明を求めることにした。
なんだかんだで2年ぶり? だからか、エフタも妙に嬉しそうで、いつまでも話し込んでそうだし。
「そうですよジロー様。姉弟と言っても腹違いですけどね。この際だから言ってしまいますが、ジロー様のところに来たのもディアナ様のお導きのことを知って、邪魔をするためでした」
「ええっ!? そうだったんですか!? その割には最初から協力的でしたけど」
「私と初めて会ったときのこと、覚えていますか?」
へティーさんと初めて会った時……?
あ……ああああ。ディアナに「永遠の愛」をどうのって言われて逃げ出した時か。あのとき、貴族の令嬢だと思って、奴隷との距離について話したんだっけ。今思うと貴族の令嬢だと思ったのは、ほぼ合ってたんだな。
「ええ、覚えてます。今思うと恥ずかしいこと聞きましたね、あのとき」
「ふふ、あれはなかなか好印象でしたよ。それで、あの後、――詳しくは言えませんが、ちょっとありましてね」
ちょっとありましたか。ってかあの後って……、あのときすでに深夜一時回ってたような……。
「ああ、……だからあの時『邪魔するつもりだったけど気が変わった』と言っていたのですね」
大人しく聞いていたディアナが、急に話に参加してくる。あの時って、どのとき?
「ディアナ様、……いいのですか?」
「いいのです。ご主人さまはトーヘンボクなのです」
「なぜか突然ディスられた!?」
「……
さらっと怖いことをカミングアウトしてくるディアナ。
ヘティーさんが「いいのですか」と聞いたのはつまり、口止めしてたってことか。
「そんなことになってたんですね……。じゃあ2人はその時が初対面だったってことですか」
「そういうことです。そこでちょっとディアナさんと話をして、――毒気を抜かれてしまいましてね」
へティーさんが肯く。
だけど、なんかいまいちよくわからないな。
「邪魔しようとしてたってのは、えっと……ディアナのお導きの邪魔をしようとしてたってことなんですよね。へティーさんは、ディアナのお導きの内容を知っているってことなんですか? あれ? 僕だけ知らないんでしたっけ?」
お導きの内容は秘密だと言っていたが、それはエフタとディアナが言っていただけのことだからな。実際には周知だという可能性もある。
「知っていますよ。ディアナさんと会って話をするまでは知りませんでしたが」
「えっ!? そっ、そんなはずはないのです。お導きは絶対の秘密なのです、私はヘティーにも誰にも言ったりなど!」
これに慌てたのはディアナだ。
この驚きようからすると、本当に秘密だったようだな。ちょっと話をしただけで看破されるなんて、どんなクリティカルなこと口走っちゃったんだか。
つか知ってるなら俺にもコッソリ教えてほしいわい。
「知っている……と言うのは大袈裟だったかもしれませんね。正確には『見当が付く』という程度ですが。――私はこの手のカンは外したことがありませんので」
シレッと言うヘティーさん。
ディアナはしばらく「そんなはずない、そんなはずない」とか言ってたけど、へティーさんに「ま、あくまで推測ですよ」と言われ引き下がった。
「では最初は、お導きの内容は知らないがとにかく邪魔してやろうと思ってエリシェまで来たけど、お導きの内容を知り、思い直して協力することにした……。そういうことなんですか?」
俺がそうまとめると、へティーさんは仔細はともかく大筋ではそうだと肯定した。
とすると、結果的にディアナのおかげだったってことなのかな。
「しかし、もしかしたらヘティーさんが敵に回ってたかもしれないと思うとゾッとしますね!」
「敵というほどのことはしませんよ。ただお導きが失敗になるように、すべての要素を排除しようと考えていただけですから」
怖えー、へティーさん怖えー。
俺、排除されるところだったってことじゃん。
まあ、あの夜の失敗は、我ながらヘタレすぎてどうかと思ったが、結果的にあれで良かったってことなんだなぁ。結果オーライってやつだ。
「しかし、そんな心変わりするなんて、ディアナのお導きの内容気になりますね。まあ、ディアナは秘密にしたいようだし言わなくてもいいんですが」
「確かにそうね。へティーがソロ家の娘だったなんて知らなかったけど、父親が憎いって話は散々聞かされてたし。よほどヘティーの琴線に触れるものがあったのかしらー? 父親の邪魔する為だけに傭兵団作っちゃうような子が心変わりするような」
レベッカさんも、そこは気になるようだ。
つか、へティーさんの傭兵団ってそんな理由で結成されたもんだったんか……。行動力ありすぎだろ……。
「心変わりしたわけではないわよベッキー。ただ、ディアナ様とジロー様だけは協力するってだけ。……2人があんまり可愛いからね」
可愛い……だと……。それってやっぱ童貞的な意味で……?
そういえばギルドで最初に会ったときも、からかわれたっけ。
ヘティーさんはそう言ってから、エフタへと向き直り宣言した。
「――だからター君もあのミルダス? だっけ? あのマッチョ、もう連れてこなくていいわよ、この2人は私がサポートするし」
おお、頼もしい。つか本当はマッチョが来るところだったのか。助かったというかなんというか。強キャラのマッチョ相手じゃあ、あんまり我侭も言えず、未だに屋敷も整備されてなかったなんてこともあり得たかも。
へティーさんの宣言に、頭を抱えて溜息をつくエフタ。そして、ヤレヤレといった調子で答えた。
「しかし、姉さん。家の金は使ってないって言ってましたが、じゃあ今までどうしてたんです? 確かジローさんの屋敷の整備があったはずですが」
「あれくらいなら手持ちでどうにでもなるわよ。見くびらないでもらいたいわね」
「手持ちったって、1万や2万じゃきかないでしょう……。なにやってんですか姉さんは……」
「いいのよ。好きでやってんだから。私はお金使うの下手糞だし」
「姉さんのドンブリ勘定は嫌ってほど知ってますがね。――まあ、それもいいです、今までかかった分はちゃんと補填させてもらいますから」
「いらないわよそんなもの」
俺はその話を聞き衝撃を受けていた。
あんなにワガママ放題してたのを自腹で賄ってたなんて……。
「あ……あの、へティーさん。僕、好き勝手言って、屋敷の整備どころか、馬まで3頭も買ってもらっちゃって……あの……」
「ジロー様、そんな風に恐縮しないでください。これは私が好きでしたこと。言うならば道楽なんですから」
「道楽……」
「そうですよ。金持ちの娘の道楽。それに、どちらにしてもソロ家が出していたお金には違いありませんし」
言いくるめられてるような気もするが、いいのかな。
本人がいいってんならいいのか。
目上のもんが奢っってくれるってときに、目下のものがするべきことは、恐縮したり遠慮したりすることじゃなく、気持ちよく奢られることだってブラック企業の社長も言ってたしな。
まあ、なんだったらだんだん返していけばいいしな。このまま商売が順調なら、なんとかなるだろうし。
ソロ家に借り作るより、へティーさん個人に借りを作ったと思えば、逆にそっちのほうが良かったような気もしてきた。
結果オーライだ! ってさっきから多いな結果オーライ。
俺ってヘティーさんの手の平で踊ってのかな。
「ヘンリエッタ姉さん」
「なぁに? ター君」
「ター君はやめてください。……姉さんはこれからもディアナさんのお導きのサポートすると言いましたが、ちょっと――事情が変わってしまいまして」
「どうしたの」
「サポート要員には、予定通りミルダスを連れてくるつもりだったんですが、いろいろあってですね……、代わりに――ディダ叔父さんが」
「ゲェ、本当に? どうしてそんなことになっちゃったの。あの男が自分でお導きのサポートをやるってことなの? バルバクロ商会の総帥自ら?」
「それが、俺に任せろの一点張りで押し切られてしまいまして……。私よりも先にエリシェに着いているはずですし、今日もここで待ち合わせなんですが」
俺は嫌な予感がしていた。
でもな……。世間ってのは狭いようで広い、いくらなんでもそういう偶然は……。
その時、ギルドの扉が開き、見覚えのある男が入ってきた。後ろに何人もの取り巻きを引き連れている。
「あ、丁度来たみたいですね。あっ、姉さんどこに行くんですか!」
「逃げる! ジロー様今日のところはこれで。また屋敷のほうに伺わせていただきます」
男を視認した途端、俺に早口で別れを言い、身をひるがえして裏口から脱出するヘティーさん。
「ふぅ、ヘンリエッタ姉さんは父上のことも嫌いでしたが、ディダ叔父さんのことも『生理的に受け付けない』と昔から言ってましたからね……」
エフタが逃げたヘティーさんの後姿を見送りながら説明してくれる。
俺はそんなことより、ニヤニヤしながらこっちへ向かってくる太めの若い商人に意識がいっていた。
強烈なムスクの香り。これを嗅ぐのも3度目だな……。
「おやおやおやおや、これはこれは。布売りのターク族好き商人クンじゃないか。
「……不本意ながらそのようですね」
ニヤつきを絶やさず、体を揺らして話しかけてくる太めの男。
口では驚いたような言い方をしているが、こいつは間違いなく全く驚いていない。このわざとらしい顔!
2度あることは3度ある。俺とポッチャリとの邂逅であった。